第6話 亡命

 惑星から一回目のジャンプをする。離れた二点の空間と空間を近接させ、時空子となって飛ぶジャンプ航法とバリアの2つにより、人は遠宇宙まで導かれるように進出できた。

 そのことを、地球から宇宙へと風に乗って飛ぶタンポポの綿毛と表現するか、がんの全身転移と表現するかは歴史家の勝手だが。

 通常運航で進む。障害物の少なくハプニングの起こりにくい人類がつくったルートに沿って、船は進んだ。


 俺は船をぐるぐると回転させて床に重力を発生させた。

「これでよし。」

 俺は荷物からトランプを出した。

「じゃーん。」

 楽しみからつい声まで出す。


 誰もリアクションは無かった。


「目的地まで3日は退屈だろ?ゲームをして遊ばないか?」

「御主人様。博打ですか?」

「え?何も賭けないよ?」

「トランプは賭け事と決まっているのです。」

 クロコは宇宙海賊の所にいた。海賊は、金が絡まないとゲームしないのか?

「クロコはトランプで遊んだことは?」

「ありません。」

「何かゲームのルールは知ってる?」

「何も知りません。」

「ん〜、なら、」

 俺は提案した。

「ババ抜きとか大貧民、するか?」



 簡単なババ抜きから始めて、最後の二者択一とかを仲良く楽しんだりした後、大貧民というゲームのルールを教えてプレイした。

 段々場があったまっていき、ゲームが盛り上がる。

「うひゃひゃ。後2枚で上がりー。」

「あ、革命します。」

「嘘ーん!」

 大富豪パワーで順調に上がるつもりだったが、手元に弱くなった2と1しかない。詰んだ。

「儂の番だな。7が2枚。」

 ヤンがトランプをテーブルに置く。

「パス。」

「パス。」

「10が1枚」

「パス!」

「はい、9です。」

「4を出して終わりじゃ。」

「きゃー。」

 クロコが小さな声で負けを可愛く悔しがる。

「大革命じゃの。」

「大貧民が大富豪になったかー。」

「金を賭けずとも、こんなに遊べるとはの。」

 白い髭をなでながら、ヤンがホッホッと笑う。

「ギャンブルでなくても充分楽しいのが大貧民さ。飯にしよう。」

 俺はトランプを集めて片付けにはいった。

「ヤンさんはすき焼き味の固形食料食べるか?」

「儂は野菜しか食べん。」

「ヴィーガンか。なら、えーと、ブロッコリーのムースがあったけど、どうだ?」

「老人食みたいだが、仕方ない。」

 文句の言い過ぎだ。宇宙でそれは通用しない。

 ヤンはブロッコリーのムースに口をつけると、不味いと言いながら全部飲み干した。

「…儂は、大貧民とは言わずとも、貧民階級の出でな。」

 ヤンがポツポツと語り始めた。

「儂は先祖の代から、生業として小惑星イェンフイに含まれている氷を溶かして水を精製したり、マイナーメタルを掘ったりして生活しておった。わずかな金と、埋まらない搾取社会にうんざりしながらな。」

 ヤンは差し出されたパックのお茶を、ジャスミンティーか、と言って飲んだ。

「母星からの過剰な搾取に、何とかしなければ皆飢え死にすると儂らは危機感を覚えた。そこで、小惑星で労働組合をつくって対抗することとなった。儂は副組合長となって、当時法律に明るく白龍バイロンと呼ばれた組合長のワンフェイロンと共に、小惑星イェンフイの独立と労働者の人権とを主張し、宇宙裁判所で母星を相手どって裁判を起こした。」

 ヤンは溜息をついた。

「長い裁判を経て、自治独立権と人権が認められ、労働組合は後に政府となった。皆で肩を叩いて喜んだものじゃ。資源は適正価格で取引され、儂らは少し裕福になり、子供の教育や優れた掘削機械の導入が出来るようになった。じゃが、」

 ヤンの顔色が曇る。

「資源が段々と枯渇するようになった。資源以外に碌な資本を持たない儂らは出稼ぎ制をつくって人材派遣で外資を稼いだが、それでもジリ貧になっていった。そして、大統領になったワンフェイロンは病気で死に、息子のワンイーが就任した。彼は精一杯やったが、極端な道を決断しようとした。惑星間戦争に金を注ぎ込んで植民地を持とうとしたのじゃ。儂は、搾取されていた国民が搾取側にまわるのも勿論じゃが、それ以上に殺し合いに加担する真似はしてほしくなかった。」

「それで、戦争反対の立場をとった?」

「そうじゃ。儂は拘束され、廃坑道に入れられた。拷問を受けて未だに手足の感覚が鈍い。まぁ、紆余曲折あって亡命することにはなったが、イェンフイは捨てきれぬ思いがある。」

 ヤンはそれだけ話すと、ちと疲れたといって横になった。


 ヤンについて調べたら、裏金疑惑や賄賂で逮捕令状がでているとあり、俺は思う所あったが、俺の役目はあくまでヤンを乗せて星に運ぶだけだ。深くは聞かないことにした。



 ネットによれば、トンコルは政治的中立惑星で、亡命先にはぴったりなのだという。

 寒冷惑星で、多くの星と兄弟姉妹の関係を結び、ムーランドのような交易星になることを目指している。


 追手も来ず、海賊に会わず。

 首尾よく惑星トンコルについた。


「寒っ!」

 宇宙服をヒーターモードに変えたが、頭部はそうはいかない。惑星につく前に髭を剃ったが、髭の分だけ地肌に冷気があたっている気がした。


 トンコルに降り立つと、雪が舞う大地だった。


 クロコは寒いですねといいながら、アンドロイドらしく寒さをものともしていなかった。

 宇宙港で、ヤンは亡命手続きがある。保護申請というやつだ。

 俺とクロコは宇宙港の建物内に移動し、所在なげに椅子に座って事の次第を待った。


 売店で吹雪の恋人ブリザードラバーズというお菓子を食いながら、通信で宇宙船に燃料と食料を頼んでいると、二人のマッソロイド兵士を連れて地球人型の背広男がやってきた。

 マッソロイドは兵士を目的に造られた戦闘個体で、まつ毛以外毛髪がない。寒いはずなのだが、彼らの生産元は寒冷地が多かった。

 背広男は白人系地球人タイプで、明るい金髪で眼鏡をかけている。酷薄そうな顔をしていた。

「ミスターホーズキですね。」

 俺も立ち上がると差し出された手を握手する。

「私はトニー・4・ブライト。トンコル政府の代表の者です。」

 この言い草。俺がバカだと思って、わざとわかりやすい表現を使っている。政府の代表者は大統領だろう。

 俺はそれとなく相手について検索をかけた。

「入国管理官の方ですね。ヤン氏の身柄の受け入れはどうなりました?」

「ヤン氏は無事トンコル政府の方で保護させていただきました。ご協力に感謝します。」

 俺はこの手の仕事なら引き受けてもいい気になった。それでもタクシーみたいにきちんとした職と言えるかは分からなかったが。

「すぐご出発なさるので?」

「ええ、まあ少ししたら出発するつもりではあります。観光してもいいかなとも思いますけどね。」

 日本人のDNAらしい玉虫色の意思表示に、トニーは片頬をつり上げた。

「それは良かった。実はトンコル政府として、貴方に頼みたいことがありましてね。」

 厄介事じゃないよな。俺は心の中で頭を抱えた。

「とある希少資源を、モンスーマまで運んでもらいたいのです。出来るだけ秘密裏に。」

「秘密と言うことなら、通信で話しましょう。」


 諦めた俺は回線を開いた。


「では、宜しくお願いします。ミスターホーズキ。」

「承知しました。ミスターブライト。」

 単純作業だ。お使いを頼まれたのと同じ。

 あっちからこっちへ。こっちからあっちへ。

 それで結構な報酬が出る。

 そうか、これも労働で、これが労働か。


 俺は、大学卒業後ニートしてきた者として、たとえニートを脱出したのだとしても、働きたくないでござるおよび楽して生きたいでござるのニート精神スピリッツだけは矜持きょうじとして持っておこうと決めていた。

 その日暮らしであちこち彷徨う生き方を、フリーターと呼ぶかフーテンの寅さんと呼ぶかは解釈による。

 それと同じでこれという職業ではないが、宇宙海賊でもないアウトローをスペースニートと呼ぶのは俺の自由だと思った。

 現に報酬を得ているので、ハイアースでは所得税だの税金がかかるというのに、実質脱税状態だし。収入履歴でバレるんじゃないかと今からひやひやする。アウトローだぜ。


 俺は依頼の品を準備するからとのことで、一日の滞在が許された。

 この星の『一日』がどれほどの長さか分からない。検索したらこの星の一日は25時間ほどだった。


 ケネスから俺の口座に金が送金された。気を良くした俺は、クロコと二人でレストランに入り、この星の名産チーズフォンデュを腹一杯食べた。

 鼻腔からアルコールを吸収するような強烈に酔う酒、ホットウメシュを飲んで酩酊し、クロコに支えてもらいながら船に戻ったのは我ながら情けなかったが、こういう旅もいいだろうと自分に言い聞かせた。

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