第11話 帰郷

 溺死液ドロウンリキッドは五体満足でピンピンしながら、船の入口近くまで散歩のように歩いてやってきた。

 宙港ちゅうこう関係者は、あからさまに怪しい人物を、しかし丸腰に見える男を注意することもなく、遠巻きに見ているだけだった。誰か警察呼んでくれ。

 乗り込み用のオープンハッチに手をかければ、密航疑いで銃殺しても構わない。俺とクロコは銃を構えた。


 外部カメラに写った溺死液は、ハッチの扉を悠々とノックした。耳を指さして通信を促す。

 野朗、舐めやがって。

 船内のスピーカーを回線に通し、通信を行う。

溺死液ドロウンリキッド。」

「スペースニート。」

 溺死液は片頬を吊り上げた。

「銃の腕も操縦の腕もいいのに、何とも間の抜けた通り名だ。御大層な通り名が泣くような小便臭い小物ばかりみてきたが、お前みたいに看板の方が負けるタフガイを見たのは久しぶりだよ。」

「降参するか?」

「いや、俺の相手にとって不足はない。そう言っただけさ。」

 カメラを見ていると、溺死液の口元から紙タバコが浮上した。溺死液が指を鳴らすと、指先から炎が出てきてタバコに火をつけた。

「体内に色々隠し持ってる訳か。便利だね。」

「そうでもないさ。こういう服のポケットに入れない持ち運び方は人間らしくない。仕方なくだな。」

 溺死液がタバコを吹かす動作をしたが、口から煙が出ている様子はない。

「なくて七癖というが、こいつは俺の癖でね。全身液体の義体になった今でも、スライムでなく人の形を保っているのと同じ。癖ってやつさ。」

「癖が厄介なのは、俺も知ってるつもりだけどね。」

 俺は片目を閉じた。前世からのウインクだ。

「ふっ。」

 溺死液はキザに笑ったが、会話しているようで中身がない。俺はこの得体のしれない相手に、出方を決めかねていた。

「海賊同盟は誤解を受けやすい団体でね。」

 溺死液が口を開いた。

「紳士的に暴力を振るって人様から物を頂戴するというユニークな一点を除けば、俺達海賊は人種も種族も主張も信念までバラバラだ。そんな俺達が団結するとしたら相互利益になることなんだが、一番利益になることがあるとしたら、それは共通の敵を殺すということになるわけだ。」

 遠回しな物言い。海賊の美学なのだろうか。

「俺達の共通の敵。それは自由を奪い宇宙を画一的で真っ平らにする連中だ。銀河帝国。数百年前奴らを倒し宇宙に自由を取り戻す為に、多くの海賊船や私掠船しりゃくせんが一致団結し、海賊同盟が結成された。俺達はそこらのチンピラの集まりとは歴史の重みが違うってわけだ。」

「それで、老舗のチンピラ団が何故パニを襲う。」

「パニ?ニセ坊主の名前はマイトレーヤだろ。」

 カーンの再来の芽をつむという言葉は聞き間違いではなかったようだ。そして、話の流れから俺は全てを察した。

「銀河帝国の流れを汲むものは生かしてはおけない。ましてや、偽皇帝カーンのDNA地図をもつ奴など、この世にあってはならないんだよ。そして、スペースニート。あんたも逃亡補助で同罪だ。大好きなママンの顔が見たいなら、ガキを差し出して子供部屋に帰れ。さもなくば、同盟はお前じゃなくてお前の親兄弟から先に殺すぞ。」

 恐れていたことが現実になった。俺には父親と母親がいる。俺を愛して食わして捨てなかった偉大な両親だ。

「…。」

「どうした?大人の世界にビビったか。お前の見ていた幼稚な世界が音を立てて崩れたか。お前も所詮小物だったということか?」

 煽ってきた溺死液に、俺は何も言えなかった。

「僕を彼に引き渡して下さい。」

「出来るわけ無いだろ。」

 パニの言葉を、俺は即拒否した。

「反社会的な奴らは一旦目をつけたら、骨までしゃぶってくる。だから、チンピラ程度でも恐れられるんだ。奴は俺の大事な家族を言葉で人質にした。膝を屈して君を渡した所で、俺も家族も殺される。奴らはそういう組織だし、これは取引にみせかけた一方的な脅しなんだ。」

「大きい子供の割には、よくわかっているじゃないか。スペースニート。」

 溺死液が肩を揺らして嗤った。皆に聞こえるようにしたスピーカーが裏目に出てしまったようだった。

「俺は海賊の流儀に従って、先に宇宙そらに上がり、お前の船を正々堂々と撃墜してゴミにするとしよう。いつまでもいつまでも待ってるぞ。」

 ハッハッハと笑いながら、溺死液が去っていく。


「すぐ出ていれば、こんなことにならなかったのに。」

 クロコに言われて、ぐうの音も出ない。

 ん?そうか。

 奴は余裕を見せすぎた。

 いじめっ子は、いじめている最中に自分が手痛い反撃をくらうなんて思っていない。奴は俺をいじめて脅して楽しんでスッキリしてるだろうが、根本的に阿呆なのは奴だ。

「ルビー。燃料注入を中止しろ。ノズルを速やかに引っ込めるよう通達。」

了解アイ、キャプテン。」

「どうするの?」

「奴は船に戻ってないだろ。気取って歩いている内に宇宙に出てしまおう。」

 俺は操縦席に座った。

「注入ノズル、外れました。燃料口の閉鎖を確認しました。」

「管制官に発進許可を申請。」

 俺はエンジンをスタートした。突然のエンジン音に、外では溺死液が走り出すのが見える。馬鹿め、もう遅いわ。


 ポーンッと音がした。


「管制官より許可ゴーサイン。」

「チップド・ワキザシ、発進!」

 俺は一歩早く、宇宙に飛び出した。


 宇宙圏に入った途端に短ジャンプを決行した。

 本来ならば、一発免許停止すれすれ位の違法性があるが、ジャンプ可能圏内までダラダラと船を飛ばしていたら奴に追跡されてしまう。

 別の座標についた時、俺は荷物に追跡装置でもついてやしないかと疑った。

 荷物を注意深く点検する。

 宇宙港では誰もがロボットによる清掃サービスを受けている。船のクルー以外誰かが宇宙船の中に入ることは厳しく禁じられているし、整備士たちによる監視の目がある。

 つまり、掃除の際にロボットに小さな追跡装置をつけておいて、荷物や床とかに装置がついているかもしれない。

 ニートは部屋が煩雑になりやすいが、散らからないように荷物をシンプルにしてきたつもりだ。飲みかす食べかすの部類は港で回収されてる。

 どこだ。どこにある追跡装置。文字通りストーカーに狙われて神経過敏になった俺がいる。


「ヒロシさん。」

 クロコが声をかけてきた。

「ん?」

「ハイアースへ向かいましょう。」

 俺の手はピタッと止まった。

「ヒロシさんの家族の命を優先すべきです。」

「そして、優秀なハイアース警察に突き出される、と。」

「家族が殺されてもいいんですか?」

「良くないよ。全然良くない。」

 俺は目を瞑った。

「どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ。頭の中そればっかりだ。けど、両親を二人とも船に乗せて、一緒に宇宙を彷徨うというわけにもいかないんだ。」

「それは、どういうわけですか?」

「うちの父は、脳人間ブレイノイドなんだ。」

 俺は目を開けるとまた手を動かす。

「お父様、いや父は俺が高等教育を出た頃に、全身の病気で延命の為に脳だけになった。脳人間のデカい生存装置を船に運ぶまねがまずできないし、移送するには国と星からの特別な許可がいる。宇宙船が何隻か買えてしまう全身義体サイボーグにでもならない限り、宇宙は無理だ。」

 無いな、追跡装置。俺は諦めず探しものを続ける。

「お母様、もとい母は看護師でさ。病院で勤めてる。お金のために、働いている。物理的には船に乗せることが出来るはずなんだが、それより俺を警察に突き出す事を選ぶだろうな。」

 船の外に装置がついているとは考えにくい。シールドで焼かれているはずだ。シールドと船とのわずかな隙間とかについている、とか

「俺はそんな二人から養分を吸っている迷惑なろくでなしなんだ。就職しようとしたんだが、41を雇う会社はない常識的に考えろと就活で弾かれてさ。再起というか一念発起で宇宙に出てはみたが、こんなもんかね。」

 駄目だ。無い。どうやって俺の船の位置がバレたんだ?

「父を物理的に乗せることは出来ず、母は仕事で乗せるわけにはいかず。命より高いものはこの世にないと思うけど、現実は分かんないな。」

「そんな。ご両親に相談する前から、諦めているのですか?粘り強く説得すれば、きっと二人を宇宙に連れて行くことだって…。」

「その質問は正しいし、諦めるなというのは正論だ。でも、その正論は痛いな。」

 説得、か。金の工面を頼んでばかりのクズが、俺と一緒に宇宙に逃げてくれと頼んだとして、はいそうですかとはいかないだろうな。

「ハイアースへ向かいましょう。海賊同盟はヒロシさんの全てを奪うつもりです。」

「ああ。」

 俺は観念した。

「そこまで言うなら、わかったよ。何か良い文言で言いくるめられないか、考えとく。」


 故郷へ帰るには補給がいる。

 逆に補給がいるほど故郷から離れてしまった。

 星ではウラシマ現象により、遠く離れれば離れるほど月日が経つのは早くなる。超素粒子通信やワープジャンプがなければ一生会えない所だった。

 パニには俺が両親を迎えに里帰りをすると話した。あまり詳しく話すと、聡いパニがまた自分に原因があると暗くなるので、はぐらかしたままにしてある。

 昔のメールアドレスを見た。両親からの手紙が沢山詰まっていた。はじめは俺の心配だけ書かれていたが、途中からどこの星にいるのか具体的に聞く内容に変わっていた。

 警察が動いたのかもしれない。早く帰ってこいとか、声を聞かせてくれとか、写真を添付してくれとか書いてきた時点で、俺はなんとなく両親が警察の指示でも手紙を出したらしいことを悟った。

 ハイアースで両親と会って話すのは難しいかもしれない。

 俺は考えたが、結論が出ることは無かった。



 カッパ・ギアを経由して、ハイアースに着陸する。

 船体を改造した上、登録番号から船名に正式に変えたため、警察当局の指名手配からは外れていた。

 無事に着陸出来た。

 旅の途中でハイアースの情報を集めていたのだが、有名人が熱愛だとか不倫だとかでマスコミにはやし立てられ、汚職疑惑で総理大臣の顔が変わっただけの、いつものジャポネだった。

 俺についての不名誉なニュースもあった。ハイアースのジャポネ人が児童誘拐の疑いで外星から指名手配。そういう見出しで、鬼灯博容疑者とあるが、顔写真までは出ていなかった。

 俺は洋服に着替え、銃を置いた。いざという時、自在鎌がある。

 クロコとパニを連れて行くか迷ったが、クロコの強い要望で二人共連れて行くことにした。


 実家はスイートウッドという所にある一軒家で、生命維持装置の中にいる父と、疲れた顔をしているだろう母がいるはずだ。

 こういうのは突然帰る方がいい。警察が四六時中見張っていることはしないだろう。じっくり話ができるはずだ。

 俺はドアの呼び鈴を鳴らした。

「はい。」

 ドアが開いて、中から皺の増えた母が姿をあらわした。

「久しぶり。中に入っていいかな。」

 俺はバツの悪い顔でそう言うと、母は目を見開いた。

「ヒロちゃん!」

 40を過ぎた男にヒロちゃんはどうなんだ…。

「どうした?」

 低い音声と共に、奥から背丈1メートルもないくらいの箱人間が出てきた。

「ヒロシ!お前、どの面さげて帰ってきた!」

 手足のついた炭みたいに真っ黒な箱が、父の声で叱り飛ばす。まさか…。

「お父さん。その言い方はないわよ。とにかく、上がって。」

「ただいま。」

 俺の代わりに、ピー助がそう言った。


 俺のいない間に、母は看護師の仕事を辞め、父は箱人間になったらしい。うちに全身義体サイボーグをつくる金銭的余裕はない。その原因の全ては、俺のせいである。

 俺はパニの出生以外のことを全て話した。

「それで、なんで誘拐なんて言われてるの?」

「実はトンコルからモンスーマに向かう途中で、身寄りのないパニが臓器移植のために『使われる』子供だと言うのが分かって、彼の命を助けるためにモンスーマに行かずに逃げたんだ。それで、トンコル政府に誘拐ということで指名手配されたのだと思う。」

 詐欺師の俺がペラペラと嘘をついたが、素の俺は親に嘘をつくことで心が傷んだ。ズキッという幻覚痛までする。

「なんてこと。」

 母が溜息をついた。

「その上、臓器売買に海賊が絡んでいて命を狙われることになったんだ。トンコル政府からの手配だから、ハイアースに帰ってもジャポネ警察に逮捕されるだろうし、事情を話しても信用されないだろうし。俺は大丈夫だけど、二人のことが心配になってさ…。」

「大丈夫なわけないだろう。それで、お前はこれからどうするんだ?」

 父がお茶を口に入れた。お茶は濾過されるのだろうが、それこそ人間の癖ってやつだ。

「海賊にはならないつもりだよ。」

 俺が笑っていうと、両親はギクリとした顔をした。

「冗談は置いといて、暫くは宇宙を転々とするつもりだよ。生きてさえいれば、何とかなるって。」

 俺の笑顔をカメラでみた父が、俺に呟く。

「見ない内に、なんだかグッと良い顔になったな。男の顔だ。」

「そう?情に竿さおして流されてるだけかも。」

「いや、宇宙を駆ける男の顔だよ、ヒロシ。」

 父はまたお茶を摂取口に入れ、ふぅ、と息をつく声をだした。

「実は、」

 俺は本題に入った。

「海賊が、俺の家族を狙ってるという話を耳にしたんだ。だから、お願いだ。警察に相談して安全を確保するか、俺と一緒に宇宙を旅してほしいんだ。」

 俺がそういうと、母は下を向き、父は動作をやめた。

「手紙にもそう書いてあったな。確かなのか、その、狙っているというのは。」

 父が言葉を選ぶ。

「海賊から散々脅されたよ。パニを渡せさもなくば親兄弟を殺すぞ、スペースニート。そう言ってたな。」

「スペースニート…。」

 …待て。何故お母様まで知っているような顔をするんだ。

「ワイドショーで見たわ。宇宙海賊を壊滅させた無職の男って。海賊も恐れる正体不明のアウトローだって。あれ、ヒロちゃんなの?」

 壊滅させたのは確かだが、正体バレてるし恐れているよりは舐められているな。

「ああ。俺だ。」

 俺はそれだけ言って、茶菓子のくず餅を食べた。

「…。そうか。お前の爺さんは宇宙の運送会社で働いていたこともあったし、お前を危険な宇宙なんぞにやって苦労はさせまいと思っていたのだがな。」

「宇宙でもハイアースでもジャポネでも、種類は違っても苦労はするよ。」

 父はアームの指を広げ手首をぐるぐると回転させた。何かを決意したらしい。

「良し。分かった。警察にはさっきのお前の話をして相談しよう。それに、警備会社も頼まないとな。」

「お父さん。」

 母が父の方を見る。

「お前は法律は犯したかも知らないが、人としての道理は通している。それを父さんは嬉しく思う。俺と母さんが宇宙についていけば、かえってお前の足手まといになる。俺達のことは心配するな。クロコさんやパニくんを助けたお前の優しさを、父さんは信じるよ。」


 俺は、何も言えなかった。

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