第4話 キャンディクロコ

 ドッキングベイの入口が開く。

 中から黒い宇宙服を着た奴らが5人、銃を手にドッキングベイ接合部に入ってきた。先頭に髭面の垢だらけの汚い顔をした男が拳銃をもっている。

 俺も相手もヘルメットを被っていた。俺は拳銃を見せると相手は小銃を構えた。

「死にたくないなら銃を捨てろ!」

 通信が脳を揺らす。

「銃は捨てるさ。」

 俺は手の中の銃を空に浮かべて、ヘルメットの中でウインクした。


 そう、これは前世からの癖ってやつだ。


「動くな。」

「それはごめんこうむる。」

 俺は能力を発動した。


 時空を超えて俺の前世の縁でついてきた、全てを切り裂き自由自在に動く鎌状の刃!

 これを自在鎌スウィング・サイスという。


 目に見えない鎌状の刃が青い軌道を描いて、先頭の男の宇宙服と身体を刺して貫き、鍵穴を逆さにしたような風穴を開けた。

 次にヘルメットごと頭が刈り飛ばされて、ようやく海賊共が銃を引き金を引こうとする。

 俺は半身になると、敵の銃口から白い殺気の線が見えた。格闘技の達人になった俺は身体をべるように銃弾を避け、二人目の相手と握手できる距離まで近づく。

 予想外のことにパニクった海賊が小銃を振り回すも、俺は見えない鎌状の刃を操って相手を貫いた。これで二人目だ。

「殺せ!撃て撃て!」

 激しい銃弾は、俺は二人目の死骸を盾に銃弾を受けると、死体を貫通した銃弾がムラシマの宇宙服に穴があけ、俺にショックを与えた。

 前世の呼び声で兵士になった俺は死体と一緒に後退し、宙に浮かべた拳銃を冷静に取ると海賊達に発砲した。

 銃弾は空気抵抗以外減衰せず真っ直ぐ飛んでいく。重力のある所よりも強力だ。撃たれてダメージを受け怯んだ隙に本命の自在鎌の刃が相手を切り裂く。

 海賊達が海賊船側のドッキングベイの角まで後退した。

 俺は俺の船側に移動すると、海賊船のドッキングベイの扉側を含めて刃でグルっと切り裂いて、ドッキングベイの接合部を切り抜いた。空気が抜け船同士が引き剥がれる。

「何っ!?」

 通信で驚きの声があがる。


「ルビー!ドッキングベイを閉じろ!」

了解アイ、キャプテン。」

 閉じると同時に俺はドッキングベイへと吸い込まれる空気を無視して操縦席に飛びつき、船体を回転させドッキングベイの部分だけ穴の空いた海賊船に照準した。

「ラージレーザー砲、発射!」

 宇宙船に空いた穴は、シールドでも防げない。そして、宇宙服もこのレーザーは防げない。

 レーザーが照射された後、通信には誰も答えるものはいなかった。


 産まれて初めて人から撃たれた。

 人を撃ったことも手伝って肉体的精神的なショックはデカい。

「そうだ。ピー助!」

「ここにいるよ!」

 異変を察知していたピー助は、大人しく檻の中に入っていた。

 ホッとすると、傷が傷んだ。

 宇宙服をゆっくりと脱いだ。簡易宇宙服の装甲を貫通した弾は、一番下の赤い生体服を貫通してはいなかった。

 俺は今度は口でホッと息を吐いた。内出血はしていたが、たいした怪我ではない。


 曳航ビームの影響で、宇宙船同士はくっつこうとしている。

 空気漏れがないか確かめ、宇宙服を着てヘルメットを被り直すと、俺はドッキングベイへ向かった。

 空気室を真空にしてルビーに命じてドッキングベイを開け、ベイと海賊船の焼け焦げた穴とを無理やりくっつける。


 やられたらやり返す。


 接合部はレーザーで焼け焦げていた。扉を開けると気密性が保たれている区画があり、空気のある区画の中は臭かった。

 臭いはコドン麻薬のものだったのだが、俺にはわからなかった。

 人から奪っただろう物資や紙幣に当たるクレジットスティックなどを頂いた。

 貨物室かもつしつの区画がある。俺は銃を向けながらバッグにポイポイと物を取っていった。

 ゴソゴソという音がする。

「誰だ!」

 俺が銃を向け、暗い貨物室に銃を向ける。

「撃たないで、下さい。」

 裸の少女が手を上げた。

 艶のある長い銀の髪に赤みがかった茶色の目、まだ10代前半だろう痩せた細い身体が、銃を前に震えていた。

 少女の鎖骨と鎖骨の間や身体のあちらこちらには、奴隷を意味する銀色の金属が見えていた。少女は、アンドロイドだった。

「お願いです。何でもしますから、助けて下さい。御主人様。」

 この様子だと、少女はセクサロイドかもしれなかった。大量生産大量消費、そして大量廃棄される生体パーツで構成された、性欲を満たすためだけの生きた人形。哀れに見えた。

「海賊共なら死んだ。俺と来るか?」

「お願いです。助けて。」

「なら来ればいい。空気がない所があるから、来れるかわからないけど。」

「私なら、空気をためて真空でも10分は活動できます。」

「それなら充分だな。」

 俺は笑ってウインクした。


 ありったけの物資と少女アンドロイドを俺の船に詰め込むと、『銀河警備隊』という宇宙に秩序を求める目的の団体に海賊船の残骸を引き渡すべく、海賊船に座標のアンカーをつけてから通報した。

 無力化して通報すると、時折銀警から賞金が出る。

 カッパ・ギア近くでの出来事だったため、ささやかながら賞金が手に入り、あらためて自己責任かつオール・オア・ナッシングの宇宙に溜息をついた。


 ムーランドを目指し出発してから、俺の服を着た少女は黙って下を向いていた。

「腹減ってないか?」

「いえ。大丈夫で…」

 少女から腹の鳴る音が聞こえた。

 俺は笑ってテリヤキバーガー味のチューブを渡す。

「いいから食べてよ。」

「ありがとうございます。御主人様。」

 少女はそういって薄い笑顔を浮かべた。


 腹ごしらえを終えた俺は少女の身の上話を聞いた。

 少女は海賊からキャンディクロコとつけられていた。どういう名付けセンスなのかは分からない。船の備品として、危険な船外活動から小間使い、そして娼婦として海賊から慰めものにされていた。

 それを聞いたとき、俺は性欲ならヴァーチャルエロゲーで抜いとけやと無性に腹がたった。加害者がいて被害者のいる性など嫌悪感しか沸かないのが俺だった。

「俺はそんなことしないからな。安心していいから。」

「御主人様。私は生産されてから20年間そのために生きてきました。」

「だから、その必要はないって。」

「御主人様が良ければ、私を使って下さい。」

「いやいやいや、大事にしたいから、ね?」

 宇宙海賊にあって、もし返り討ちにしたとき手に入れた物があったら、それは全て撃退した者の所有になる。つまり、この少女アンドロイドは俺の所有物なのだが、見かけが犯罪過ぎる。

 では胸の大きいセクシーな女性だったらそういうことをするのか?


 いや、萎えてる。


 準若者、いや昔の中年層になり、性欲よりも別の感情が勝つ年頃になった。どちらかと言えば、娘とかいてもおかしくない歳でもある。彼女の境遇を思えば、20年間は可哀想でやるせなかった。

 こういう気分を義憤というのだろうか。

「兎に角、今後とも宜しく頼むよ、クロコ。キャンディって部分は娼婦それっぽいから封印だな。」

「分かりました。ふつつか者ですが、宜しくお願い致します。」

 痩せた体で柔らかくしなをつくり礼する彼女を見た。それは、プログラム通りの行動なのだろう。

 やるせなく、俺は絶対に保護することを決めた。


 俺はクロコとピー助を置いて、銃撃戦での損傷箇所チェックなどして時間を過ごした。

 不幸中の幸いだが、壁や床に弾痕がついたくらいで、船の気密性に支障は無かった。

 俺に通信が届いた。

 画像通信で、七三髪で清潔感のあるグレイ型の男の顔が写った。フリーライターでアール・コデというらしい。

「蜂蜜酒団を倒した勇敢な船長に簡単なインタビューのお願いに参りました。船長はお通信の時間取れますでしょうか?」

「良いですよ。」

 こういう取材は初めてだが、裏は銀警だったりする場合もあるらしい。俺は取材に応じた。

 襲われた状況と対処した内容を話す。自在鎌スウィングサイスのことは言えないので、銃撃戦になったということで明言を避けた。

「一つ、疑問なのですが、船長はどういうご職業で?まさか宇宙海賊とかじゃありませんよね?」

「私は、あの、その。」

 冗談めかしたアールの言葉に俺は決意した。

「私はスペースニートです。」

「スペースニート?ですか。」

「はい。」俺は気持ちだけ胸をはった。

「無職だけど海賊には成り下がらない。究極のアウトローとしてのニートです。」

「はぁ。」

 アールは目をしばたかせたあと、

「ハッハッハッ。そりゃいい。」

と笑い出した。

「宇宙を生きるニートの船長。スペースニートですか!いや、結構。良いですね。これは面白い記事トピックがかけそうです。」

「そ、そうですか。」

 顔が紅潮する。

「分かりました。キャプテンニート。今後のご安全とご活躍に期待いたします。取材協力ありがとうございました。では失礼致します。」

「はい。では。」

 空中でペコペコする。

 ふうと溜息をつくと、通話が声に出ていたのかやってきたクロコが俺の顔を見ていた。

「スペースニート。」

「なに。」

「…。」

「何だよ?」

「何でもない。」

 クロコは白い肌に頬を少し赤くしてそっぽを向いて去った。

「何なんだよ…。」

 俺は、頬をかいた。

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