第5話

春の肌寒い風が、頬を駆け抜ける。X Xは楽しそうに

「学校ってさ。思春期の複雑な心境の子供達を、一箇所に集めているよね」

うちは、やっとX Xが何を、言いたいのかがわかってきた

「なるほどなぁ」

と相づちを打つ。X Xはさらに、機嫌が良くなったのか、鼻歌まじりに

「私の身体は多分だけど、そういった子たちの想い。つまりは念に、囚われているんだと思うんだ!」

そう言って、X Xはうちらの前にやってきて

「だから、この学校の、そういった念から、私の身体を探して、殺して欲しいんだよね」

と言った。うちはX Xが言っていることの、八割ぐらいは理解できた。隣にいる聖那も多分、同じぐらいの理解度なんやろうなって思った。やけど、意外にも炎羅は、理解できていない様子で

「???」

と、はてなマークを出していた。炎羅は

「なぁ、その想いやら、念って何なん?」

その質問に対して、聖那は呆れたように

「そんなこともわからないんですか?いいですか。X Xちゃんの言う、想いというのは、私達が『こうだったらいいのにな』って思ったりすることで、念っていうのは、よりそれが強力に、なったものなはず」

怒涛の勢いで説明をしていた彼女。最後にX Xの方を向いて確認をとった。X Xは満足気に

「そのとーり!聖那は頭がいいんだね!」

と褒めた。彼女は

「よかった」

と胸を撫で下ろしていた。一方、炎羅はというと

「わかったような、わからへんかったようなやけど。まぁ、趣旨はわかりました。ほなら、あたしは一人で行かせてもらうえ」

そう言い放って、屋上の出口に向かう。うちは

「えっ?一人で行くん」

くるりとこっちを、振り返った炎羅は

「はん!もう忘れたんかえ?あたしは、あんさんらみたいな足手纏いと、一緒にやる気はないと、言ったやんなぁ?」

口調はどこまでも穏やかやけど、冷たい声音が、それを裏切っていた。うちは、何も言い返されへんかった。炎羅は

「ほな、さいなら」

と言って、ドアを開けっぱなしにして、校舎に戻った。聖那が

「時華ちゃん。あんな奴のことなんて、気にしないでおこう」

下向き加減になっていた、うちの顔を覗き込んでそう言った。うちは

「そうやね…」

と言う。うちは(そうやん。聖那の言う通りやん。炎羅とうちらは、知り合いではあるけど、それ以上の関係やない。だから放っておいてもいいやん)でもどこか違和感がある。(そういえば、炎羅。何であの時X Xのことを避けて、術を打ってたんやろ)最初に会った時に感じた。ほんの少しの違和感が、頭を占めていく。(このまま、炎羅を一人で行かせたら、何かあかん気がする)

「時華ちゃん………」

と聖那が、心配気に言った瞬間

「キャアァァァ!」

校舎の方から、悲鳴が聞こえた

「今の声って」

「炎羅や!ごめん。聖那うち、ちょっと行ってくる!」

そう言って、声が聞こえた方に走り始めた。聖那が後ろで

「えっ?ちょっと!」

と言っていたが、お構いなしに走る。さっきまで屋上におったから、気付いてへんかったけど、校舎の雰囲気が暗い。何かがおかしい。そう思いながら、ひたすら、声が聞こえたであろう場所に向かう。(そうや。誰一人おらんのや。さっきの悲鳴を聞きつけて先生の一人や二人、おってもおかしないのに)思わずチッと舌打ちをする。二階まで駆け降りたところに、ボロボロになった炎羅が、ナニカと戦っているのが見えた。うちは柱に隠れて、様子を伺う。手前側に居る炎羅と、奥にいる黒いナニカ。ソレが毛虫のように蠢いていた。炎羅はソレに対して

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」

お札を構えてそう言い放った。お札が真珠色に輝き、黒いナニカに放たれるが、それは、ナニカを掠るだけだった。うちは、何度も呪文を詠唱して、術を放つ炎羅の姿を見て、ある一つの仮説に辿り着く(もしかして、炎羅。視えてへんの?)だとしたら、辻褄が合う。うちは、柱から、身を乗り出しすぎないように、気をつけて

「炎羅!そのまま十一時の方向に、お札を放って!」

と言うと、驚いた様子で

「何で、あんさんが!」

「いいから!!!」

炎羅は、それはもう盛大な舌打ちをかまして、うちが言った通りに、お札を放つ。ナニカに命中した

「よっしゃ!」

うちがそう言って、ガッツポーズを決めると

「まだや。時華はん!アイツはどこにおるん?!」

「前方、二時の方向」

そう言うと、炎羅が小さく

「あんがとさん」

と呟いたのを聞き逃さなかった。うちは(かわええところあるやん)と思っている間に

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダンマカロシャダ・ソハタヤ・ウン・タラタ・カンマン!」

印を組んで、術をナニカに放つ。(当たれ!!!)その願いが通じたのか、見事術がナニカに命中した。ソレが何かを叫んでいるのか、絶叫しているのかはわからないが、口を大きく広げていた。そして、小さくなって姿がなくなったのを、視たうちは、ふっと、気を緩めて柱から出てしまった。それがいけなかったやろう

「戻れ!!!」

「えっ」

炎羅の叫び声で、前を見ると飛び散ったナニカが破片状になって、こっちに迫っていた(やばい!)腕で身も守る。その時

「シールド!!!」

聖那の声が響いたのと同時に、うちの周りに、半透明の膜が生成された

「ギャアァァ」

とこの世のものとは思えないほどの、悲鳴が上げられたのだろう。聖那が耳を塞いでいた。彼女は片手で、耳を塞ぎながら

「プリフィケーション」

もう片方の手を、黒い破片状のナニカに添えて、静かに言った。シュワァとナニカが蒸発する。そして、残ったナニカを片付けるためなんやろうか。両手を横に広げ

「エリア・プリフィケーション」

詠唱を唱えて、残りも全て浄化した。うちは、聖那を抱きついて

「聖那!ほんまにありがとう!!!」

というと

「言ったでしょ。私が時華ちゃんを守るって。それより飛び出していった時は、本当に焦ったんだからね」

「ごめんなさい」

項垂れて、そう言うと

「うっ、かわいい」

と聖那が呟いた。うちは(今のどこに、かわいい要素があった?)と思って首を傾げると

「ごほんっ!まぁ、大丈夫だよ。怒ってるわけじゃないからね」

そう女神様かと思うぐらいの美しい、微笑みを浮かべて言った。うちは

「もぅ!優しすぎや!」

と言って、力一杯、抱きしめた

「あはは!苦しいよ」

そう言っているが、声音は楽しそうだ。そんなふうにしていると

「仲良しさんでええなぁ」

嫌味たらっしくそう言った炎羅。うちは、少しデジャヴを感じていた。(確か、最初に会った時も、こんな感じやったような…)うちは過去に思いを馳せて、現実逃避していると

「あらあら。炎羅さん。いいでしょう?」

と聖那も同じくらいに煽り返していた。そして、聖那はうちを背に、庇うように炎羅に向きなおって

「一体。どういうつもりなの」

「はぁ?」

彼女は怒気を滲ませてそう言う。炎羅は少したじろいで、返事をする

「『はぁ?』じゃないの。わかってる?あなたが一人で、突っ走ったおかげで、時華ちゃんが、怪我をするかもしれなかった。あなた一人の所為で、死んじゃうかもしれなかった!それをわかってるの?!」

勢いよく捲し立ててそう言う。うちは、それに対して

「違うで聖那!それはうちが気ぃ抜いてしまったからで」

と反論するが

「いや、聖那はんの言う通りや。あたしが勝手に行動せえへんかったら、少なくともこんな事態には、なってなかったやろ」

炎羅が真剣な声で、そう言った。うちは(うちが悪いのに…うちが、気を抜かんかったら…)と内心で自分を責めた。それを見越してなのか、わからないが

「確かに、時華ちゃんが飛び出たのも悪い。だけど、大元を辿ればって話だよ」

と聖那に言われてしまった。それでもうちは

「でも…!」

「ええんよ。時華はん」

横に首を振る炎羅。そして

「それに、あんさんが飛び出してくれたおかげで、技が当たったんやしな」

と言ってくれた。うちは(優しすぎるやろ)と思って、そして

「それでもや。聖那、炎羅。ほんまにごめん」

頭を下げてそう言った。聖那か炎羅かはわからないが、はぁとため息をついて

「だから、怒ってないよ」

「顔、上げてえな」

と言った。うちは、二人に抱きついて

「ごめん。ありがとう」

聞こえるか聞こえないか、ギリギリの音量でそう言った。二人は、それぞれ優しく抱きしめてくれた。しばらくして、うちは

「ねぇ、炎羅。うちらと一緒にX Xのお願いをやろう」

と言うと

「えっ」

迷子の子供みたいな声を、出した炎羅。その背中に、手を添えて

「いいね!時華ちゃん」

聖那が賛成してくれた。うちは

「うちはこの通り、視るだけしか出来ひんし」

「私も、ああいったものを、退治することは出来ないです」

「だから、炎羅が居てくれたら、心強いなぁ」

「そうだね」

と私達は打ち合わせをしたわけでもないけど、炎羅に言葉を次々に紡いだ。炎羅は、顔を下に向け、肩を振るわせて

「あんさんら。そーとーのアホやろ。あんだけ散々言ってた、あたしに対して、仲間になろっとか、よう言えるわ」

声が震えていた。言葉の合間に、嗚咽が鳴っていた。炎羅は、ゆるゆると顔をあげて

「それでも、ええんの」

その言葉に対して、うちは

「もちろん!」

聖那は

「時華ちゃんに言った言葉や、やったことは忘れない。だけど」

炎羅はこの言葉に対して、やっぱりという表情になった。彼女はそれを見て、やれやれといったふうに、肩をすくめて

「あなた、炎羅さんがいる方がいいなと、思う」

わかりにくいけれど、確かに炎羅を、仲間として認める言葉。炎羅は

「あり、ありがとう!」

そう言って泣き始めてしまった。その姿は、初めて会った時とは違い、年相応に見えた。うちらは炎羅を、優しく、抱きしめた。一通り泣き止んだ後、炎羅は

「時華はん。聖那はん。これからよろしゅうな」

と言って、両手を差し出した。うちは右手を、聖那は左手を繋いで

「もっちろん」

と言った時、どこかで

カチャン

と何かが開く音がした。うちは、キョロキョロと辺りを見回すが、教室の扉は開いてるし、一体どこから聴こえたんやろと、不思議に思っていると聖那が

「時華ちゃん?どうかしたの?」

うちは、音の出処が分からへんかったから

「ううん。なんでもあらへんよ!」

首を横に振り、そう答えた。彼女は

「そう……?なら、さっきのこと一応X Xちゃんに報告しようか」

と言った。うちらは

「賛成!」

「そうですなぁ」

そう言って、屋上へと向かうことになった。校舎を包んでいた暗い気配は、もうない。歩いている時、うちらは、会話こそはないが、昨日までの冷たい空気ではなく、ぎこちなく、それでいて柔らかな雰囲気になっていた。

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