僕が奴らに復讐するまで

紫陽_凛

由花

 ある秋、由花の人生が終わってしまった。

 


 由花は高校で一番可愛い女の子だった。僕以外にも彼女に懸想をするというか「狙っている」ヤツは大勢いた。競争率が高いと言うんだろうか。とにかく由花は高嶺の花で、男子生徒はそれを見上げる有象無象だったわけだ。由花もそれはわかっていたと思う。というか自覚していた。ラブレターを僕に見せて「もらってしまった……」などと呟いた。僕の気も知らないで。

 由花は幸運なことに僕の幼馴染だった。由花は自分の男性人気を分かった上で僕の隣にいた。無防備にあくびをしたり、ボタンを第二ボタンまで外してみたりした。溶けかけのアイスを一緒に頬張り、焼けたアスファルトの上を歩きながら「あっちー」とぼやいてみたり。世間的には僕らは「付き合っている」状態とされていた。


「例えばだよ」

 由花は確かめるように僕の顔を見上げる。

「私の顔がめちゃくちゃ不細工だったら、今、私のこと好きだって言ってくれるみんなはどう思うだろう」

「知らねえよ」

「私ねえ」

 由花は遠い目をした。

「みんなが私のことを好きでいてくれてるのか、私の顔が好きなのか……わかんないの」


 由花のたあいない疑問に答えが出たのがその年の秋だった。


 由花が熊に襲われたのだ。

 由花を襲った熊はすぐさま殺された。


 血の気が引いた。でも命に別条はないらしい。無事か、ああ無事なのか。生きているのか……。安堵した僕は由花がどんな状態でいるのかを確かめず、ただ会いたくて病院の扉を叩いた。

 看護師は気遣わしげに由花の部屋へ入って確認をとった。「彼のことは入れても大丈夫?」

 僕はなぜそんな確認を取らなければならないか、愚かにも思い至らなかった。由花が僕を断る理由なんかない──。


「すみませんが、面会はできません」


 看護師が断固として言った。

「……でも由花さんは、お電話でお話ししたいそうです。電話をしますから、出てください、と伝言が」

「わ、わかりました……」

 程なくして電話が鳴る。由花とだけ書かれたLINE通話だ。即座に出た。


「由花……!」

『優斗、ごめん』

 由花の声は、電話の内容に反してあどけない。

『電話越しになっちゃって、ごめんね』

「ううん、気にしてない、別にいいんだ、無事か確認したくて……」

 それは紛れもない僕の本心だったのだけど、由花は、声色を一気に変えた。

『無事じゃないよ!』


 涙の気配がする。


『左目が無くなったの。左耳も。えぐれて取れちゃった。見たい?』

 ひどく静かな声なのに、絶叫に聞こえた。

『私、なあんにも無事じゃないよ。お化けみたいな顔になっちゃった。就職も結婚もきっとできないよ。食べられて死んだ方がマシだったよ。なのにみんな、みんな、生きててよかったねって言うの』


 僕の口の中は乾いていた。由花は涙ながらに叫んだ。


『生きててよかったね、じゃないんだよ! 言いながら、目、逸らしてんじゃん、わかってんでしょ、分かってるはずでしょう、醜いの、つぎはぎなの、私の人生、終わったの。終わっちゃったの! 死んだ方がマシ、死んだ方が、死にたい、どうしよう、どうすれば』

「由花、由花、落ち着いて」

『…っ、こんなことになるんなら、もっと早くに好きって言えばよかった、もっと早く、早く……』

 

 失恋の痛みが僕を突き抜けていく。でも僕のささいな痛みなんかよりも、人生が終わったと嘆く彼女の方がずうっと痛いことを知っている。

「由花。……落ち着いて聞いて──俺は、」




 僕らはそのまま通話を切る。そして僕は殺気を漲らせながら「有害獣駆除者になる方法」の検索を始める。もう心は決まっている。

 僕は由花を愛している。心から好きだ。きっと由花が恐れている顔の傷のことさえ愛せる。失われた目や耳さえ愛せる。


 でも、彼女の人生を終わらせた「奴ら」のことは許さない。

 絶対に、殺す。殺してやる。



 

 ──今も、市役所では「なぜ熊を殺した」と電話が鳴り止まないと言う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕が奴らに復讐するまで 紫陽_凛 @syw_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説