第4話 御神木が神様?

 ……あれ? この木……。

 この木の形、見覚えある……ような……?


 …………え!?

 もしかして、これ――!?



「御神木!?」



 ――そうだ! どーして気付かなかったんだろう?

 御神木――御神木の桜の木だ!!



「姫様?……ごしんぼく、とは……?」


 鳥さんは木から私へと視線を移し、不思議そうに訊ねた。


「鳥さん、この木――この木って、ずっとここにあった!? 突然現れたりしなかった!?」


「……は?……この木、とは……神様のことでございますか?」


「へ? 神?……神様……って?」


「ですから、この……」


 鳥さんは、再び木へと視線を戻した。


「……え、まさか……まさか『神様』って、この桜の木のこと!?」


「さくら? さくらとは、何のことでございます?」


「何って、だから……これ! これよ! この大きな桜の木!!」


 私がビシッと桜の木を指差すと、鳥さんは思いきり首をかしげた。


「はて? こちらは神様でございますが……。我がザックス王国を、古来より守護してくださっている、神様でございます」



 ……神様? この桜の木が?

 木が神様って、いったい……。



「……あ、そっか。御神木って意味だよね? 神様をまつる神社の境内にある木だから、御神木……って、そういうことだよね?」


「ごしんぼく?――けいだい?……申し訳ございませんが姫様、爺には、姫様が何をおっしゃりたいのか、さっぱり……」


「だから! この木自体が神様ってワケじゃないんでしょ?――って訊いてるの!……違うよね? この木が神様なんじゃないよね?」


「……いえ。神様でございますが……?」


「――え――」



 ……ぇええええええっ!?

 神様!? ホントに神様なの、この木っ!?



「神様って、じゃあ……この木に何かお願いしたら、叶えてくれるってこと? 何かご利益あるの?」


「ごり……やく……?」


 鳥さんは、再び首をかしげた。

 やたら首かしげてばっかだなぁ……って、私がそうさせてるのか。



 でもまあ、いいや。


 とにかくこの世界では、この木は神様なんだ。

 実際に願い叶えてくれなくたって、ご利益なんかなくたって、この木を神様だと信じる人がたくさんいたら、それでいいんだ。


 ……そういうこと、なんだよね?

 考えてみれば、私の世界でだって、同じようなもんだもんね。



「えっと……神様ってことは、この木はずっと……ここにあるんだ?」


「はい。遠い遠い昔より、神様はこちらで、私達を見守り続けてくださっているのです」


「……そっ……か」



 じゃあ、似てはいるけど……私の世界の桜の木とは、別の木なのかな?

 桜……でもなかったりして。



「鳥さん、この神様って、なんて名前?」


「――は? 名前……?」


「うん。桜じゃないなら、なんてゆーのかなーって」


「……神様は神様でございます。名などございません」


「えっ、名前ないの!?」


「はい。神様は神様としか呼ばれておりません」


「嘘……。名前ない木ってあるんだ……? じゃあ、別の場所にあるこの木は、みーんな神様って呼ばれてるの?」


 私の質問に、鳥さんはまた、不思議そうに首をかしげた。


「別の場所?……姫様、神様は唯一絶対の存在でございますぞ。神様は、この場所にしかいらっしゃいません」


「……え……?」



 他の場所には、いない?



「神様は、他の木や草とは、全く違う存在なのです。お姿は木のようであっても、木と同等とは思われておりません。神様は神様。この世界に――いえ。少なくともこの国には、神様はこちらにしかいらっしゃらないのです」



 この国に、この木と同じ種類の木は、他に一本もないのか……。

 じゃあ、この木はずっと……ひとりぼっちなんだ……。


 そう思ったら、なんだか急に、この木――神様に親近感がいて来た。


 だって、私も、この世界ではひとりぼっちなんだもんね……。

 知ってる人は一人もいない。両親も友達も……みんな、いなくなってしまった。


 ……そう言えば、晃人……。


 今頃、すっごく心配してるだろうな……。

 神隠しに遭った時みたいに、捜し回ってくれてるかも知れない。


 ……ううん。

 神隠しの時は、ちょっと目を離した隙に消えた――ってだけだったけど。


 今回は、実際に目の前で――しかも、桜の木に体が吸い込まれて――なんて、異常な状況下で消えたワケだし。

 神隠しの時より、もっとずっと、心配の種は大きいはずだよね……。


 お父さん、お母さん、晃人――。

 私、また……元の世界に戻れるのかな?



「……姫様、いかがなされました?……お顔の色が、すぐれぬご様子ですが……?」


「え?……あ、ううん。なんでもない。……ちょっと、思い出しちゃっただけ」


「姫様……。きっと、お疲れなのでしょう。そろそろ、城へ戻りませんかな? 国王様にも、ご報告せねばなりませんし――」


「……城……?」



 ……あ、そっか。

 私、この国の姫ってことになっちゃってるんだっけ……。


 ……城……国王……。



 だ、大丈夫かな?


 一応、『記憶喪失』ってことにはしてあるけど……国王には、本物じゃないって、きっとすぐわかっちゃうよね?

 いくら似てるったって、自分の娘と他人の見分けが、つかないワケないもんね?


 ……う~ん……。


 不安ではあるけど、このままここにいたって、どーしよーもないし……。

 ここで野宿するったって、この世界のこと何も知らない人間に、それが出来るかどうか不安だしなぁ……。



 ――ええーい! こうなったらヤケだ!



「わかった。……帰ろう、お城とやらへ」


 鳥さんの目をまっすぐ見つめ、私は覚悟を決めたのだった。

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