第3話 海賊

 スペースネットワークへアクセスする。

 宇宙は乱雑な通信網で溢れていた。

 人間の生活圏はいつも五月蠅い。人は動物だ。うるさいのがデフォルトだと言えた。


 俺は禁止された宇宙の情報にウキウキしていたが、宇宙でもネットに規制線が貼られていたのに失望した。


 メタバースを軽く散歩したが、ニュース番組ではハイアースでは取り上げない内容が多かった。

 惑星間戦争の話題が多い。占領したりされたり攻めたり攻められたりという『普通の』戦争もあるが、剣闘士戦争が情報のメインだ。

 剣闘士戦争とは搭乗者のいる巨大ロボット、グラディアートルがルールに従って殺し合いを演じ、代理戦争として惑星間が金を出して支援しあうというもので、戦争には多数の甘い汁を吸いに来た広告会社や通信会社なども絡んで、人が死ぬスポーツみたいな様相になっていた。

 惑星の植民をかけた殺し合いを生中継で観覧する様はディストピアめいているが、ルールもへったくれもない戦争をアンダーコントロールするために考えられたシステムであり、有識者はこれを必要悪とうそぶいていた。

 超簡単!君も今日からアストロノーツという配信番組を早飛ばしして教養を得たり、処世術系の配信から知見を得てログアウトした。脳にチップが形成されたら、メタ・ヘッドセットは要らない。電脳は便利だね。


 俺とピー助で飯を食う。キバタンという白い羽をしていて頭頂の冠羽が黄色い鳥の種と似たピー助は、いつもの商品名カロリーボールでなくトウモロコシの種を美味そうに食った。

 ピー助は半分機械で出来ており、糞を滅多に出さない。ギャーと鳴くことを躊躇とまどい、おしとやかで温厚な性格をしていた。

 野生のキバタンという言い方は野生の日本人と同じくほぼ存在しない世界なのだが、飼われるために改良されたピー助はキバタンではないと言えるかもしれない。

「ナデテ、ヒロシ、ナデテ。」

 甘えるピー助の身体をなでながら、俺はナシゴレン味の栄養チューブを啜った。


 パジャー・ミニは短ジャンプ所謂いわゆるワープも挟みつつ、体内時計で二日ほどで宇宙ステーションが見えた。

 筒状の胴体に重力発生の輪っかがついた巨大な構造物は、宇宙にあって我こそが人工ですと主張し宇宙に人類ありと言わしめるような造りだった。

 言いすぎかもしれない。沢山ある宇宙ステーションのひとつなのだから。

 ちなみに、かつてはこういう宇宙ステーションをコロニーと分類して呼んでいたのだが、植民地を指すコロニーという言葉は良くないと言われていて、宇宙ステーションと呼ぶのが一般的だ。

 宇宙ステーションの回転に合わせて船体が並走し、その間に通信のやり取りをする。

「ハイアース登録番号ぬ5555 ドッキングの許可を乞う。」

「こちら宇宙ステーション、カッパ・ギア。貴船のスキャンを開始する。」

 船の中までスキャンされ、船の所属から簡易の荷物検査まで行われる。そこで船の脅威度を照らし合わせて許可が出るか判別される。どこでも同じだ。

 ポテトチップスを宙に浮かべて口だけで食う暇な遊びをしていたら、後方に作用の力が働いてポテチが飛んでいき、おれは「あぁ、」と間抜けな声を漏らすと同時に、ドッキングの許可が降りた。

「ドッキングします。」

 ルビーがドッキング操作をやってくれる。楽だ。

 ドッキングブイから外へ出る。


 宇宙を長距離で運行したら人はどうなるか?

 臭くなるのだ。

 故に、臭いがしてもしなくてもドッキングしたら消臭スプレーを宇宙服内に吹きかけるのがマナーとなっていた。

 そんなわけで、俺は歓迎の消臭スプレーを受け、宇宙ステーション カッパ・ギアの中に入った。


 カッパ・ギアは、宇宙人の坩堝るつぼだった。筋肉強化個体マッソロイドいかつい兵士が無表情で見守る中、テンションの高い笑い声などがあちこちから聞こえていた。この宇宙ステーションは観光地でもある。

 入港手続きを終えた俺は、気分は宇宙船の船長だった。実際そうなのだが、気が大きくなったのは確かだ。

 俺は丸腰だったので、カッパ・ギアで買い物をするつもりだった。ここならハイアースのジャポネと違って銃も安価で買える。

 カッパ・ギア市街地を歩く。ムラシマの宇宙服を着ている俺に、声をかける者はいない。

 この宇宙ステーションは、宇宙港付近は人種の坩堝だが、市街地に入ると画一的になる。ノームという背の小さい地球人型が多く、169センチの俺が巨人に見えた。

 俺はガンショップに寄った。

 宇宙ステーションの入港証を見せると、宇宙船運転免許証をデジタルで送らなくても銃を見せてくれ

 射撃場で的に向かって発砲する。物体弾、レーザー、ビームなどを拳銃サイズで試す。

「フェイザー銃がオススメですよ。」

 気絶から物体の消滅まで加減できる銃など存在しない。有名ドラマの高いマニア品を売りつけるつもりだ。

 俺はにこやかな態度を崩さず、銃弾の撃てる古式ゆかしい9ミリ低反動拳銃とレーザー銃を手に入れた。

 ガンマンの俺が銃も大事だが弾丸が大事、と囁いたため銃弾を多く買う。

 ガンケースを手に街を歩く。昼夜が決まっており、今は電力で照らす昼下がりといった所だ。天井は吹き抜けの箇所があり、反対側の『地面』が見えた。

 道行く住民が俺の新品の宇宙服を横目に見る。宇宙飛行士は珍しくないが、ガンケースを手にした成り立ての宇宙飛行士は珍しいのかもしれない。何となく居心地が悪い。

 俺と同じ宇宙服を着ている集団にそれとなく混ざりながら、俺は辺りの気配を探る。

 嫌な感じがしていた。後をつけられているというか、誰かに目をつけられたような気分だった。ハイアースを脱出して浮かれてた気分が冷め、不安が襲ってきた。

 沢山の俺が黄色信号を出している。俺はわざと同じ方向で曲がり角を頻繁にまがり、道を一周しながら後ろに気をつけた。

 銃の出番ではないが、気をつけすぎるに越したことはない。

 背後に同じ顔が無いかを確認して、俺は宇宙港へ戻った。

 燃料や食料、必需品はデジタル注文した。ウロウロするのも何か良くない。惑星ムーランドに向かうだけだ。

 俺は届いた品物を宇宙船に積め、空気税を含めた滞在税を払うと、宇宙ステーションを後にした。


「通常運航します。ジャンプは船内時間20分後を予定。」

 ルビーの声に頷きながら、俺は操縦席から立ち上がった。

 リビングになる空間に俺とピー助の二人だ。

 話し相手になるかと、カッパ・ギアで思い切ってピー助に高知能ディスクを買った。

 インストールすると、ピー助は頭の冠羽を立てた。

「ギャー。なにするのよえっち!しんじられない。」

 けたたましい声を上げた。

「高知能にしただけだよ。」

「ひろしは、とりのじんけんにたいするいしきが、ひくいわ!ひくいわ!」

「分かったよ、ごめんって。」

「なでて、くわして、すてないでー。アー!」

 本当に知能が上がったのだろうか?


 メタバースサーフィンしようとしたところで、通信が入った。

 俺は驚きながら、通信をとった。

「俺は蜂蜜酒ミード団のキャプテン・ミードだ。貴船を速やかに停止せよ。さもないと船を破壊する。わかったらさっさと船を止めろ!」


 宇宙海賊だ!


 ワープしても座標を割り出されたら終わりだ。ヤバいのに捕まった。

 小型船専門の海賊がいるらしいが、こいつもその輩だろう。やはり、宇宙ステーションでつけられたようだ。

 慌てて操縦席に戻り、操作を半マニュアルにする。

「聞こえてんだろ!船の速度を落とすんだよ!ぶっ殺すぞ!」

 太くデカい声でがなり立てられる。

「通信された船体から質量弾が発射されました。」

 ルビーの声がする。威嚇射撃を受けた俺は停船するつもりはなかったが、1隻の船がこっちに向かってきていた。

 俺は全身に冷や汗をかきながら、進行方向に向けていた船頭を回転させた。反転してシールドの厚い船頭部分で、海賊の攻撃を防ごうとしたのだ。

 だが、船体の側面にレーザーが当たった。シールドが剥がれる激しい警告音が響いた。

「貴様!残骸からサルベージしてもいいんだぜ!」

 俺の船は、物質や船体を引き合わせる曳航ビームを受けた。操縦不可になる。


 万事休ばんじきゅうすだ!

 何か、何か出来ないか!?


 俺は無限俺の辞典をめくり、急いで俺の前世達を探した。戦闘系がいい。

 異世界の俺にそれらしいのがいたが、この宇宙で魔法なぞ使えない。


 超能力が使える俺はいないのか!?

 超能力を騙って詐欺をしていた手品師の俺がそれを否定する。


 俺は操縦席の脇に置いといたガンケースから銃を引っ張り出し、弾倉に弾を込めながら俺辞典をめくり続けた。レーザー銃は空気のあるところでは威力が減衰し使えない。


 そもそもニートがこんな所に来ちゃいけなかったのだ。ニートなんかが。


 ニートの欄で検索がかかった俺の頭は、とある人物を探し当てた。そいつは紛れもなくただのニートだったのだが、異世界転生させられそうになり、転生させようとした時の女神からある物を奪った。


 古代地球人でニートなんて一番使えない前世だと思っていたが、もしかしたら使えるかもしれない。


 曳航させられて、俺の船はクラスBだろう海賊船と強制ドッキングさせられそうになっていた。


 俺はドッキングベイの入口で9ミリを手にガタガタ震えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る