第4話
夢、なんやろうか。うちは昨日、入学式があった高校の廊下に立っていた。どこかジメジメとした暗い雰囲気が漂っている。辺りを見回すと、そこには、ナニカに立ち向かっていく、聖那の姿があった。うちは、聖那を追いかけようとしたけど、足が動かへん。胸の中に嫌な予感が過ぎる。(この先は、いや!見たくない…)こんな光景、知らんはずやのに、心が視ることを拒否する。けどそれとは裏腹に、瞼はあいたまま。呼吸がだんだん引き攣っていく。(いや、これ以上は…!)うちが自由に動かへん体に、四苦八苦している間にも、聖那はナニカと戦っていた。そして彼女が何かを唱えたのと同時に、聖那の身体がふわりと宙に浮いた。紅色のナニカが飛び散りながら。そして、地面に叩きつけられる、その瞬間ーーー
ジリリィィィ
大音量のアラームが部屋を満たした。うちは、ガバリと身を起こして、乱れた呼吸を何とかして、落ち着かせた。スマホで時間を確認すると、もう六時半だった。いつもなら、即二度寝をするが、さすがにする気力もなかった。さっきの夢での光景が、頭にこびりついたまんま。はぁとため息をついて、部屋を出ようとした時、玄関の方からガチャっと言う音が聞こえた。うちは(多分、ひどい顔してるやろうし、パパかママに鉢合わせたら、色々面倒やな)そう思って、じっとしていると、外の方に面している窓から、駐車場に向かう足音がしたので、うちは(パパ、今から仕事か)と音が完全に過ぎ去ってから、部屋を出る。うちは脳内で勝手に反芻される、あの映像を振り払うために頭を振って(あれは夢。夢、やから)と、自分に言い聞かせて洗面所で顔を洗う。タオルで雑に水気を取って、鏡を見ると
「予想通り、ひっどい顔やな」
血の気が引いていて、青白い顔をして、目にはうっすらとくまがある。(とりま、ママが来る前に起きれてよかった)ほっと胸を撫で下ろす。キッチンでお弁当を作ってくれているのであろう、ママに気取られないように、足音を立てずに部屋に戻る。うちは汗で湿ったパジャマを、ベットの上に脱ぎ捨てる。そして去年の夏に使っていた、汗拭きシートを探す。幸い体操服入れの中にあったから、そこまで大捜索せずに済んだ。シートを取り出して体を拭く。拭き取ったそれをゴミ箱に放り投げて、制服を着る。無心で着替え終わり、ニーハイソックスを履いて、櫛を持って全身鏡の前に行く。軽く櫛で髪をとく。それからストレートアイロンを取り出して、プラグをさして、温まるのを待つ。この間、うちは無性に焦りを感じていた。一分が十分に感じる。それぐらいに。温まったストレートアイロンを使って、髪をまっすぐにしていく。電源を切って、机の上に置き、全身鏡で寝癖がついていないことを確認して、それをしまった。うちは何度か深呼吸して、浅くなっていた呼吸を戻し
「大丈夫。あれはただの夢なんやから」
そう小さく呟くのと同時にドアが開く
「時華。起きてるんー?」
ママが部屋に入りながら言った。うちは
「うわぁぁ!びっくりしたぁ!もー起きとるがな」
「ごめんごめん。今からパン、焼くねんけど何のせる?」
「チーズ!」
「分かった」
そう言って、ママはリビングに向かった。うちは、昨日のうちに用意したリュックを持って、リビングに向かった。椅子に座って、スマホをぼーっと眺めていると
「おまたせ」
「わーい。ありがと!いただきます」
焼きたてホカホカのパンにかぶりついた。トロッーとしたチーズとパンの相性が抜群。美味しい。無我夢中でパンを食べる。最後の一口を食べ切って、野菜ジュースを飲みきった
「ごちそうさまでした!」
「はーい」
ママはうちの頭を撫でて
「ごめんやけど、お皿とかよろしくね」
「分かってるよ。いってらっしゃい」
「いってきます」
うちは、食べ終わったお皿をシンクに持っていって、水につける。そして軽くテーブルを拭いた。ちらりと時計を見ると七時二十分。(集合時間には、ちょっと早いけど。もう行こ)そう思って、リュックを背負い玄関に行く。運動靴を履いて、ドアを開けて外に出る
「いってきます」
ドアを閉めて、鍵を閉める。そして集合場所に向かった。(早く、聖那に会いたいな)今朝の夢がずっと頭に残ったまんま。言いようのない不安に駆られて、歩くスピードが少しずつ上がる。集合場所に着くと、やっぱりと言うか何というか、聖那はまだ来ていなかった。うちは肩をすくめて、自嘲気味に
「そら、こんな早うに来てたら、逆に怖いわ」
スマホで時間を確認すると、集合時間の二十分前だった。確か、家を出たのが七時二十五分で、本来なら十分かけて歩く道を約五分で歩いたことに気がついて(もうちょい、遅く歩けばよかった)少し後悔つつ、スマホのアプリを開いて、時間を潰し始めた。面白そうな記事を二・三個見終わって、他の記事を流し見していく。体感では、もう十分ぐらい経った気がするのに、まだ五分しか経っていない。うちはまた、浅くなってきた呼吸を意識的に深くして、自分を落ち着かせる。(大丈夫。だいじょうぶ。あれはただの夢。現実やない。だけど………)夢で見た、鮮明すぎる光景。舞い散る紅。リアルすぎる浮き方。思い出したくないのに。考えていることとは正反対に、何度も再生される。スマホの時間を見ると、集合時間の五分前だった。うちは、気を抜けば浅くなりそうな呼吸を必死に宥める。けれど、うちの頑張りに反してどんどん浅くなっていく呼吸。視界がぼやけてきた時
「時華ちゃん?!」
聖那が駆け寄ってきた。うちは、彼女に抱きついた
「わっ!どうしたの。すごく顔色、悪いよ」
「なんでも、ない」
彼女の首に顔を埋めてそう言った
「何でもないわけないじゃない!何があったの」
真剣な声音で問われる。それにうちは答えない。ただぎゅっと、力を強めて抱きしめた。聖那は、背中を優しくさする。何とか気持ちを落ち着けたうちは
「ごめんね!急に。ありがと。もう大丈夫」
「大丈夫なわけ…!」
うちは、聖那の言葉を遮って
「さっ。行こう!」
と言って、彼女の手を取り、学校に向かう。(絶対に言うもんか)と思っていると
「時華ちゃん」
少し悲しげな声で、名前を呼ばれた。うちが振り返ると、聖那は諦めたように、目を閉じて
「何でもないよ。ほら。行くんでしょ?」
「うん」
彼女は手をやんわりと外し、うちの前に行って、歩き始める。うちらは学校に着くまでの間、一言も喋らなかった。教室に着く前
「お昼だよね。屋上に行くの」
「うん」
とだけ、会話した。教室に着くと、もうすでに炎羅がいた。炎羅は一回をこっちを見て、苦虫を噛んだような顔になり、そっぽを向く。どうしたんやろと思いながら、席に行くと。隣に聖那が座わっていた。(こういう時、隣っていうんは気まずいなぁ)と思いながら、スマホを見るポーズをとって、朝の時間を潰し、その後にある、教科説明やら何やらを聞き流していった。SHRが終わり、うちらは屋上に向かう。若干の気まずい雰囲気がうちらの間に漂う。うちは(聖那。怒ってるんかな)ちらりと彼女を見ると、聖那はぷはっと吹き出して
「そんなに不安そうな顔しないで。怒ってなんかないよ」
「いやエスパー?!」
「そんなんじゃないよ。ただ、顔に出てたよ」
そう言って、聖那はくすっと笑い、何かを呟いた
「それに、嫌うわけないよ」
「なんか言った?」
「何にも言ってないよ」
聖那はそう言って、うちの手を繋ぎ
「ほら。屋上まで後少しだよ。行こ!」
と言って、屋上に続く階段を登る。屋上のドアを開けると
「おっ!来たねぇ」
X Xが薄く笑って、うちらを出迎えた。辺りを見ると、すでに炎羅は来ていたようだ。炎羅は
「相変わらず、仲良しでええなぁ。それで、霊。そろってんやから、依頼について詳しく言えや」
そう言うと、X Xが、少し怒った顔で
「もー!霊って言わないでってば!」
と言った。今回は最初から、あの術を使っているのか、言っていることがわかった。炎羅は、心底不愉快そうに
「はぁ?何でそんなこと言われなあかんのや」
そう言い返すと
「君は知らないの?ヒトってね。言われた役割に、当てはまろうとする性質があるんだよ。だから、霊じゃない私に、そんなこと言わないでって、言ってるの」
そう言うと、聖那が
「それじゃあ、X Xちゃんは、霊じゃないってこと?」
と聞くと
「そーだね!」
明るく言い切ったX X。炎羅は嘆息をついて
「仕方があらへんな。ほんでX Xさん。あんさんの身体ってどこにあるんや?」
「まさか、この街全体とかやないよね?」
炎羅の質問に被せるように質問したうち。X Xはそれに対して
「大丈夫!私の身体があるのは、この学校内だから!」
「何で、そんなこと言えるんですか?」
聖那がすかさず情報を聞き出そうとする。すると
「理由は二つあるよ。一つ目は、今、私がいるのが、学校の屋上って言う点。二つ目は、学校そのものの性質だよ」
うちは、首を捻り、X Xの言葉の意味を考えるが、わからなかった。二人も同じような反応をしていた。それを見たX Xは、芝居がかった口調で
「三人は、不思議に思ったことはない?学校って不思議な場所だと」
うちらはさらに首を傾げる。X Xはケラケラと笑う。その姿は、目を奪われるほど神秘的で、恐ろしいぐらいに美しかった。
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