第2章 異世界へ

第1話 落とされた先は

 いったいいつまで、この状態でいなきゃいけないんだろう?

 いい加減疲れちゃったし、早く解放して欲しいなぁ。


 ……まあ、解放も何も、このスピードで落下し続けて地面(――か床かわからないけど、この闇の果て?)に落ちたら、まず確実に死ぬことになると思うんだけど……長いことワケのわからない空間に放り込まれて、感覚がおかしくなってるのかも知れない。


 とにかくもう、どこだっていいから、さっさと果てか何かに辿り着かせて~!


 ……と考え始めてた私の視界が、何の前触れもなく、唐突に開けた。


「えっ?――ぅわ……っ!?」



 ――ぼふんっ!



「ピギャッ!?」


「――っ!…………あれ?」


 落ちた先は、どうやら固い地面や床ではなかったらしい。何やら弾力のある、肌触りのいいソファかクッションか……そんなもののようだった。

 しかもこの……ソファだかクッション? 妙に温かい……。


「ん~、いい気持ち~。……このままここで、眠っちゃいたくなるような心地よさ……って、いや! そんな場合じゃないって!!」


 ガバっと体を起こした私は、辺りをゆっくりと見回した。


 うっそうと茂った木々が、ぐるりと取り囲んでいる。

 空をあおぐと、太陽が斜めの方に見えたから、まだ夜ではないようだ。



 ……森の中……みたいだけど……。


 でもどう考えても、私がいた世界じゃない……よね? 

 森の木々は、どれも見たことがあるような……いつも見慣れてる植物と、たいして変わらないように見えるけど……。


 でも、あの妙な空間に引きずり込まれて、長いこと落ち続けて……で、ようやく着いた先なんだから、元の私がいた世界であるワケがない……よね?



 ――とすると、ここはいったいどこ?……って話になるんだけど――。



「ピ……ピピィ~~~……。い、いつまで私の背中に……の、乗っているのでございます……かな?」


「……へ?」



 ……何、今の?

 誰かの声が聞こえたような……ってか、聞こえた! 絶対聞いたって!

 確か、『いつまで私の背中に』とか何とか……って、えっ? 背中ッ!?



 ギョッとして下を見ると、そこにはなんと、めちゃめちゃ大きな、鳥のような生き物が――!!



「ひゃあッ!?」


 慌てて鳥(のような生き物)の背から飛び退き、私は数メートル後ずさった。



 な…っ、何この物体!?……鳥なの!?



 その物体――いや、得体の知れない生き物は、『よいしょ』とか『やれやれ』とかつぶやきながら起き上がり、翼を広げて、バッサバッサと体に付着した土や枯れ葉を払い始めた。

 それが終わると、くるりとこちらに向き直り、私をまっすぐ見つめて、


「ピョ!?――っひ、姫様! 姫様ではございませんか!」


 まんまるい目を更にまんまるくして言ったのだ。



 ……姫?

 姫様って――?



 私はそっと後ろを見た。

 ……誰もいない。



 なーんだ。誰もいないじゃない。

 きらびやかなドレスを着たお姫様が、護衛をしたがえて立ってるのかと思ったのに。



「姫様! 心配しましたぞ、姫様ーーー!」



 だから、どこに『姫様』がいるってのよ――……って、何ナニっ!?

 鳥(のような生き物)が、こっちにすごい勢いで突進して来るーーー!?



「姫様ーーーっ!!」

「きゃーーーッ!!」



 もふもふぼふーん!



 次の瞬間、私はその鳥(のような生き物)の胸の羽毛にうずもれ、身動き出来なくなっていた。


「姫様! あぁ~姫様~、ご無事で何よりでございましたぁ~! 今までどこに隠れていらっしゃったのです~? じいはさんざん捜し回って、もうヘトヘトでございますぞ~!」


 鳥(のような生き物)が、大きな翼でぎゅむぎゅむと私を抱き締め、何やら訴え掛けて来る。


 彼(……だよね? 自分のこと〝爺〟とかって言ってるし)が私を『姫様』と呼んでるのも意味わかんないし、この鳥(のような生き物)が何なのかもわかんないし、この世界がどこなのかも、さっぱりわかんない。


 私はいろいろなことに混乱しつつも、


「む、ぐ……! 違っ――う、ってば!」


 思いっきり鳥(のような生き物)の体を突き飛ばしてから、再び飛び退いて、ある程度の距離を取った。 


「私はあなたが捜してる『姫様』なんかじゃない! 私は桜! 神木桜! 今まで一度も『姫様』なんかになったことはないし、なれるとも思ってない!……それより、ここはどこなの!? あなたは誰!?――ってか、なんて生き物?……鳥? 鳥でいいの? なんかやたらとおっきいけっ……ど……」


 改めてまじまじと眺めてみると、その鳥(のような生き物)のおかしなところは、大きさだけじゃなかった。



 まず、身長は私よりちょっと大きいくらい。百六十センチ前後……ってところだろうか。

 それから、服を着てる。執事が着てそうな服。……でも、上着には袖がない。翼を覆う部分がないのだ。

 下も一応穿いてる……けど、足が短いから、まるで腹巻パンツのようだし……。


 あのリアルな翼やら羽毛やらがなかったら、どこぞのゆるキャラ?――とでも思ってたんだろうな……。



「姫様? いかがなされました? もしや、何処いずこかで頭でもお打ちになられたのでは――?」


 ぺったぺったと擬音を入れたくなるような足取りで、鳥(のような生き物)が近づいて来る。


「ちょっ、待っ――! 待って待って! ストップ! ストーーーップ!!」



 また『もふもふ』されたらたまんない! 


 ……まあ、あの肌触りは……ちょっと気持ちよかったけど……。



「――ピョ?……すとー……っぷ?」


 言葉の意味が理解出来なかったのか、鳥(のような生き物)はピタリと立ち止まり、首を横にかたむけた。


「大丈夫! 私は頭打って変になっちゃってるワケじゃないから! いきなり変な世界に飛ばされて、混乱してるだけだからっ!」


「……変な世界? 何をおおせでございます、姫様?」


 再び一歩踏み出そうと、鳥(のような生き物)が足を上げる。私は慌てて両手を前に出し、ジェスチャーで『止まって』と示してみせた。


「だからこっち来ないでってばーーーっ! 私は姫様じゃないのーーーっ!」


「……ピョピョピョ?……姫様ではない?」


「そう! あなたが言ってる『姫様』がどんな人か知らないし、もしかしたら超似てるのかも知れないけど!――でもっ、とにかく私は、あなたが知ってる『姫様』とは、全く違う人間なのっ!!」


 私を『姫様』と思い込んでるらしい、鳥(のような生き物)に対し、私は必死になって、別人であることを訴えた。

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