スペースニート 〜ニートで引き篭もりの遠未来人ホーズキが宇宙に出て冒険はじめます〜

星一悟

第1話 覚醒

 「ヒロシの好きにして、いいよ…。」


 ピンクでアホ毛の生えた髪型のヒロイン萌出流もえいずる萌歌もえかと二人きりでの部屋の中、性交渉の許可をとった俺は心の中でガッツポーズした。

 18歳使用禁止レーティング恋愛シュミレーションゲーム『オータムポケット メモリーズ』略して『秋メモ』は、疑似ヴァーチャルセックスだけの抜きゲーと呼ばれるゲームと違って、セックスするまでに恋愛で攻略対象を落とさないといけない疑似恋愛ゲームとしての様相が強い。

 攻略する女性と出会いを経て付き合い、様々な障害を超えて肉体的に結ばれる様は現実の恋愛の様だが、居住惑星ハイアースこと現実リアルの世界では、そんな恋愛はファンタジーだ。


 現実の恋愛?

 まず最初のきっかけになる出会いがない。クラスメイトのできる学生なら兎も角、働かない大人には出会う異性はおろか、友人がいるかいないかくらいだ。

 次に、出会いがあっても付き合えない。たで食う虫も好き好きで、無収入の中年男性と付き合ってもいいなどという物好きの女性は天然記念物だ。また、お互いに容姿や好みがあるので、そういう人間ならば誰でもいいわけでは無い。

 最後に付き合っても性交渉しない場合がこの星では多い。恋人としてつながっていたいが、避妊しての性交渉すら一々同意アプリに署名するのに嫌悪を覚えるのでしたくないというカップルだらけだったりする。そういう社会だ。


 そんな訳で、容姿の整った相手との恋愛の全てを満たせる恋愛ゲームは現実の恋愛を超えているといえ、見目麗しい好みのタイプの美少女とアレコレできるゲームの中こそVRヘッドセットを外すまで現実なんだと自分に嘘をつくのだ。


「やっと、やっとモエモエ攻略完了だ!」


 彼女の『攻略』はDVをしていた親から彼女を守る必要があり、攻略する最後まで他の攻略可能な女性とのフラグをたてないようにせねばならない。タイトロープを渡るように彼女だけのフラグを踏み抜いた達成感がでた。

 俺は叫ぶと、ヴァーチャル空間で脱衣をすっ飛ばして怪盗紳士の孫みたいなジャンプを決めた。が、突然の呼び出しコールを受けて派手にズッコケた。


「ヒロシ!ヒロシ!ゴハンヨ!ゴハンヨ!」


 興が削がれた俺は「サムライアウト」と合言葉を言い、ログアウト画面にはいを選択してヴァーチャルを切った。


 バンドで頭に固定され、目まで覆う薄いメタ・ヘッドセットを外す。


 俺は中肉中背の十代の肉体から、中年のデブに戻った。

 顎を触る。黒い無精髭がジョリジョリと生えていた。

 ボサボサの黒髪を手櫛てぐしで整え、俺はシャワールームに向かう。


 肉体が、重い。

 ヴァーチャルポルノの代償をシャワーで綺麗にする。


 タオルでだらしない身体を拭くと、俺は性欲がおさまった男が陥る虚しさのような気分、所謂賢者タイムで鏡を見た。


 自然交配で産まれて41年。大学を目指して浪人し、大学に受かった後で留年になる度に復帰試験を受けて、落ちたり受かったりで、ようやく大学を出るまで各種予備校や補助学校に通いまくる羽目になった。

 疲弊した両親は俺を独立させるべく一人部屋を与え実家から出すことに成功したが、俺はそこから就活をしたものの40代に働き口はないと弾かれて無職になり、就活戦線から取り残されてとうとう働く気力まで失った。

 古代文献によると、俺は中年ニートというらしい。医学の発展により金さえ積めれば300年でも400年でも長生きできると豪語するまでになったが、金のない人間はその半分以下と言わず死ぬ。

 逆に80から90くらい生きて死ねればいいよね、としたり顔で知識系インフルエンサーがネットで『自然死ナチュラルデス』を勧めるが、俺はそこまで細く短く死にたくはなかった。


 死にたくないなら働いて大量の金を稼ぐ必要があるのだが、俺は親の金を食いつぶしてダラダラヴァーチャルエロゲーをするばかりだ。したいこともないが、しなければいけないことまでしていない。


「何やってんだ、俺は。」

 未消化な宿題を抱えたまま最終日を迎えた絶望の夏休みの気分が延々続くニート生活。俺は鏡を見ながら髭を剃り、顔を拭くと下を向いた。


「ピー助にエサをやらないと。」


 独り言をいいながら、俺はエネルギーゼリーの入った袋をあけると、俺をエロの世界から引き戻した人造半機械ペット、オウムのピー助に小指の先ほどの大きさのゼリーをいくつか与えた。

 下着を着ると、性欲が枯れたためメタ・ヘッドセットについた汗を軽く拭き、ゲームモードからネットモードに切り替えてメタバースをサーフィンし始めた。


 肉体から精神が離れる感覚とともに、俺は豚の貯金箱の姿でオンラインネットワークのメタバースを彷徨う。

 ハイアースのメタバースネットワークの外にスペースネットワークがあり、文字通り宇宙規模で皆ネットに繫がるのだが、ハイアースでは規制により宇宙のネットワークにつながることは無い。

 人類が宇宙に進出し、適応するために自らのDNAをいじり、沢山の『宇宙人デザイナーズ』に分化した時代において、銃と蔑視の時代をこえたが、宇宙での分断は激しくなる一方だった。

 地球人タイプの人間は伝統的に中流から富裕層が多い。両親に養われてニートしている俺が地球人型というのも、一応それに関係していた。

 通販、匿名と称する雑談場、映像掲示板等など、いつものサイトやバースを波乗りしながら、俺はふと一つのサイトに注目した。

 3次元ですらない、2次元のホームページ。

 レッドピルと書かれたプログラムだけが置いてある。

「隠しサイトか?」

 こうしたプログラムは希少価値があったり、何かの暗号のパスワードだったりする。金になることが多く、バースサーファーにとってゲットしない方が不自然だ。


 俺はサイトから迷わずプログラムをインストールした。


 収穫だ。クレジットで幾らになるだろう。

 インストールしたあとでウィルスチェックや検査をする。フルダイブ型の動画ファイルらしい。

 惰眠をむさぼるように生きる俺にとって、刺激物として非常に気になる。

 ファイルを再生する。

 視覚と聴覚でそこにいるかのような錯覚を味わう。万が一動画がグロや不快な感覚を与えるファイルであるかもと思い、嗅覚や皮膚感覚などは切っておいた。


 真っ白な空間に、黒いレザーコートを来た髭面の男がいた。地球人型だ。


 男は俺を指さした。


「私は望む。お前が自由に生きていくことを。」


 男は彫りの深い顔立ちをしていた。日本人系のモンゴロイドの顔立ちをした俺を前に男は続ける。


「お前は覚えている。お前の生きる前のことを。」


 男は指差した手を広げ、手のひらを俺に向けた。


「さぁ、目覚めろ。君の出番がきた。サムライアウト。」


 男の全身から何か目に見えないものに、視覚から圧倒される。

 目から何かを吹き込まれた。そんな感じだ。


「うわっ!」


 俺は驚いてメタバースを強制終了させ、ヘッドセットをもぎ取ると目を抑えて転げ込んだ。


 頭の中に、ありもしない記憶と光景が流れ込む。


 それは子宮から出た時に見る沢山の母親との邂逅かいこう、培養槽での生産者の顔もあった。そこから産まれ、多くの人生があり、多くの苦楽や死があった。

 人生を終えた俺の結晶として能力が、次々に今の俺に手渡される。宇宙、時空を超え、並行宇宙のどこか異世界に至るまで。


 前世の俺たちが今を生きる俺に統合されていく。

「おお、お、おっ。」

 俺は悶絶した後、フラフラと立ち上がった。


 俺は冷蔵庫からとっておきのキンキンに冷えたビールの蓋を歯で開けると、グッと中身を飲んだ。


 一気飲みすると、俺は空中にウインクした。

 そう、これは癖ってやつだ。


 いや、こんな癖は俺の人生にない。


 頭の中に辞典があった。そこに前世の無限の俺の経歴と能力が辞典となって頭にある。


 思い込みかもしれないと、試しに格闘技系の俺を引き出した。

 肉離れなどが怖いので、ストレッチから始める。

 そろそろと身体を伸ばし、頭の辞典を開くと体操をしていた俺がゆっくりと身体を動かしてほぐしていった。更にヨガを教えていた俺がそれを加速させた。

 硬いはずの身体が段々ほぐれていき、相撲取りだった俺が股割りまでしようとしていた。


 これは、マジかもしれない。ほぐし終わって立ち上がると、俺は引き続き頭の俺辞典に身体を任せた。


 地球で琉球空手の師範だった俺が見事な廻し受けを披露し、少林寺の僧だった俺が拳を握って型をとる。

 ボクサーだった俺がシャドウをして、八極拳士の俺が震脚し、合気柔術の俺が腕を上げ下げして空気を投げ飛ばした。

 太った腹が揺れ、面白いほど身体が動いた。暫く動いていると、社会的に準若者であるかつて中年と呼ばれた身体が悲鳴を上げた。


「はぁ、はぁ。ふぅーーー。」


 最後は乱れまくる呼吸を空手の息吹で整えた。

 スタミナはないが、沢山の人生で得たものを身体が覚えていた。

「凄い、こんな能力。チートだ。」

 動けないデブから動きまくるデブになった俺は、火照った身体から汗を滝のように流しながら、興奮が冷めなかった。

 では、頭脳系の俺はどうなのか。

 だが、俺は残念を覚えた。最先端の科学でも時間が経てば基礎だ。アインシュタインの理論を学んだ俺がいたが、一般相対性理論なんて宇宙でなくても位置情報GPSで使っている基礎も基礎だ。10代でも知っている。

 だが、地頭じあたまは良くなった。


 俺はどうするべきか。


 哲学者だった俺は人は関係性の中で生きていくと呟いたが、俺はほぼ孤独な状態にいる。

 この星で生きていけないのなら、宇宙で頑張ればいいじゃないか。

 これだ。

 俺は決意した。

 宇宙飛行士だった俺にとって、宇宙へのロマンが強く出た。


 今の宇宙は半ば無法地帯だ。だが、ハイアースよりもっと生きやすい生き方を宇宙に求めてもいいじゃないか。

 中年ニートから、宇宙を彷徨うスペースニートになるのだ。


 この星を脱出するには強いハートと金がいる。まずは資金だ。

 株で億儲けてた俺やベンチャー企業を立ち上げ社長になった俺というのがいたので、彼らの意見を参考にする。

 この社会は個人投資がゲームの課金並みに簡単にできる。そこで儲ける確率が少なく損するばかりになるため、個人投資家はスロットやポーカーなどのギャンブルゲーム中毒者と同じ扱いを受けているのだが、これを上手く使えば、せめて宇宙船の頭金あたまきん位にはならないだろうか。

 俺はシャワーを浴び直して気合いを入れ、ヘッドセットを被った。


 …数週間後


 株のトレーダーだった俺は少額から少しずつ始めた。ギャンブラーだった俺の胆力と見切りで、稼いでは溶かす厳しいタイトロープを渡りながら、バンクに貯金を増やしていった。

 投資の対象を変えて、デジタル商品を買って売るバイヤーに鞍替えし、非物質商人を装いながら確実に稼げる方向へ舵を切る。

 全ての投資額を注ぎ込んで、芸術家だった俺の審美眼によって購入した合計百万クレジットの全て一品物のヴァーチャル・ガールにたいして、CMを作っていた俺の手により宣伝をうった所ウケにウケて、計数千万円クレジット売れたときにはガッツポーズが出た。

 気づけば、二、三人が搭乗できる程度の小さな宇宙船が買える額まで資金が貯まった。


 ここまで、俺は汗水垂らして働いていない。所謂ヘッドセットを被ってギャンブルなどしていただけだ。無職には変わりなく、俺の血の起源ルーツの一つである古代の日本におけるニートという定義からは逸脱してなかった。

 労働という行為をせずに金を儲けたのだから、日本のことなどよく知らないが、ニートが競馬やギャンブルで億儲けたのとよく似ていた。

 税金がかかる行為や物は国に先払いで支払うことができるため、先に選択することも忘れない。最悪税金の支払い前に宇宙にとんずらすることを考えたが、税金で首が回らず死んだ俺からの脱税はやめておけとの言葉に従った。親に払わせるのは論外だしな。


 もう少ししたらもっとデカい船が買えるのだが、俺はそこは諦めた。


 待ってろ。宇宙。


 俺は上を向いて部屋の天井を睨んだ。

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