第12話 輸送艦サザーランド

 嘘もついたが、両親は事情を知って一気に態度を軟化させた。

「お夕飯ゆうはんくらい食べていかない?」

「いや、いいよ。」

「そう言わないで。宇宙は逃げないわよ。」

「そうだ。飯ぐらい食っていけ。」

 俺はやんわりと否定して実家を去ろうとしたが、なんだかんだ夕飯を食べることにした。


 俺と両親の様子を見て、パニは羨ましそうに、いいな、と呟いた。小さい声だったが、俺の耳に聞こえてしまった。


 夕飯にご飯が5合炊かれ、唐揚げと卵焼きと漬物と、味噌汁が並んだ。

「いただきます。」

 久しぶりの母の味噌汁は、美味かった。

「パニくんはどちらのお坊さんなの?」

「仏教のバーラト派です。チベット仏教の系譜も入っていて、お釈迦様の言葉を実践してます。」

「あら、お肉はマズかった?」

「いえ、出されたものを食べなさいという戒律なので、基本的に何でも食べます。駄目なのはお酒です。」

「そもそも子供にお酒は出さないな。」

 父の言葉に俺達は笑った。

「クロコさん。ヒロシは普段どういう感じなの?」

「普段…。」

 変なこと言わないよね。

「良い人、だと思います。海賊なんかより、ずっと良い人。」

「海賊なんかと比べられてるぞ、ヒロシ。」

 父の茶々に俺は笑ってごまかした。


 俺は食器の片付けを手伝いながら、テレビから公開チャンネルが流れているのを、クロコとパニが楽しんでるの見た。


 ごく普通の光景だった。

 その普通が、難しい世界に二人共生きている。


「本当に男の顔になったな。」

 皿を拭きながら、父が笑う。

「あんまり言われるのも照れくさいな。」

 俺は赤くなった。

「ええ。立派よ。スペースニートちゃん。」

 この母の言い草よ。

「俺がスペースニートだってことは、警察とかには内緒にしといてよね。素性とか知られたら危ないんだから。」

「そうね。ニュースやワイドショーでうつる度、貴方の無事がわかるんですものね。」

「悪いことは出来ないな、ヒロシ。」

 俺はかせを嵌められた気分になった。

「まま。」

「ピー助ちゃん。すっかりヒロちゃんの肩が固定席になったわね。」

「どうする?寂しいなら、ピー助を置いていこうか?」

「ひろし、いやん!あたしはひろしについてくの。ほーごしゃ。」

 俺の提案を、ピー助が片足を上げて拒否した。

「見ない内に随分喋るようになったわね。」


 泊まって行けと言われたが、いつまでもここにいる訳にはいかない。両親は俺を通報しないみたいだが、警察に気取られたらまずい。近所の目というのもある。

 夜、俺達は両親と別れることにした。

「じゃあ、くれぐれも身の安全に気をつけて。」

「俺はこのあと、警察に行く。安心してくれ。」

 父はそう言った。そうさ、さっきの内容を何もかも話せば、ジャポネ警察は動くはずさ。

「お父様もお母様も、身の安全だけは気をつけて。」

「貴方もね、ヒロシ。」

 俺たちは3人でハグをした。今度こそ、パニはいいな、と口にした。


 俺達は宙港を目指す。

「これで良かったんですか?ヒロシさん。」

「これで良かったんだよ。連絡をいつでもとれるようにしたんだし。」

 連絡といっても足がつきやすいメールではない。詳しくは省略するが、匿名電子伝言板みたいな所に秘密の合言葉と共にメッセージを残し合う、というやり方だ。

 これなら警察に言わない限り、連絡しあえる。

 ジャポネ警察は優秀だ。それはそれは優秀だ。海賊らが警察より優秀だったらどうしよう、とは思うが、心配しすぎても仕方ない。


 翌日、俺達はハイアースを後にした。

 旅の交点、ムーランドを目指す。



 ネットを見るに、どうもスペースニートというネーミングだけが宇宙を飛んで回っているようだ。

 スペースニートについて面白おかしく取り上げたネタサイトもおおく、全くの創作か、脚色されたスペースニートの物語やエピソードがミームとして出回っていた。

「宇宙に行っても、働きたくないでござる。」

 そんなキャッチフレーズまでニートミームとして流れていた。

 笑えば笑え。そんな気分になった。


 まずは旅の交点、ムーランドへ向かう。

 キャプテンズギルドの名前欄の中に、スペースニートポールとかスペースニートキャサリンとか流行りにのったネーミングが並んでいる。

 くそ、笑えば笑え。

 俺は本名の鬼灯博という登録からヒロシだけに変えた。ハンドルネームでいいのか、キャプテンズギルド。

 人や物の運搬から、海賊退治に至るまで。

 海賊退治バウンティハンティングの所にスペースニートを名乗る連中が集まっていた。

 プラチナパワーで軍の小型戦闘艇みたいになったチップド・ワキザシ号で戦うことも考えたが、危ないから、これは最後の手段にしておこう。


 例のごとくカッパ・ギアに寄り、カッパ・ギアからムーランドへ向かう途中、緊急信号を受けた。

「こちら大型貨物船サザーランド!海賊の襲撃を受けている!こちらサザーランド!海賊の襲撃を受けている。救助頼む!」

 信号の送信記録や時刻からいって、船内時間では襲われて2時間弱。襲われたてか。


 こんなんあるか?くそ。


 俺が信号を送ると、通信回線が開いた。

「こちら小型船チップド・ワキザシ。状況知らせろ。」

「こちらサザーランド!他に船は無いか!」

「信号を受信したのは本船のみだ。信号を中継しようか?」

 船で信号を増幅して大きな船がそれを拾うようにしようか、という提案だ。

「いや、時間が無い。どうか手助けしてくれ。」


「ルビー、サザーランドとの距離は?」

「相対距離5分で肉眼確認できます。」


 ディスプレイで確認し、アップにすると、球同士を円柱でつなげたような胴体を持つサザーランドらしき大型船に、緑色に塗装された如何にも海賊の戦艦がくっついていた。

「警告!付近に熱源反応あり。」

 レーザーを撃たれた!

 くっついている船以外にも浮いていた小型船が、チップド・ワキザシを狙い撃ちした。

 負けるか!こっちには軍の払い下げの武器があるんだ!

 「レーザー、ウェーブキャノン各種砲塔、熱源反応の中心に一斉斉射用意!」

 「反応中心とその周囲を敵船と認識と呼称します。敵船シールドに向け射程圏内。」

「撃て!」

 光の筋と弾が、敵船目掛けて飛んでいく。

 俺はマニュアルにきり変え、トリガーを引いてキャノンを連射した。


 信頼できるのは、優秀な照準と己の人差し指ってやつだ!


 グラッグラッ


 シールドを削られたが、まさかクラスDの宇宙巡洋艦辺りについてるようなシールドだとは相手も思わなかっただろう。

「敵船、轟沈を観測。」

 やったようだ。

 返り討ちになった海賊独特のダガー船と呼ばれるデザインをした小型の海賊船が、見る影もなくなっていた。

 そして、よく見るとドライヤーを逆さにしたようなズングリとした海賊戦艦かいぞくせんかんがサザーランドに張り付いていた。


 俺は通信を開く。

「小型船を沈めた。後は接舷している海賊船だけだ。サザーランドの船内放送は使えるか?」

「本当か!放送なら使えるぞ。」

 俺はサザーランドの船内に響くように設定された放送で、降伏を勧告した。

「海賊達に告ぐ。俺はスペースニートだ。ダガーを破壊し、サザーランドのすぐ近くにいる。」

 俺はスペースニートを名乗った。

「こっちから海賊船が丸見えだ。このまま沈めても構わないが、今から5分、時間をやる。ただちに海賊行為をやめ、この宙域から出ていくなら撃沈するコトはしない。繰り返す、この宙域から出ていくなら見逃してやる。分かったら、さっさと出ていけ!」

 しばらく待つ。

 放送から3分。そして、4分。

「撃つな。俺達の負けだ。スペースニート。」

 顔面から爆発したテンプレのような海賊髭のナメクジ男から、通信が入った。

 散々物を奪っただろうに、何が負けなんだよ。

「負けだと思ったら、海賊船のシールドを最低限にしろ。」

 シールドを最低限にしろというのは手を上げろ、と同じ意味がある。

「分かった、分かった。」

 海賊戦艦のシールドレベルが下がった。

「なぁ、あんた、本当にあのスペースニートか?」

「まぁな、宇宙でも働いたら負けだと思ってるよ。」

「なら、俺達と組まないか?俺はあんたみたいな碌でもないやつのファンなんだ。」

「サインなら描いてやるから、さっさと去りな。」

 俺は働きたくないでござると書かれた大きなフォント文字に、ひらがなで「すぺーすにーと」と書いたハンコ風の印鑑をついたサイン色紙を送った。

 古代地球にあったとされるラーメン屋のTシャツのロゴのようだ。

「じゃあな。真っ当に生きろよ。」

「てめーよりは真っ当だよ!ニート野郎!」

 冗談と思ったのか海賊船長が笑うと、海賊船はサザーランドから離れていった。


 良し。勝った。


「助かった!感謝する。カウボーイ、あんた、本当に本物のスペースニートか?」

「カウボーイなんて大層なもんじゃない。俺はスペースニートさ。」

「一人で海賊を全滅させた無職の男だろ。兎に角、助かった。銀河警備隊がくるまで、サザーランドに是非、上がっていってくれ。」

 全力で交戦したので、実はエネルギーがそんなにない。バリアを全開にしてシールドをはると、とんでもなくエネルギーをくうのだ。

「実はエネルギー切れを起こしかけててね。近くに宇宙ステーションや居住惑星はないかな。」

「それなら、スティーブコーポのエネステ(エネルギーステーション)があるから、そこを教えてあげよう。俺達と同じ進路にある。」

 エネステは企業や国家で独自につくった秘密の無人補給所で、無料で手に入る為にエネステ狙いの海賊行為が後を立たないため、企業秘密として滅多に教えることはない。

 これはお礼ということだ。

「では、お言葉に甘えて。」




 チップド・ワキザシが海賊戦艦と同じドッキングベイを使ってサザーランドに接舷した。

 クロコは服を整え、パニが袈裟の肩のズレを戻して、俺は宇宙服に灰色のパーカーを羽織った。

 サザーランドにうつると、まだ残る硝煙の臭いの中、クルーが拍手で迎えてくれた。

 人から暖かい拍手と歓声で迎えられるのは初めてだ。肩のピー助がドーモドーモと足を上げた。

「船長代理のイワン・アウロフだ。」

「スペースニート。鬼灯博です。」

 俺は船長代理と握手した。

「海賊を倒した話は聞いてるよ。戦闘型宇宙人デザイナーズでなく、俺達と同じ地球人型とはね。コブラに噛まれてコブラの方が死んだという噂は…。」

「それは嘘ですね。噂だけ勝手に広まっていって。」

「そうか。」

 なんでちょっと残念そうなんだよ。

「なんであれ、サザーランドとスティーブコーポレーションは君を歓迎する。君の望むまで、ゆっくりしていってくれ。」


 イワンは笑顔で両手を広げた。

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