第7話 パニ

 俺の船に大きなトランクを格納する。

 トニーは更にスキンヘッドの子供を乗せろと言い出した。

「我が国の代理人として、彼には向こうへの商品の受け渡しにサインをしてもらいます。」

 肌の色が濃く、はっきりした顔立ちをしていて、目鼻立ちが上品だ。

 トンコルについて調べていた俺は、違和感を覚えた。トンコル政府を代表する国では白色人種主義が近年まであって、原住民は白人系地球人タイプしかいない。

 宇宙開拓時代、数々の植民により銀河帝国を打ち立て、自らを宇宙の皇帝、カーン大帝と称したカーン・P(パウル)・アハトによる白人優生主義思想の爪痕、名残り、あるいはその影響を、帝国が滅びてから数百年経った今も受けているものは多い。

 銀河帝国は銀河連邦によって滅ぼされた。

 銀河連邦は企業支配により星星ほしぼしによる民主主義が有名無実化する。

 企業支配は宇宙的金融恐慌を受けて弱くなり、そして、全てが好き勝手になった結果、緩い秩序と大きな混沌の渦にあるのが今の人類生存圏の宇宙だった。

 栄枯盛衰の宇宙の歴史がまた1ページ、だ。



「それはそれは、彼大事に運ばないといけませんなぁ。」

 俺は片目をつぶった。

「ええ、荷物のこともお忘れなく。」

 勘づいた俺の言葉の含みに勘づいて、トニーが唇の端を上げる。タヌキとキツネだ。腹が出てるから俺がタヌキかな?

 俺の見立てでは、少年は目的地のモンスーマだかどこだかの亡命していたVIPだ。それが、国内事情が改善して表立っては無理だが秘密裏に帰国できるようになったので、荷物を運ぶという体で俺を使ってモンスーマへと移送する、と。こういうわけだろう。

 俺には荷物代だけ払って後は野となれ山となれ、そんな所だろう。俺が日本人顔の非白人系の黄色系地球人型だからと、そんな見え見えの嘘に騙されると思われたのが悔しいし、それは許せない。

「重くなるので、報酬に色つけてくれると助かるのですが。」

「それなら上積みしてお支払い済みですよ。キャプテンニート。」

 俺は慌てて口座を確認した。こういう時の信頼は後払いが普通と思ったが、先払いされていた。金だけ持ってトンズラすることをしないという保証はないはずだが、奴らは俺の素性を多少なりとも調べたらしい。

「スペースニートです。まあ、碌でもないのは変わらんですけどね。」



 荷物と少年を乗せ、俺の船は宇宙そらを飛んだ。


 モンスーマまで距離にして数回のジャンプを挟んで7日ほど。

 暇だったので俺はキャプテンズギルドの求人情報を読んだ。求職中でもこんなに真面目に読んだことはない。

 パジャー・ミニに速いエンジンを乗せたい。それと頑丈なシールドもつけたいし、レーザー砲だけではいざというとき頼りない。

 そうなるといっそジェネレーターでクラスBのやつをつけてもいい。新しい船を買うにしては、パジャー・ミニに愛着が湧いている。改造によっては世界一速い小型船に出来るかもしれない。

 それと、船のネーミングも大事だ。登録番号ぬ5555では格好つかないしな。


 俺は俺の先祖に侍がいたらしい話を思い出した。俺の母親が特殊で、アンシスターズメモリーというDNAの系譜記録や家族のエピソード記録の媒体が実家にあった。家系図の詳しい版である。

 それによると、ご先祖さまが地球を離れ宇宙に進出した時、ヒゼン大小だいしょう何とかとかいうカタナを持っていけず地球に置いていったのだという。

 二度目かの世界大戦の直後には薪割りに使っていたらしい。木を切った時の刃こぼれ痕があるのが特徴だったそうな。

 俺はそこから、薪を割るものという意味を込めてツリー・チョッパー号なんてどうだと思ったが、カタナより斧やチェーンソーっぽいネーミングに、改善の余地ありと船名登録を躊躇った。

 俺がモヤモヤ考えている間、クロコは静かに両足を斜めにして椅子に座り込み、少年は着膨れた服を脱いで座禅を組んでいた。

 俺は少年の服装をみて驚いた。コートやセーターを脱いで袖の短い赤いシャツ姿になると、袈裟をつけたからだった。

 ジャポネで多く信仰を集めている浄土真宗の坊さんの服でなく、チベット仏教辺りの格好だ。少年は袈裟を着た途端に凛としている。


「あの、君の名前は何ていうの?」

「マイトレーヤと言います。パニと呼んで下さい。」

 パニはそういって微笑む。

「パニ君ね。君は、そう。」

 俺は間を開けて気取った。

「大貧民をご存知か?」



「だぁ~、負けだ負け。俺大貧民だわ。」

「パニ君。カード強いね。」

「たまたま、運が良かっただけです。」

 ルールを教えた後、10連続で大富豪になったパニは控えめな言葉で無邪気に笑った。

 俺は宇宙に進出しても売っているマリオが目印の会社から花札を買っていた。ルールを見て、皆でプレイする。これからリベンジだ。


「綺麗なカードだ。」

 パニはそういって雨四光あめしこうをきめる。

「こいこい。」

 パニはそういってニコニコ笑った。

 よし。赤短あかたんかタネで上がって阻止しちゃる。

 …出ろ!

 ああ、出ない。現実は非情である。

「月が出ました。それと、お酒も出ましたね。」

 パニが五光ごこう月見酒花見酒つきみざけはなみざけで勝利した。


 …。


 この子、運強すぎィ!



 ゲーム休憩して、食事にする。

 ヤンみたいにヴィーガンかも知れないため、パニに食事を聞いたら、出されたものは何でも食べると言った。だが、肉を食わせても大丈夫なのか分からない。

 悩んだ挙げ句、揚げ出し豆腐の入った野菜のあんかけのタッパーとおにぎりを渡した。

 コシヒカリでもっちりと固められたおにぎりは具がこぼれやすいサンドイッチよりも宇宙食だ。固形食料やチューブ食でなく、普通の食事もとれるようにする。俺の宇宙での食事事情は改善していた。

 俺とクロコは、ビミブランドから出ている冷たいおうどんを食べる。クロコはうどんが啜りきれず、ブチブチとうどんを切っていた。

「バホットアッチャーヘ!」

 パニは笑顔になった。

「何?」

「とても美味しいです。パサントアーヤーヘ。」

 揚げ出し豆腐を痛く気に入ったらしい。屈託のない笑顔に癒やされた。


「追跡反応あり。本船と同じベクトルで追跡反応あり。」

 ルビーが警告を発する。

 簡易的とはいえ海賊避けの追跡発見装置をインストールしてて良かった。

 俺は操縦席に座るとルビーとやり取りする。

「距離は?」

「相対距離、推定5分で目視可能距離まで接近します。」

 視力2.0設定であわだか豆粒だかのサイズで相手の船が見える距離。

 近いな。レーザー砲の照準距離前に気づいたのが幸いだ。

「通信送れるか?」

「通信送ります。」

 俺は耳にふれる動作で相手の船に通信を送る。正確には、俺の出した通信信号を俺の船の通信設備で増幅した信号を送る。

 画像通信が来た。

 船長らしい男がうつった。

 黒いタールが人の頭をしていた。ジェル状の目鼻口がある。それは、口をパクパクと動かして声を出した。

「…。目がいいな、スペースニート。」

 …俺を知っているだと!?

「貴様は何者だ。」

「俺の名はソーン。ソーン・スワンプ。人は俺を溺死液ドロウン・リキッドと呼ぶ。」

 そんなん知らねーよ。

「海賊同盟の名の元、スペースニートヒロシ。お前を抹殺する。」

 海賊同盟も聞いたことねーよ。

 そして、俺は間違いをおかした。

 船のオープン回線を通じて、会話がクロコやパニに聞こえてしまったのだ。

「海賊同盟が、御主人様を…。」

 クロコが青ざめた。

「ただちに停船するなら貴様一人の死だけで許してやろう。そうでないのなら、船員ごと宇宙のデブリになってもらう。女子供を巻き添えにするのは、貴様の望むことではなかろう。」

 前世ペテン師だった俺が、男の声色に警告をおくる。

 こいつは、嘘だ。

 減速して接近を許せば皆殺しにするつもりだ。淡々とした口調の中に、そういう悪意がある。

「どうする?スペースニート。名前の通りダラダラと寝そべって死でも待つか?」

 リキッドの顔の表面が波打った。笑っているらしい。いや、嗤っているのか。

「うちのミニのエンジンを信じるさ。」

 ピンチだが、俺はウインクした。


 そう、これは前世からの癖ってやつだ。


「通信途絶しました。」

 ルビーが通信切れを知らせる。

「さて、と。」

 エンジンの出力をマックスにして、次のジャンプ予定を早める俺に、クロコが近づいた。

「御主人様。」

「ヒロシでいいよ。」

「ヒロシさん。海賊同盟は、主に自分のシマ、領宙りょうちゅうを確保するためにつくられた無法者の集まりです。連帯とかそういうのはありませんし、蜂蜜酒団をやられたからといって報復するような人達ではありません。」

 俺はパニに聞こえないように小声になった。

「多分、狙いは多分俺じゃないな。」

 パニが痛々しいほど無表情になったことで、一層確信が持てた。

「どうなさるのですか?」

「逃げる。モンスーマまで逃げ切れたら俺達の勝ち。殺られたら奴の勝ち、だ。」

 俺は普通にしていたつもりだったが、クロコが少し怯えた表情で俺の顔を見た。

「怖い。」

「シートベルトをどうぞ、お嬢さん。」

 俺はマニュアル操作でエンジンをフルにしながら、オートなしのジャンプをきめた。


         ゴン!

「きゃっ。」

 クロコが悲鳴をあげる。

 レーザーが当たってシールドが削られた。多分、船体表面が焼けているだろう。

 俺はマニュアルで少しずつランダムにブースターをふかして、後方からみて船の尻や船体そのものが揺れるような動きをした。

 照準をつけにくくするためだ。スペースシップ・チェイスは初めてだが、どうでもいいこととしてネットで見ていたシップチェイスの動画を俺は思い返していた。

    ビャーン  ゴッンッ

「く、っそっ。」

 レーザーだけじゃなく、ウェーブキャノンまで撃ってくる。光の塊が船のシールドを大幅に削り、音からして船の外装パーツが剥げて壊れた。

「モンスーマまであと少しだ。耐えてくれよ。『ぬ』の5555、チップド・ワキザシ号!」

 船体名はなんとなく今決めた。こういうのは勢いだ。

 チェイスが続いたあと、突然通信が入った。

「こちらモンスーマ宇宙軍第一艦隊旗艦カッツバルゲル。こちらモンスーマ宇宙軍第一艦隊旗艦カッツバルゲル。」

 モンスーマの宇宙軍だ!

「カッツバルゲル!こちらハイアース登録番号ぬ5555!チップド・ワキザシ!海賊に追いかけられている!助けてくれ!」

「了解した。そちらに巡洋艦を送る。貴船は我が星の領宙域りょうちゅういきに侵入した後、安全を確認して減速せよ。艦隊からの曳航ビームを受けるように。その後に取り調べを行う。」

「了解した!」


 やった!やったぞ!


「海賊船ベクトル変化。本船から離れていきます。」

 ルビーの声を受けて、俺は歓声を上げた。

「良し!良し!逃げきった!俺らの勝ちだ!ざまぁみろ!海賊め!」

 俺はクロコを見た。

「こ。」

「こ?」

「怖くて動けなかったです。」

「まぁまぁ。パニも大丈夫だったか?」

「はい。」

 パニは暗い顔をしていた。

「どうした?敵は去っていったぞ。」

「あの人は、僕を狙ってました。あの、僕の正体は、」

「あぁ、大丈夫大丈夫。」

 俺は手をふって冷ひ汗を乾かした。

「どこかの星の王子様とかVIPなんだろ?」

「!!」

 図星ではないが、当たらずとも遠からずだったみたいだ。

「星の上のお使いじゃあるまいし、荷物の受け渡しに人をやるなんてこと、普通しないよな。」

 俺は笑った。

「隠していて申し訳ない。は、余は…。」

 ん?

 さっき自分のことぼくとか言ってたのに

「余の本名はマイトレーヤ・K(カーン)・アハト。銀河帝国皇帝 カーン大帝のDNAを持つ最後の子供なのです。」


 …。


「何ィイイいいい!!偽皇帝ぎこうていカーンの子孫!?」


 俺は頭が船体を通り抜けて宇宙へぶっ飛ぶくらい驚いた。

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