第9話 スレードにて

 惑星スレード。

 惑星モンスーマと比較して、宇宙旅行の観光客が行く惑星だ。

 宇宙船チップド・ワキザシはスレードの宇宙港に到着した。

「出ていきなり逮捕はないよね。」

 縁起でもないことをパニが言う。

「おりのなかと、ふねのなかあきた。あたしもつれてけ!」

 自動餌やり装置の出口から直接飯をかきこんだピー助が、バタバタと羽を動かした。

「はいはい。大人しくするなら連れて行くからねー。」

 俺は檻を開けて、ピー助を肩に乗せた。

「あの、逮捕されませんよね?」

「それは分からん。」

 俺が断言すると、パニが暗い顔をした。

「ま、気にするな。今、思い切り羽を伸ばして遊ぼう。」

 ニチャッと笑った俺の隣で、ピー助が翼を広げて背伸びをした。


 宇宙港の周囲は都市部であることが多い。宇宙港が首都にある星は多いし、宇宙港があることで流通があり栄えやすくなるからだ。

 スレードは鳥人タイプが原住民だ。羽毛のように見える体毛が顔にも生えており、猛禽類からインコまで様々な鳥に似た顔をしていた。


 ちなみに、鳥人型の宇宙人に面と向かってインコに似ていると言うのは、地球人型は猿に似ていると放言するのと同じタイプの悪口になる。顔立ちを似ているとしか表現できないが口にしないように気をつけたい。


 ここでは地球人型の方が珍しい。外星人なのが丸出しだ。

 道行く人の中には、僧侶の格好をしたパニに手を合わせる者もいた。宇宙において、僧侶というのは偽皇帝カーン時代への反動もあって、それなりの地位にいる。

 といっても、人類が宇宙に出てからの宗教は、一時は人の数だけあるんじゃないかというくらい多様になったので、人は宗教関係者をそれっぽい格好とうろ覚えの知識だけで判断していた。

 パニは合掌する者には手を合わせて応えていた。そこにカーンの面影は無い。成る程。隠れ蓑として完璧だった。


 港の周辺を観光した俺達は、きりたんぽやトッポギに似たクエックを食べた。ウスター系のドロっとしたソースをかけると美味い。

 観光終わって、宿代が勿体無いので船を宿にする。どこの宇宙飛行士でもやっている行為だ。


 俺は宇宙船の中でハイアースでの俺の身分を確かめた。トンコルから逮捕状が出ている。容疑は子供の誘拐だそうだ。大変外聞が悪い。

 プラチナを盗んだという窃盗の罪が無かったのがケチな国家ではないと言いたげだった。


 ハイアースでの俺の銀行口座凍結が怖かったので、来るもの拒まずで海賊御用達と言われる悪名高い宇宙信用銀行に、心配になるほどガバガバな書類を電子記入して口座を開設し、金をそこに移した。

 アウトローだぜ、ではない、完璧にアウトな道へ突き進んでいる。これで人様の船を襲ったら、俺は立派な海賊だ。


 俺は、仕方が無かったと自分を慰めた。今思えば、パニを見捨ててモンスーマで悪党どもにパニと荷物を引き渡しても、俺の身の安全は保証されていないし、口封じに消されていたかも知れない。ましてやパニの自殺を手伝って宇宙に放れば、俺はパニの次に死んでいた。


 詰むくらいなら前進して前のめりで生き延びろ。そういうことを厳しい宇宙が教えてくれている気がする。


 俺は検索をかけた。

 モンスーマの星系やトンコルから遠くて、身を隠せる位には適度に繁栄している星。人種の坩堝るつぼな感じがいい。

 少しずつ絞っていくと、候補が出てくるものだ。

 犯罪者も多く危険だが隣人同士が無関心な星クリナシュが候補に出てきた。

 氏名と金の送り先以外は誰も何も関与しないキャプテンズギルドで飯を食っていきつつ、クリナシュを目指すことを検討した。

 どこか宇宙ステーションで生活するのもいいが、大型ステーションでも星の大きさに比べれば見つけられやすい。


 パパパパパ…!!


 考え込んでいた俺の思考をかき消すように、爆竹が弾けるような音がした。

 銃声だ!

 爆竹にたとえる所が、我ながら銃に危機感がない。

 俺の前方にある路地の角から、茶色い革ジャンを着て短機関銃を手にした精悍な鷹顔の男と、丈の長いスカートをはいたインコ顔の女が横切ってきた。

 バババババ!

 男が来た道に向かって銃を撃った。

「きゃっ!」

 俺は銃声から逃げ出す市民にぶつかり悲鳴をあげたクロコの背中を支えると、ウェーブ銃に意識を集中した。事の次第を見極める。

 男が宇宙服姿の俺を見た。

 だが、無視してスーツケースの女の手を取り、こちらに走ってくる。

 クロコが腰の9ミリを抜こうとした。

 俺は慌ててクロコの両腕を腕で制して、道を開けた。わざわざ関わる必要はない。

「すまん!」

 二人が俺達を通り抜ける辺りで、ストライプのスーツを来た如何にも古式ゆかしいギャングな男達が、映画でしか見たことのない短機関銃トンプソンを見境なく撃ってきた。

 こいつらには撃たないと撃たれる!

「伏せろ!」

 ガンマンだった俺がウェーブ銃ラコン・ブラックマンバを素早く早抜きした。

 光の弾が百発百中でギャング達のスーツに穴を開ける。

「くそ!」

 残ったギャングが道の角に隠れる。

「そっちだ!隠れろ!」

 俺は路地裏を指さしてクロコとパニに指示すると、ギャングの隠れた街角のレンガに向かって光弾を撃った。

 レンガにブラックマンバの弾痕を2つあけると、ギャングの反撃を待たず路地裏に逃げ込んだ。逃げた後からトンプソン銃の音が辺りに響き渡る。


 町中の銃撃戦にアドレナリンが出た俺は、奥に隠れていったクロコとパニを庇うようにメインストリートに銃を向け、精神を集中させた。

 暫く経っても誰も来ない。

 思い切ってメインストリートを覗いたが、銃を乱射したギャングも男女もいなかった。

「まったく。何なんだ、一体。」

 俺は癖で銃をくるくると回してホルスターにおさめた。

「すりる。すりる。とくとうせき〜。ギャーッ」

 ピー助が興奮した。


 ストリートにはギャングの流れ弾にあたって倒れた人々がいた。

 ウーウーウー!

 ブザーが遠くから聞こえる。

 ヤバい。警察はヤバい。


「ヒロシさん。」

 奥からクロコがパニをつれて出てきた。

「!?」

 パニはクロコにしがみつき、恐怖していた。そうだよ、いざ殺されそうになったら怖いもんだろ。

「船に戻るぞ。こんな星さっさと出たほうがいい。」


 俺達は宇宙港へと急いだ。

 走ると目立つので、途中から早歩きになる。

「はぁ、はぁ。」

 太っててスタミナがないのが俺の弱点だ。冷たい水が欲しい。

 歩くのと別のことを考えて気分を紛らわせる。

 あの男女は逃げれただろう。訳ありすぎる二人だが、もう関わることはあるまい。

「おい!」

 声をかけられて、俺達は驚いた。

 声の主は、逃げていた鷹男だった。

「あんた、飛行士スペースマンなんだろ?俺達を乗せてってくれ。」

 鷲男の後ろからインコ女が出てきた。

「私達、追われてるんです。」

「見りゃわかるよ、ギャングみたいなのだろ。」

「あいつらはバニルシア・ギャングの手下どもだ。宇宙の果てまであんたを追っかけるぞ。」

「バニルシア?いや、聞きたくもない。」

 俺は首をふった。

「なんで君たちを助けなきゃならないんだ。俺はただのニートなのに!」

「お前…。スペースニートか?」

 なんなの?俺の顔広がりすぎだろ。

「それが何か?」

「海賊団を撃破した無職男の話なら、ネットで話題になってる。地球人型だったとはな。有名人だぜ、あんた。」

 どんな有名の仕方をしているのか、俺は知りたくない。

「それで、君はどうしたいんだ?」

「金なら出す。ティマまで連れてって欲しい。報酬は前と後の2回で、前払いでこれだけならどうだ?」

 俺の手持ちの財布にあたるチップ内のパブリック個人口座に、結構な額の提示がされた。

 お金がない。背に腹はかえられない。

 男は兎も角、女の方は悪い人間じゃなさそうだ。

 古代中国の人相学者だった俺がそう呟くが、羽の色以外で鳥人型の顔の見分けがつくのか、正直自信はない。


「分かった。事情は船の中で聞こう。言っとくけど、俺の宇宙船は狭いぞ。貨物室で寝ることになってもいいなら、ついてこい。」

「助かる。」

 あぁ、また変なことに巻き込まれてなきゃいいけど。

 

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