第3話 〝抱き締めたい〟衝動を堪えて

 ――ハッ!


 ……いけないいけない。


 鳥さんを怖がらせたいワケじゃないのに。

 あまりの愛らしさに、つい、我を忘れちゃうとこだった……。



 急激な〝抱き締めたい欲〟に駆られ、鳥さんにジリジリと近付こうとしていた私は、すんでのところで我に返った。


「あー……えーっと……違うの。この手はね、べつに鳥さんを捕まえようとしてる、とかじゃなくて。えっと……その……」


「……ピ……?」



 ……ぁああああっ、やめてっ!

 そんな可愛い顔で見つめないでっ! 理性が飛んじゃう! 理性が飛んじゃうからっ!!


 ……う~……。

 何か別の……別のこと考えなきゃ……。


 落ち着け。冷静になるのよ、私。


 そう……そうよ!

 考えてみれば、見た目どんなに可愛くったって、あの話し方からして、中身は絶対老人! お年寄りよ!


 ……うん、きっとそう!

 ダメよ桜、見た目にだまされちゃ!!



「鳥さん、あなた何歳!?」


「――ピッ!?」


 唐突な私の質問に、鳥さんはまたギョッとしたように翼を広げた。


「……とり、さん……? 姫様、先ほどからいったい――」


「いーから答えて! あなたは何歳なの!?」


「……は、はぁ……。それは以前、姫様にお話させていただいたと思うのですが……。お忘れになられたのですかな?」


「う…っ。……そ、そうなの。忘れちゃったの。ごめんなさいっ」


「……まあ、大したことではないですからな。お忘れになられても、さして不都合はございませんが――」


「だ、だよねっ? 歳なんて忘れたって、どーってことないよねっ?」


 私はアハハと笑ってごまかし、鳥さんの返事を待った。


「そうですのぉ……先々代の国王様が、ご幼少のみぎりより仕えさせていただいておりますので、かれこれ……ふむ。百はとうに過ぎましたかの?」


「ひゃ――っ、ひゃくっ!?」



 う……、嘘でしょーーーっ!? こっちの予想を遥かに超えちゃってるよーーーっ!!

 ……ってか、鳥ってそんなに長生き出来るもんなのっ!?



「……そ、そっか……百歳。……すごいね……」


 私はちょっとげんなりして、思わず遠くを眺めてしまった。



 ……でも、やっぱお爺さんだったもんね。

 よかったぁ~、見た目に騙されなくて……。



「私の歳などどうでもよいのです! 野盗めらに襲われたのではないとしましたら、そのお姿と御髪は、いったい……?」


「えっ?……え、えーっと……だから、そのぉ~……」



 あーもー、どーしよー!? 『姫様』じゃないって言ってんのに、全然信じてもらえない!

 ……ここはいったん、『姫様』のフリ……するしかないのかなぁ?


 でも、いくらなんでも、ずっとフリしていられるワケもないし。バレたら、どーなっちゃうかわかんないし……。


 ……まさか処刑とか……されちゃったり……しない、よね……?



 ……いや。あり得るかも。



 だって『姫様』だよ? 国王の娘ってことじゃない。

 国の偉い人の娘さんになりすまして、それでも無事でいられるって思い込めるほど、私はお気楽じゃない!



 ……でも、何言ってもこの鳥さん、信じてくれそうもないしなぁ……。


 ん~……、どーしたらいーんだろ?



 ――あ。そーだ。

 ちょっと探りを入れてみよっかな。



「ねえ、鳥さん。姫さ――いや、私は、どーしてここに、一人でいたんだっけ?」


「――ほ? 何を仰せでございます、姫様? 今朝、爺が姫様をお起こしするために、お部屋へ参りました時分には、既に姫様のお姿はどちらにも見当たらず……。ですからこうして、必死に捜しておりましたのですぞ? 何故なにゆえ、このようなところにお一人でいらっしゃったのか……爺がお聞きしたいくらいですのに」


 首を右側に傾けながら、怪訝けげんそうに私をじーっと見る鳥さん。


「……あ……。だよねー? 私が部屋から勝手に消えたんだっけねー。あはははは」



 ……はぁ。

 笑ってごまかすのも、もう限界……って気がする。


 ……仕方ない。


 これだけ別人だって主張しても、信じてもらえないんだから……。

 正しいことじゃないのは承知の上で、もう、この手を使うしか――!



「ごめんなさいっ! 嘘ついてましたっ!」


 私は鳥さんに向かって、思い切り頭を下げた。


「……ほ?……嘘、ですと?」


「はいっ! さっきから滅茶苦茶なこと言ったり、テキトーに話合わせたり、はぐらかしたりしてましたけど……。実は私、何にも覚えてないんですっ!」


「……覚えていない?――何を、ですかな?」


「全部ですっ! 私自身のことも、鳥さんのことも、この世界――いえ、国のことも……とにかく何もかもですごめんなさいっ!」


「……な――」


 そう言ったきり、鳥さんは黙り込んでしまった。

 私は恐る恐る顔を上げ、鳥さんの様子を窺った。


「と――、鳥……さん?」


 鳥さんはふるふると体を震わせ、口(と言うより口ばし)を大きくカパーっと開けて、固まっていた。

 たぶん、ショックのあまり、言葉を失っている……んだと思う。



 ……だよね。

 いきなり、よく知った人が記憶喪失になってたら、誰だってそんな風になっちゃうよ。

 十年前、記憶を失っちゃった私を、両親や友人達は、ものすごく心配したと思うし……。


 それがわかってて、自分を記憶喪失ってことにしちゃうのは、すごく抵抗がある。


 ……でも。

 私はこの世界のこと、何も知らないし、『姫様』のことだって、知るワケないんだから……。

 今の私には、こうするより他に……この状況を打開する方法、思い浮かばないんだ。


 ……ごめんね、鳥さん。


 私、いつまでここにいることになるかわからないし、帰る方法すら思いつかない状態だけど……。

 もし、帰れることになっても、姫様捜索、手伝うから!

 絶対――ここにいる間は、出来る限りのことはするからね?


 だから今は……今だけはごめんなさいっ!! 



「……姫、様……。そんな……。そんな、またしてもそのような……。何故……何故姫様ばかりが、そのような不運に見舞われなければならぬのでございましょう? 爺は……爺は悲しゅうございますぞぉ~~~」


 鳥さんはがくりという風に膝(?)をつき、さめざめと泣き出してしまった。



 ……ってか、鳥って泣くの? 涙流してるように見えるんだけど……。


 やっぱ、私の世界の鳥と、ここの鳥とじゃ……体のしくみとゆーか、構造とゆーか……全然違うのかな?



「姫様……。あぁ、おいたわしや姫様……。いったい姫様に何が……何が起こったのでございますか、神よ~~~?」


 そう言うと、鳥さんはとても大きな――樹齢何百以上はありそうな大きな木を仰ぎ見た。

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