第8話 偽皇帝カーン

 銀河連邦が銀河帝国を撃破した。ここ試験に出ます。


 戦争の中で、銀河連邦はカーン大帝を、カーン大帝の住んでいた星の表層を丸ごと大量破壊兵器コズミック・ライト・イレイディレイション略してcoli(コーリー)という光熱線照射装置で焼き殺した。

 惑星コロナ・ウーヌムは地表が焼かれて灼熱の惑星になり、法令で3世紀は禁足地となった。

 また、銀河連邦はカーンの再来を恐れた。カーン大帝のDNA情報の入手や複製などしようものなら、たとえそれが偽物だろうと関係者は問答無用で皆死罪になったし、カーン大帝の血縁である公爵家やカーン大帝とつながりがあるとされるものなら赤ん坊でも『抹消』された。


 人類みなどこかで繋がっているため血筋などを断つのは難しいはずなのだが、一説には白人系地球人型の人口のおよそ20%がこの時のヒステリックな魔女狩りにあって殺されたと言われている。


 今でも、「お前の父ちゃん偽皇帝カーン」という言葉は、言葉をかけられた者が言葉をかけた相手を殺したとしても、言った側に否があると言われるほど宇宙で最も汚い罵声として徹底的に幼児から教育される。言ってはいけないタブーだと。

 そして、宇宙史においてカーン大帝は偽皇帝ぎこうていカーンと呼ぶこととして法律で定められていた。


 ちなみに、カーンの名前は宇宙では忌み名になっており、カーン(karn)さんは自らをカール(karl)となのったり、さらにカールから派生するシャルルやチャールズと名乗ることもある。

 他にも、カーンという姓には、姓を表すという表記として*(アスタリスク)を文字の前にわざわざつける。カーン大帝に似ているということを整形の理由にする。など。


 カーンとはそういう存在だとされていた。


「嘘だぁ。お前、そんな、うっそだぁ。」

 俺は首を傾げながらパニの言葉を否定する。

「本当です。」

 パニ、いやマイトレーヤは頷いた。

「カーン大帝が万一死んだ時、肉体を乗り換えるために造られたストック人間は知ってますか?」

「あぁ。でも、ストック人間はクローン体だから白人のはずだし、そのストック人間も全て処分されたはずだ。」

 処分という言葉を聞いて、マイトレーヤは悲しい顔をした。

「カーン大帝は宇宙の裏をかきました。彼はクローンのストック人間だけでなく、彼が忌み嫌う有色人種の姿をしているが、しかし、DNAは肌の色以外カーンという人間を人造ラボでつくっていたのです。」

 俺は呆気にとられた。

「コルプ・ボダーブル計画。余はその最後の一人です。」

「年齢が、年齢が合わない。銀河戦争なんて200年も前の…。」

「余はその受精卵のデータを元に再現されたレプリカなのです。」

 ここまでくると、極めてなにか生命に対する侮辱を感じる。

 沈黙する俺に、パニは冷たく笑った。純真な男の子がしちゃいけないような笑顔だった。

「さっき言った通り、余は肌の色以外はカーンの遺伝子そのもの。そこから肌を白人にするDNAの地図をつくれば、カーンの完全なクローンがつくれる。余はそのためにこの世に生を受けたストック人間なのです。」

 丁寧口調に対して、余という言葉は似つかわしくない。僕と言う方が本当らしい。

「産まれた時から、そう言われてきましたし、カーン派と呼ばれる人々から密かにそういう扱いも受けてきました。この格好は有色人種と宗教を忌み嫌ったカーンの血を引くわけがないという、謂わば隠れ蓑のようなものです。」

 インド(バーラト)系の肌の色をした少年は、仏教の袈裟に手を当てた。

「けど、余は、いや、『僕は』思ったのです。宿命はそうでも、人生が全てそれだけに染まるとは限らないって。正体を隠すために利用した仏教の中で、仏陀は生まれによる貴賤はなく、行為によって賤しい人ともなり、行為によって尊い人ともなると説いていました。」

 少年は一生懸命だった。

「お願いです。助けてください。僕は、あのカーン主義者たちに協力して賤しい人には成りたくない。」

「そりゃ、助けたいけど。でも、どうするんだ?」

 船は減速し、今や曳航ビームの射程圏内だ。

「僕を殺して、身体を宇宙に放り捨てて下さい。」

「!!」

 俺は、また絶句した。

「惑星に近くてもこの広大な宇宙なら、僕の死体は見つかりにくい。それから宇宙船を掃除して、僕のDNAを残さないようにして下さい。ご迷惑をおかけしますが、どうぞおねが…。」

「いやいやいや。待て待て待て。そんな事言われても殺せないよ。」

「何故ですか。僕が、子供だからですか?」

 戸惑う俺に、パニが詰め寄る。

「あの、えと、その。兎に角、駄目だ。命は粗末にするもんじゃない。」

「では、空気室に僕を入れて、ドッキングのハッチを開けて下さい。きっとそれで全てが終わりま」


 パシッ!


 鋭い音がした。

「そういうことは、二度と言わないで。」

 クロコのビンタに、少年は頬を押さえて無言になった。

 パニは無言で、泣いた。涙がポロポロと流れる。

「君をこの星でなくて、どこか別の星にでも下ろせば追ってこない。とかないかな。」

「それは無理です。これが最後のチャンスなんです。殺してくだ」

「しーっ。」

 俺はパニの唇に指を当てた。そして、また手を上げたクロコの手を止めて、俺は溜息をついた。

「とりあえず、取り調べを受けよう。別の星、この近くならスレードっていう星があるから、そこに向かったら襲われたということで。その後、俺が君の身柄を引き受ければ、なんとかなるんじゃない?」

 俺は噛んでふくむ様に言葉を選んだ。

「僕を迎えに来た人達がいます。きっと僕だけ引き取りにくるでしょう。」

「うーん。そうだ!初めから君はハイアースから俺と来たお坊さんということにしよう。スレードに旅行中に海賊に襲われた。海賊は君やクロコ、つまり女子供を寄越せと言ってきたんだなぁ。だから、それを俺が拒否した所、海賊が襲ってきた。こう言って、奴らは人身売買に絡んでいるとほのめかせば、たとえ迎えがきた連中がやって来ても、君の身柄を変に引き渡したりしない。寧ろ、取り調べで彼らの説明が俺たちの説明と食い違ってきて怪しくなっていくはずだ。」

「そんな、うまくいくの?」

「まぁ、嘘も方便っていうだろ。」

 前世ペテン師だった俺が、パニにウインクした。

「俺に任せとけ。さっきのアイデアをより完璧にして、口裏合わせといこう。」



 曳航ビームを受け、船をドッキングさせ、皆で手を上げて旗艦カッツバルゲルの中へ。ピー助が俺の肩で片足を上げているのをみた船員は、笑いながら銃をおろした。印象は良かったようだ。


 そして、事情聴取になった。無限俺インフィニット・ミーの中にいるペテン師詐欺師の俺が胡散臭く立候補して、俺の騙しが始まった。


 俺はデジタル絵画や希少資源などを扱っている商人で、パニと共にハイアースからムーランド、トンコルを経由してスレードに旅行に向かっていたことや、ムーランドへいく途中で海賊に出くわし、クロコを拾ったことなどを話した。

 嘘の中に真実を入れておくと、嘘もそれっぽく見えるものだ。軍人は無言で供述書を作成していた。

 スレードに向かう最中で出くわした海賊が、女子供を引き渡すように言った、という下りで軍人の口の端の片方が下がった。不快になったのだろうが、それは卑劣な海賊に向けてのものだろう。

「それで、何故ここモンスーマへ?」

「襲われた地点からスレードに逃げるより、モンスーマの方が近かったので、モンスーマに行って助けてもらおうとしたのです。間一髪で助かりました。」

 ケロリと嘘をつき、頭を下げた。

 そして、供述に矛盾点は少ない。

「それは大変でしたな。手荷物の検査が終わったら、速やかにモンスーマの宙域から出て下さい。必要ならば燃料をお分けします。その後、自由宙域からスレードへ向かわれても結構ですよ。」

「助かりました。海賊はどうなりましたか?」

「我々の巡洋艦が追っているので、時間の問題でしょうな。」

 ミッション・コンプリート。

 そんな言葉が頭をよぎった。


 俺、クロコ、パニと取り調べ室から出る。同じようなことを言ったのだろう。俺の取り調べ時間より遥かに短かった。

 あっさり信用されて、パニが拍子抜けしていた。


 船体検査で、トンコルで渡された荷物の中身はモンスーマで高騰しているマイナーメタルのプラチナだったことが分かったのだが、希少資源も扱っているという供述はったりが効いて、モンスーマに入る予定でも無ければ、寄るつもりも無かったということで開放された。

 厄介払いというか、臭いものに蓋をするというか、そんな扱いだったが、シールドを貫通して焼けた俺の船を見れば、何よりも説得力があった。


「あーあ、俺の船…。」

 俺と同い年くらいだろうか、俺の船を見た宇宙船整備士で技術肌のオッサンが俺の肩を叩く。

「もっといいシールドジェネレーターを買うことだね。マーズ製に手頃でいいのがあるよ。」

「マーズ製ね。トホホ。」

 オッサンが耳元でささやく。

「お宅のプラチナで費用を補填するなら、船を修理するついでに付けてやろうか?」

「え、いいんですか?」

「なぁに。善意の市民を放ってはおけないよ。」

「プラチナより命ですよ。お願いします。」

「あと、ウェーブキャノン。訳ありだけど、要る?」

 悪い顔だ。

「プラチナ使って、あるだけ盛り盛りで。」

 俺も悪い顔をした。


 俺達は開放された。

 ちょっとした戦闘艇へと見違えた俺の船は、俺達を乗せてモンスーマの宙域を離れていく。


「これで、良かったんだ。」

 プラチナを全て置いてきた。

 俺、ピー助、クロコ、そしてパニ。

 3人と1羽になった時、俺は操縦席から暴れた。

「だあぁーーー!ヤバい!方方ほうぼうに敵作って、命狙われるよ俺!家族狙われるよ俺!どーしよーどーしよー!」


 あああああぁああ!


 船体から宇宙に向かって、ビーバーのように雄叫びを上げると、俺はピタッと静かになった。

「御主人様?」

「ホーズキさん?」

 クロコとパニが怯えた顔をする。

「ヒロシでいい。」

「「?」」

「ヒロシでいい。ヒロシと呼びなさい。」

 俺は決意し、目を光らせ腹をくくった。

「どうせ俺は怠惰に生きて何も出来ず部屋すら出られず、ストレスにすり潰されながら親の資産食いつぶして無様に死ぬ宿命だったクズニートだ。俺みたいなクズが一念発起だけでここまでこれたのだから御の字だ。命狙われるだぁ?やってやる!海賊同盟でもトンコル政府でもカーン派でも、矢でも鉄砲でもかかってこいってんだ!スペースニート上等だ!」

 一人で開き直って逆ギレする俺に、二人が無言になる。

 前世の俺。その中に異世界の俺がいたが、勇者や物語の主人公のような俺はいなかった。それなら、俺が俺の初めてになってやる。

「負けねーぞ。生きてたら勝ちなんだから、負けねーぞ。」

 俺の目は座っていた。


 まずは惑星スレード。そこから先はあてのない逃避行だ。

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