第3話 神社へ

 長い長い階段を上ると、大きな鳥居が見えてくる。

 更に上ると、参道や手水舎ちょうずや拝殿はいでんも姿を現して――。


 思わず、そこで足を止めた。


「ん? どうした、桜?」


 少し先を歩いていた晃人が私を振り返り、首をかしげる。


「ううん。久し振りに、こんな長い階段上ったから、少し疲れちゃっただけ。……やっぱ、若い頃に比べて、体力落ちちゃってんのかなー」


 あははと笑う私に、晃人は呆れ顔で。


「なーに言ってんだよ。若い頃と比べてって……俺達、まだ十六だぞ」


「そりゃそうだけど。……でもさ。小さい頃なんて、こんな階段上がるのも、もっとこう……スイスイ上れた気がするんだけど。今なんか、ちょっと息切れしちゃってるもん」


「なっさけねーなー。だいたいおまえ、運動神経いいんだからさ。何か運動部にでも入ればよかったんだよ。どうしてやらないんだ?」


「……どーして、って言われても……」



 ……つまらないんだもん。



 心でつぶやいてみるけど、晃人には言わない。


 確かに私は、運動神経はいい方らしい。……でも、それが問題なんだと思う。

 どんなスポーツをやってみても、すぐにある程度のレベルまでは達してしまう。努力なんて一切することなく、簡単に。


 大袈裟おおげさでも何でもなく、本当にそうなんだ。私は今まで、上達するのに努力なんてしたことがない。

 見よう見まねでやってみると、周囲にざわめきが走るほどに、結果を出せてしまうんだ。


 一生懸命努力して、上手くなろうとしてる人達から見たら……そんな私は、いったいどう映ってたんだろう?



 私は、怖かった。人にどう思われるかが――じゃなく、努力せずに上達出来てしまう、自分が。自分という存在が、すごく怖かった。


 だから、言い方は悪いけど、いつも手を抜いてた。周りの人に気付かれない程度に、ごまかして生きて来たんだ。

 運動部顧問の先生や、部員の人達に勧誘されることも多かったけど、それもずっと断って来た。


 私は、普通でいたかった。そんなところで、注目されたくなかった。

 ……どうしてだかわからないけど、目立っちゃいけない気がした。そうでなきゃ、ここにいられなくなるような気がして……。



 ここにいられなくなる?

 ……どうしてそんなこと思うんだろう?



 ……わからない。

 わからないけど……時々、無性に不安になるんだ。


 私は、ここにいていいんだろうか?

 私には、もっと他に、行くべきところがあるんじゃないかって……。




「桜?――おいおい。またぼーっとしてんのかよ?」


 晃人の声で我に返る。


「あ……。ご、ごめん。ちょっと色々考えちゃって――」


「大丈夫か? 気分悪いんだったら、無理しなくていいんだぜ? どうせ俺の思いつきなんだしさ」


 心配そうに顔を覗き込む晃人に、私は首を横に振った。


「大丈夫。ここまで来て引き返すの、嫌だし」


「……そうか? じゃあ――ほら」


 目の前に、片手が差し出される。


「……え?」


「手、出せよ。俺が引っ張ってってやるから」


「アハハっ。――だいじょーぶだよ。一人で歩けるってば」


「いーから! 大人しく手ぇ出せって!」


「……晃人?」


 晃人は顔を真っ赤にして、更に手を突き出して来る。


「……うん。……じゃあ……」


 ためらいがちに右手を差し出すと、晃人はがっしりとその手をつかみ、階段を勢いよく上り始めた。


「ちょ――っ! そんなに思いっきり引っ張んないでよ!――痛いってば!」


 私の抗議もお構いなしで、晃人は更に歩を進める。

 そしてあっと言う間に上に着くと、鳥居をくぐり、参道の先にある大きな木の前で足を止めた。


「……ここ、だったよな。おまえが消えて、次の日また、発見されたところって」


「……うん」



 この大きな木。


 ……覚えてる。確か、桜の木だったはず。

 この神社の御神木だって話だけど……。



「この木ってさ、樹齢何百とか何千って言われてんだってな。何百はわかるけど、何千ってのは、さすがに大袈裟な気ぃするよなー」


 そう言うと、晃人は太い木の幹をぺしぺしと叩く。


「晃人! やめなってば。御神木なんだから……バチ当たるよ?」


「大丈夫だって。軽く叩いたくらいで、ボロボロ崩れちまうわけじゃあるまいし」


「それはそうかも知れないけど――」


 花はとっくに散ってしまって、木には緑の葉が茂っている。その青々とした葉が、ふいに、ざわざわと音を立て始めた。


「え――?」


 その音に混じって、誰かの声が聞こえたような気がして。

 私は慌てて、キョロキョロと辺りを見回した。


「桜?」


「……ねえ、今――私のこと呼んだ?」


「呼んだよ? おまえが急にキョロキョロし始めるから――」


「じゃなくて! その前! キョロキョロする前!」


「……へ?……いや、じゃあ……呼んでないけど?」


「だよね?……おっかしいなぁ。誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」


「呼ばれた?……気味悪いこと言うなよ」


「――え? 晃人?」


 急に暗い声色になり、晃人は私を睨むように見つめた。


「どこの誰が、おまえを呼ぶってゆーんだよ!? おまえのいる場所はここだろ!? ここ以外にあってたまるかよ!」


「……ど、どーしたの晃人? いきなり怖い顔して――。もしかして、私が嘘言ってると思ってる?……嘘じゃないよ。ホントに誰かに呼ばれたような気がしたから――」


「冗談じゃねえよ!!」


「――っ!……晃人?」


「おまえがいなくなった時、俺が――俺達がどれだけ心配したと思ってんだよ!? 捜しても捜しても見つからなくて……誰か変な奴にでも連れてかれちまったんじゃないかって、おまえの母さんは、それこそ半狂乱ってくらいに、あちこち走り回って、聞き回って……見てらんないくらいだったんだぞ? おまえの父さんだって、表面上は冷静さ保ってたけど……両手がずっと震えてたよ。手が震えてるのを気付かれたくなくて、自分の身体をぎゅっと抱き締めるみたいにして……真っ青な顔で、『大丈夫です。桜はきっと帰って来ます。絶対帰ります』って、何度も何度もつぶやいてた。……俺だって……俺だってずっと怖かったよ! おまえにもう二度と会えないのかも――って考えたら、すごく怖かった。もう二度と会えないとしたら、俺は桜に好きだって言えないまま――……っ!」


 『しまった』とでも言うように、晃人は両手で口を覆った。

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