第6話
川沿いの通学路で、桜の絨毯ができていた。桜の木から、花が全てなくなり、葉桜へと変わった五月。あれからうちらは、最初の、険悪な雰囲気はなくなり、柔らかい雰囲気になっていった。そしてたびたび校舎に出る、念の集合体ーーー怪異を払っていた。X Xは、少しずつ屋上から離れらるようになった。そして今日も
「炎羅!聖那!右から斬撃が三回!」
うちは柱の後ろに隠れつつ、二人に指示を出す。聖那達は、音と気配でタイミングを測っているようや。うちは
「来るでぇ!一、二、三」
X Xがうちらだけに、聞こえるように組んでくれた術で、避けるタイミングを言う。二人は左右に分かれて、攻撃をやり過ごす。そして怪異にできた隙を逃さへんように
「今や!!!」
と小声で叫ぶという、我ながら器用なことをして、合図をする。それぞれ
「臨兵闘皆陣破!」
「プリフェケーション!」
退魔の術と浄化の術を使って。怪異を退治した。ほっとして辺りを視回すと、聖那の後ろから別の、弱い怪異が迫っていた。うちは(危ない!!!)そう思ったら、体が勝手に動いた。X Xが
「時華?!」
と叫んだ。炎羅と聖那はうちの方を振り返る
「時華ちゃん?」
二人がそう言った瞬間、聖那に襲い掛かろうとしていた、触手の突きを右肩に掠め、彼女を横に突き飛ばす。そして、そのまま、二人して廊下に倒れ込む
「時華ちゃん!」
「そこか。ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
うちの血がついた怪異めがけて、術を放つ炎羅。真珠色の霊気と共に放たれたそれは、見事怪異を滅した。うちは、廊下に座って、辺りを注意深く視る。 怪異がいないことを確認し
「もう、いいひんみたいやね」
そう言うと
「時華ちゃん。ごめん、また」
「いいんよ。守れてよかったわ」
聖那に怪我がないのが分かったうちは、ほぅと安堵の息を漏らす。すると
「時華はん。もう今月、いいんや。今週だけでもう三回目や。あんさん、怪我するん怖ないんか」
と炎羅が、しゃがんで、うちに目線を合わせながら、ぶっきらぼうに言う。けれどその瞳には、心配の色が乗っていることに、気がついたうちは、安心させるように
「ぜんっぜん!」
にかっと笑ってそう答えると、なぜだが二人とも、表情の出方は違うけれど、痛そうな顔になった。(別に、こんくらいの傷、痛くないんやけどなぁ)実際、掠っただけなので、血もあまり出ていない。(うちだけ、何もできひんっていうのはな、嫌やしな)うちは、心の中でそう言った。X Xは呆れたように
「まぁ、時華がこう言っているんだし、それでいいんじゃないの」
と言うと、炎羅は、X Xを下から睨みつけて
「はん!だから嫌いなんや」
「私は好きだけどなぁ」
ここ一ヶ月で、すっかり見慣れたやり取りだ。炎羅は、今でもX Xが嫌いみたいや。確か理由は
『人のようであって、人であらへん。それが気にいらへん』だった気がする。炎羅は
「時華はん。後で聖那に浄化してもらいいや」
パンパンと、スラックスについた埃をはらいながら、立ち上がる。そして、うちらの方を向いて
「ほな。また」
と言って、生徒用玄関がある方に歩いて行った。残されたうちらは、お互いを見合って
「うちらも帰りますか」
「そうだね。X Xちゃん、また明日」
「はーい!また明日」
バイバイと手を振って、うちらを見送ってくれたX X。うちらも、おんなじように手を振りかえして、生徒用玄関に向かう。一階のそこについて、正門へと向かう道中
「時華ちゃん。プリフィケーション」
聖那が小声で、浄化してくれた。うちは
「ありがとう!」
と言って、お決まりように、彼女に抱きつく。彼女はぎゅっと、うちを抱きしめた後、距離をとって
「話したいことがあるの。とりあえず正門を出よう」
そう言い、うちの前を歩いていく。置いていかれないように、彼女について歩く際(話かぁ。多分、うちのことなんやろうけど、別に困ってないしなぁ)そう、あの怪異が出ている間に、負った怪我は、退治し終わると、綺麗さっぱり、なくなってしまうのだ。このことに気がついたのは、最初に怪異に対峙した時。体のあちこちに怪我をしていた炎羅の、手当てをしようとして、見た時になくなっていたことを、発見した時。X Xいわく
『多分、あの念の集合体………まどろっこしいから、怪異って呼ぶよ。怪異が出ている時は、簡単に言えば、あの世とこの世の境みたいなものだから、そこで負った傷は元々、していないものとして認定されるからかな』
不思議そうにしているうちらの周りを、ふよふよと漂いながら、腕組みをして言っていた。門を出て、しばらくした頃、聖那が突然、歩くのをやめて、こちらを振り返り
「ねぇ、時華ちゃん。なんでいつも、私たちを庇うの?」
と聞いてきた。うちは(やっぱり…)と胸の中でため息をつく。そして
「うーん?深い意味はないで。ただ、その時に体が勝手に動いてしまうだけやから」
ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべて、用意していた言葉を、言った。聖那は、納得はしてへんのやろうけど、追求する気が失せたんか
「次からは、もっと気をつけるね」
一言そう言った。うちは、話題を変える
「そういえば、最近、怪異が多くなったなぁ」
「そうだね」
「何が原因なんやろうな」
聖那は手を顎に当てて、考え込む。そして、何か思いついたんか、こっちを見て
「もしかして、五月だからかな」
うちは意味が分からなくて、首を傾げると
「時華ちゃんは、五月病って聞いたことない?」
うちは、聖那が何を言いたいのかが、分かり
「あぁ、なるほど」
「さすが時華ちゃん」
「つまり、ただでさえ、負の念が溜まりやすい学校で、負の念が起きやすい時期やから。ってことやねんな」
「多分ね」
うちらは、お互いの考えに納得して、この日は帰路についた。
そして翌日
すっかり習慣になりつつある、放課後の屋上訪問で、昨日、聖那と出した考えを、炎羅たちに伝えると
「なるほどなぁ。一理あると思うえ」
「そーだね!時華たちの考えは、概ね合っていると思うよ」
うちは、X Xの言葉に引っ掛かりを覚えた
「『概ね』ってことは、細かいところは違うん?」
と聞いた時、校舎が暗い雰囲気に包まれたのが、視えた
「聖那、炎羅、XX!」
「言ったそばからだね。みんな、行こうか」
うちらは、こくりと頷いて、校舎に駆け出す。今回の怪異の出現場所は、屋上から比較的近く、四階の西側の教室付近やった。うちと、X Xは教室と教室の間にある柱の、わずかな陰に身を潜める。前方に炎羅、後方に聖那の形になる。怪異には、まだ気づかれていなかった。X Xがパンと手を叩き、術を使う。うちは、詳しい位置を視ようと、柱からそっと伺うと、今までの怪異では、視えへんかったものが視えてきた。(あれは………人の顔?それにしても、どっかで見たような)一瞬考え込んで、顔の主に思い当たった。(そうや!今、この学校におる人らの顔や!)そこまで分かって、嫌な予感がよぎった(このままやったら)
「あかん!」
「どうしたんや、時華はん」
炎羅が心配気にそう言った。うちはそれに対して
「えっ、いや。その」
「時華ちゃん?」
聖那が大丈夫?と言いたげに様子を聞いてきた。うちは、ふぅーと息を落ち着かせて
「あの怪異、強い。それに………この学校に通っている人たちの想いや。しかも相当、結びつきが強いで」
と言うと、聖那が
「えぇっ!それなら、あれを倒しちゃうと、クラスの人たちにまで、被害がいくってこと?」
と言う。うちも(あれぐらい、強い念やと、本体にまで、影響が出てまう。聖那の浄化でいけるか?でも、彼女の浄化は退魔の術ではない。正確に払えない。どうする?どうしたらええんや…!)思考を巡らせて、なんとか、本体である人たちに、影響が出ないかを考えていると
「何、ちんたら考えてはんの。時華はん。怪異はどこなんです」
炎羅がそう言った。冷たすぎる声音に、思わず
「前方、十時の方向。まだこっちには、気付いてへん」
「さよか。ほんなら…」
詠唱を始めようとする炎羅。それに
「ちょっと、何しようとしているの?!」
焦って、止めようとする聖那。焦りすぎて、声が大きかった。怪異に気づかれた。スピードこそは遅いが、辺りを腐食しながら、こっちへ向かってきた
「二人とも!気づかれた!」
炎羅がすかさず
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダンマカロシャダ・ソハタヤ・ウン・タラタ・カンマン!」
お札を構え、真言を唱える。それを怪異にめがけて放つ。見事に命中した。しかし、あまり効果がないようで、怪異は変わらず進んでくる
「全然、効いてへん!どうする」
うちがそう言うと
「ほんなら、その行先、我知らず、アビラウンケン!」
印を組んで唱えると、怪異の進行が止まった。炎羅たちも音や気配で分かったのか
「止まったな」
「止まった」
と呟いた。炎羅が、こちらへ、印を組んだまま、ズンズン歩いてきて
「あんさんは一体、何しとるん!!」
低く怒った声でそう言った。うちは、どう言うことか分からず
「どういうことや」
と聞き返す。炎羅は、印を組んでへん方の手で、うちの胸ぐらを掴み
「なんで、すぐに指示を出さへんかった」
「それは…」
キッとうちを睨む炎羅。声を荒げ
「今おる人やから、迷いはったん?苦しむかもしらへんと思って、迷いはった?」
すごい勢いで捲し立てる炎羅。うちは、何か言おうと思ったけど、言えへんかった
「あんなぁ、言っとくけど。今まであたしらが退治してきた怪異かって、おんなじなんやで。それやなのに、知り合いやからって迷うん?ええ身分やなぁ。ズっこいなぁ。知らん人やったらそれでええんか。甘い戯言は言うな」
そう言い捨てて、手を離す炎羅。うちは(炎羅の言う通りや。うちは、ほんまの意味で、怪異退治っていうんのを、分かってへんかった)自分の浅はかさに嫌気がさす。(そうや、ちゃんと考えればそうやん。X Xの話をきいたときに、想像するべきやった)炎羅の表情はもう見えへん。炎羅は、空いてる手で、お札を構えて
「急急如津了!」
短くそう唱えて、放つ。真珠色の輝きが辺りを満たすほどに、膨張して、それが一点集中で怪異に命中した。怪異は無事、退治できた。うちはこの時、斜め後ろから、少しだけ見ることのできた、炎羅の表情が、すごく哀しくて苦しくて痛そうだった。炎羅は、うちらの方を振り返らずに
「さっき言ったこと、聖那はんにも言えるからな。あたし、バカは嫌いなんや。しばらく、顔を見とうないわ」
そう言って、立ち去っていった。この時、またあの時のように
カチャン
と何かが開く音がした。(また……?一体なんなん、この音)そう思った。そして、うちは、うちらは、X Xに移動を促されるまで、そこから動けへんかった。
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