第5話 ムーランド

 惑星ムーランド。

 衛星アトランティスやレムリアを抱える大きな惑星だが、自転が遅いため一日の長さが極めて長く、重力は地球よりやや重い程度ですんでいる。

 テラフォーミングされた固形の大地のある惑星では屈指の大きさであり、無数の国家が存在するのだが、ムーランドの自主独立というよりは企業がバックについた馬鹿でかい植民地の星という側面をもっている。

 この星は他の星系から他の星系に行くにあたっての補給地点として便利な所にあり、通行の要所として人、物、金が行き交う貿易星として有名だった。


 別名、船乗りの星。


 海洋面積が7割から8割ある水の惑星だった。

 惑星を取り巻くムーランド惑星自治軍が着陸前に俺の船をスキャンした。

「着陸を許可する。ようこそ船乗りの星へ!」


 宇宙港から着陸して、船を出る。

 恒星エルの輝きが俺の目と肌を焼く。

「熱いな。」

 ムーランド宇宙港は潮風のような匂いがした。

 クロコも手を目の上に当てて、眩しそうな顔をしている。ピー助は俺の肩に止まって大人しくしていた。

「ハイアースの登録番号NU5555ですね。」

 整備士がやってきた。

「エヌユーでなく、ぬ、です。」

「あぁ。失礼しました。船内清掃の手伝いを頼めますが。」

「後でお願いします。」

 燃料から細々としたサービスまで、話し合いで決める。

 タッチペンにサインすると、漢字が珍しいのか整備士がサインをみて片方の眉毛を上げた後、船の方に去っていった。


「取り敢えず、宇宙港で飯食うか。高いだろうけど。」


 俺達は飯を食ったあと、港近くの都市を観光した。

 俺はそこそこの宇宙服を新調しただけでなく、クロコのために服を買った。海賊から巻き上げた金で、彼女にあうシャツやパンツズボンだけでなく、宇宙服も買った。

「船外活動のためですか?」

「万が一、船に穴でも空いた時だよ。」

 危険な船外活動など、彼女にやらせるつもりはさらさらなかった。



 拳銃の弾を買いにガンショップに寄る。

 特価!戦士の銃レプリカモデル!男ならこれをけ!

 店にそんな文句が貼ってある。どうせ大気中でも殺傷力のあるレーザー銃なのだろう。俺は無視を決めた。

 カウンターに弾を置くと、店主らしき壮年の男がニヤリと笑う。

「ホルスターに拳銃を下げてるが、今の主流は近接戦闘で役立つ低速フルオート短機関銃だよ。見ていかないかね。」

「いえ、金が。」

「ガンスミスもやってる俺のいうことは聞いたほうがいいぜ。武装するなら頼りない拳銃より短機関銃や、地上宇宙を問わないウェーブ銃に限る。どうだい?安くしとくよ。スペースニート。」

「!?」

 二の句が継げない俺に、店主のオヤジは今度は笑った。

「蜂蜜酒団なんてどこにでもいるちゃちな海賊だが、そのどこにでもいるちゃちな連中に痛い目をみた船長は多くてね。俺も奴らに金を取られた1人だ。あんたは有名人だよ。」

「そ、そうなんですか。」

「ニュースじゃテロップで三分程度の小さなトピックスだがね。」

 店のオヤジの物言いに負けて、俺は選んだ挙げ句ウェーブ銃を買うことにした。

 ウェーブ銃とはわかりやすく言えば、可視光線の塊として振動波が飛んでいき、対象の物体を分子レベルで破壊する最新銃だ。

 某ロボットアニメのビームライフルみたいに可視光線が光でない速さで飛んでいき、対象は主に熱エネルギーを受けて焼き殺されたり、出力が強いと無機物でも爆発したりする。そういう破壊銃だった。

 ウェーブ銃は西部劇のピースメーカーみたいな銃の形をしていた。

「ウェーブ銃こそ船長の銃だ。9ミリはキャプテンが下げるものじゃないぜ。」

 俺はホルスターごと買ったウェーブ銃を下げた。旧ホルスターに収められた9ミリをクロコに渡す。

「これは…?」

「これで身を守るんだ。」



 クロコと二人で買い物しつつ、次にどこに向かうのか分からないでいた。

 クロコを変な目で見る者たちがいたが、銃を携行した途端、誰かがクロコに視線を送ることがあからさまに減った。分かりやすいよな。

 燃料や食料はどこへ行くのかを考慮してから買うものだ。

「次はどの星へ向かおう。持つべきものもなくなってきたしな。」

 喫茶店に入った俺達は、アイスコーヒーを飲みながら途方にくれていた。

 金はそんなにあるわけではない。たまたま海賊に襲われて、たまたま海賊が金を持ってたから食いつなげただけだ。

「宇宙船さえあれば出来る仕事で、例えばキャプテンズギルドで荷物運びとか出来る訳だが、運送するっていってもそんなには乗せられないし報酬も少ないしなぁ。」

 ムーランドの通信網を使ってデジタル絵画などのコンテンツを販売したが、そんなに売れるものでもないみたいだ。

「最悪私をお売り下されば…。」

「そういうことは、二度と言わないでね。」

「はい。」

 怒られてシュンとした、しかし嬉しそうな複雑な表情を浅く浮かべたクロコは、ストローに口をつけた。

「あー、変に働きたくないでござる。それに、どこ行こう、ての。」

 俺は机に突っ伏した。

「失礼。」

「うん?」

 声の主を見ると、赤い髪の鳥人型でスペビジらしいスーツ姿の男が、俺の近くに立っていた。隣には背が小さく白い髭をたくわえ、白髪にクリーム色の帽子を被り、グレーのチャンパオという中国の長服を着た緑色の肌の老人がいた。

わたくし、こういうものなのですが。」

 チップに送られてきたデジタル名刺を見る。

「非公的法人ユニバース亡命フォーラム ケネス・ムアコック。」

 俺が名刺を声に出して読むと、ケネスという男は辺りを見回して礼をした。

「あの恐ろしい蜂蜜酒団を撃退なさったスペースニートとお見受けしました。お願いがございます。謝礼は勿論出させていただきますので、」

 ちょっと、オイオイオイ。

「このご老人、ヤン・インション様の星系亡命に手を貸して頂きたいのです。」

 最後の言葉はひそひそウィスパー通信を使って依頼してきた。

「まぁ。なんだ。座って。」

 俺はクロコを対面から隣に座らせ、二人を対面に座らせた。

「会話は通信で。いきなりダイレクトメッセージでひそひそされても困る。『枝』がついたら『足』がつくだろ?」

 俺は漫画で学んだ知識でそれっぽく話す。実際にはそうでもないのだが、俺は兎に角警戒した。

「はい。申し訳ありません。」


 ケネスの話はこうだ。

 眼の前にいるヤンなる老人は、ケンタウリの居住型小惑星イェンフイという星兼国家の政治犯であり、亡命先の惑星トンコルまで遠い旅をする途中でムーランドまで来たが、亡命を手伝う船長が2回払いの報酬の前半分を持ってトンズラしたため、困っていたのだという。

「キャプテンズギルドにもお願いをしたのですが、ここでお会いしたのも何かの縁。ヤン氏をトンコルまで乗せていって欲しいのです。」

 キャプテンズギルド。

 船の船長に臨時の仕事を斡旋するサービスだ。危険を顧みない宇宙の何でも屋ジャックスにとってギルドはホームだったが、俺は航行中の暇の中で名義だけ載せていた。ジャックス気取りだ。

「乗せるのはこの人だけですか?いつまでにつけばいいとかあります?運送中の故意の危険として追手が襲ってくるとかありますか?報酬としてはどんなものです?」

 話を聞きながら、ムーランドからトンコルまでの距離などを確認する。

 乗せるのはヤン氏のみで、かかる時間はワープでジャンプしながら片道3日ほど。追手については分からないが、報酬は成功のみ支払うものとし、燃料空気食料諸々経費はあちら持ち。悪くない。全然悪くない。

「最後に一つ。これには答えても答えなくても構いません。」

 俺は最後にダメ押しした。

「政治犯とおっしゃいましたが、俺の船は例えば民を虐殺して逃げる独裁者を乗せるつもりはありません。そういう人ではありませんよね。」

 俺はケネスの黒い目を見た。

 この質問にケネスは目を細めて笑った。

「全く違います。彼は惑星間戦争に反対して政治犯になりました。ニュースの切り抜きを送ります。」

 イェンフイの決断、と書かれたニュース記事がファイルで届いた。反対派筆頭にヤンインションの名前が載っている。

「では、善は急げといいますし、燃料や食料を積み次第出発しましょう。」

 俺は声に出した。

「ありがとうございます。」

 ケネスは深々と礼をした。

 ヤンインションは手を前に合わせたまま、かすかに頷いていた。


 肩にピー助を乗せた俺、クロコ、ヤンの三人は、出発準備が完了した船へ急いだ。

 途中でつけられてないか確かめたかったが、ムーランドは星もでかいし人も多い。全ては宇宙そらに上がった時に分かるだろう。

 一回海賊と戦って、無限俺でなくても俺自身糞度胸というか無謀感というか勇気が少し身についた。

 準備万端の俺の船に皆を乗せ、俺は腹を揺らして操縦席についた。


 エンジンスタート、離陸。


 ハイアースより心なしか重い動作で、ぬ5555は宇宙に飛びたった。

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