第2話 宇宙

 個人宇宙船を買った。

 宇宙船にはクラスABCDEがあり、ざっくり言えば個人宇宙船は大きさと重さで小型のAや大型のBに分かれ、企業や国家レベルの大型運搬宇宙船や豪華客船みたいなのがCになり、宇宙戦艦とかその他の大型宇宙船がDとかEとなっていた。取る免許の種類が違う。


 宇宙船運転免許証を取るものはモビルカー運転免許証なんかより遥かに少ない。HSC(ハイアーススペースカンパニー)みたいな旅行会社にコンパニオンとして搭乗するのに必要とか、そういう特殊な部類だ。

 とはいえ、全てがペーパーレス化しているので免許は自宅で取れる。他の回線の閉じられた専門回線を使い、時間内に問題を解く。全身をあずけるフルダイブ型で行うためカンニングはあり得ない。

 こればかりは地頭が良くなった自分で頑張って勉強した。


 欲張ってクラスBまでの宇宙船運転免許試験を受けて、試験結果は合格だった。今のところ唯一の公的な資格を取った訳だ。


 俺は人造インコのピー助を肩に乗せ、三桁あった体重を二桁まで減らして動けるデブになった身体を揺らしながら、部屋を出た。

 久しぶりの外は、夜だった。

 恒星サナーを拝むのは宇宙に行ってからでもいい。必要品は受け取る宇宙船に載せておいた。

 当面は荷物にならないデジタル絵画や小物を売りさばき、宇宙の様々な星々を彷徨う予定だ。

 ニートから商人にジョブチェンジするつもりなわけだが、仕事についているという自覚はない。


 モビルバスに乗って、宇宙船の受取をした後この星を出る。両親にはバイトが見つかったと話しをして、部屋の家賃を払うと告げた。

 実際は、借りてたアパートが親名義から俺名義になった後で、宇宙船を買って余った金から家賃を捻出し、引っ越すという体で片付けた。


 もう帰らない。そのつもりだ。


 モビルバスに乗り、宇宙港へ行く。ピー助がいる手前てまえ人の目が気になったが、髭を綺麗に剃り通販の髪を整えるバリカンで頭を短くした俺を見る者はいなかった。

 宇宙港はハイアースのジャポネ国の国際線よりガラガラだった。宇宙には魅力がないし、死亡事故がちょくちょく報道される宇宙ステーションに行く位なら南国のイワハに行くほうがいい。


 受付の金髪の長い美女に要件を告げる。宇宙港への格納庫代や宇宙港税などは払済みだ。

「こちら、受け取りのサインをお願いします。」

 偽造しづらい漢字の癖字くせじをニョロニョロとサインする。鬼灯博ほおずきひろし、と。

「ありがとうございます。お客様はそのまま宇宙へお出かけになられるとお聞きしておりますが…。」

「あ。はい。宇宙で物を売るもので。」

 我ながらか細い声が出た。物を売るというより放浪の旅のためなのだが、まずはコミュニケーション障害を治した方が良いと思った。

 政治家になろうとして落選した俺ならいるのだが、弁舌のたつ俺の前世ストックはそれほどなかった。弁護士とか地球のギリシャの弁論家とかいれば良かったのに。詐欺師ならいるけど。


 医務室に通された後、身体に問題がないか医療ポットで全身スキャンを受ける。虫歯があったので、口を開けるとポットの中で機械による治療が始まった。

 脳を脳コンピューターこと電脳拡張化してないので体内埋め込み型チップの注射を受ける。表面麻酔して献血で使うような太い針が注射され、腕から血管を通って体内にナノチップが入り込み、血液脳関門を突破して脳内でチップが組み立てられる。体内未処理のがん細胞などもこの際にアポトーシス処理されたりする。

 電脳拡張化とはつまり、頭の一部を、オンラインでネットできるコンピューターにするというわけだ。


 施術が済んでチップが脳に形成される間、着替え部屋でTシャツにズボンから、安売り宇宙服で有名なムラシマで買った宇宙服に着替えた。

「はおっっ!!」

 下着のパンツを乗り越えて、生体尿管カテーテルと直腸調整カテーテルが俺の大事な部分にダブルで入り込む。導尿と直腸検査を一度に受けた気分だが、宇宙では排泄は宇宙服にするものだ。トイレや身体洗浄機は宇宙船に備えてあるが、宇宙に出るときと惑星に着陸するとき、場合によっては宇宙で死ぬ時など必ず宇宙服を着ておく義務がある。


 着ていた服を中に畳んで入れたビニール袋を手に出発ロビーでチップが作られるのを待つ。閑散とした宇宙港だったが、それでも人がいて、体内コンピューターを操作して目をキョロキョロさせている人や、汚れの落ちているがこなれた宇宙服姿のスペビジ(スペースビジネスマン)らが出発前の休憩をとっていた。

 脳に形成されたチップが後頭葉を刺激して映像を出した。手も使わず操作すると、成る程意識してなくても目がキョロキョロと動いた。

 医務室に行き、チップテストを受ける。裸で医療ポットにまた入って、医師の指示通り脳にある映像を操作したりするだけ。正常な形成と診断された。


「ふおぉっ」

 宇宙服を着るたびリアクションだな、これ。


 いよいよ宇宙への準備が整った。

 クラスA宇宙船パジャー・ミニ。

 それのカスタム中古品だ。

 丸っこい頭をしていて、ダックスフンドのように長い胴体をしている。

 可愛いだか、か弱い見た目でも、荷物の運搬の為に恒星間の距離飛べる代物だ。

 ひとたび宇宙に出たならば、全てが自己責任になる。シールドやバリアの類は弾丸より早いデブリの為だけにあるわけではない。

 また、全ての宇宙船は個人用でも武装する権利と義務がある。俺の船にもレーザーキャノンなどというものがついていた。

 また、宇宙飛行士権限により、使用するかはともかくとして俺は全ての法律を無視して銃を持てることになっている。銃規制の厳しいジャポネでは銃所持の為に免許証をとる輩もいる。よくある特殊な例の一つだ。


 要は、それだけ物騒で野蛮で危険で誰も助けてくれないような、そんな宇宙に出るということだ。


 宇宙保険サービスのパックにより、俺は整備士に手伝ってもらいながら、荷物や宇宙船を点検する。

 ピー助はペットとして搭乗するが、今は貨物入れに入っている。宇宙に出たら船室に移動してやるつもりだ。

「それでは。ボン・ボヤージュ。」 

 サインを貰った気のいい整備士の兄ちゃんが俺に笑顔を向けた。俺も笑顔で返す。二チャッとしてないか一瞬心配した。

「ま、何とかなるだろ。」

 この言葉は楽観ではない。俺には俺を信じるに足る能力がある。

 俺は沢山の俺の前世の力を使える能力を無限俺インフィニット・ミーと名付けた。

 非情な宇宙で色々助けになるはずだ。

 また、俺は子供の頃強い近視だったので、メガネでなくサイバーアイ手術を受けている。視力1.5から2.0位に調節しているのだが、宇宙に出るついでにリミッターが外れるので、これも色々役立つはずだ。

 後は、出生後に遺伝子パッチで糖尿病とかの病因体質を抑えてて、デブでも病気になりにくいとか諸々そのくらいか?


 俺は操縦席に座った。ワクワクする。

「はじめまして、キャプテン。サポートAIのルビーです。」

 ヘルメットから硬質な美少女の声がする。お気に入りの声優の声だ。

「宇宙におけるホーズキヒロシキャプテンのサポートを行います。今後とも宜しくお願いします。」

「こちらこそ宜しく。」

 肉声よりわざと無機質に聞こえるAIボイスを選んで正解だった。作業に集中しやすい。

 船長権限によりエンジンにスイッチを入れて、暫くするとポーンッと高い音がする。

「管制より発進確認。」

「登録番号ぬ5555。確認した。発進!」

「発進します。」

 俺は操縦桿を手に、オート操作で宇宙船を浮上させ、空へ向かって飛び立つ。操縦桿に手を置くのは万一のためであって、一々マニュアルで飛ぶような危ない真似はしない。

「計器良し。」

 俺が操縦マニュアル通り指差し点検している間、AIのチェックを受けながら、船は無重量状態から無重力へ、大気圏を離脱して宇宙へと飛び出した。


 身体が引っ張られる感覚が無くなる。


「宇宙ステーション カッパ・ギアへの進路クリア。通常運行を開始します。」

 当面として、ハイアースの宇宙旅行でもするように一番近い宇宙ステーションカッパを経由した後、船乗りの星と呼ばれる惑星ムーランドを目指す。


 途中で略奪船いわゆる宇宙海賊とか出くわさなければ比較的安全で簡単に航行できるはずだ。

 宇宙服の足は宇宙船とくっつく為、宇宙服を着ている限り宇宙遊泳とはいかない。


 だが、この際だ。


 俺は宇宙服を脱ぎ、下着で宇宙船を遊泳してみた。

 …浮いている。

 …浮いている!

「注意!宇宙服を脱いでいます!」

 電脳を通じて当たり前の言葉が脳の側頭葉だかウォルニッケ野だかを刺激して声になって聞こえる。  

 耳に手を当てても聞こえる声だ。電脳に慣れていないため、不思議な気分になる。

「ルビー。宇宙遊泳させてくれ。」

了解アイ、キャプテン。」

 俺は脳のチップに恨み言を思い浮かべながら、醜い身体をふわりと浮かべ、思わず笑った。

 身体が、軽い。

 俺はしばし無重力を心地よく楽しんだ。


 無重力な自分に飽きがこないが、下着姿でいつまでも馬鹿やってるわけにはいかないので、床に立ってる宇宙服を着直す。


「いひっ!」

 これで良し。


 重力発生装置は高い。宇宙保険サービスにはチップ埋め込みだけでなく体内健康維持プランがついていた。

 だから、活動をやめて排泄されるまで体内のナノマシンが無重力での問題、筋肉の低下や骨からのカルシウムの溶出などを抑えてくれる、はずだ。

 いざとなれば船体を回転させて引力をつくることも出来るが、船体を回転させながら飛んで何かあったときが困るので床に足がついているが無重力でいた。


「さて、」


 貨物室からピー助を檻ごと出す。人造オウムのピー助はオウムを超えた高すぎる知能を持つのだが、無重力状態に困惑して暫く羽をバタバタと動かし、前進しては壁や床にぶつかった。

「ピー助、ハウス。」

 俺は両手でピー助を優しく包み持つと、檻の中に入れた。檻を床に下ろすと、檻の床が船体にくっつく。

「ココハドコ、ワタシハダレダー。ヒューウ。」

「ここは宇宙だよ、ピー助。」



 宇宙ステーションにつくまでの間、ここまで来といて、俺は部屋にいたときみたいに、メタバースサーフィンを始めてしまった。

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