第3話

入学式が始まり、しばらくすると、新入生代表の挨拶になった。あの、低音ボイスが、クセになる司会の先生が

「続いて、新入生代表、下村炎羅さんからの挨拶です。下村さん。お願いします」

うちは校長先生の、恒例とも言える、長ったらしい話のせいで、ひっつきそうになっていた目を、カッと開いて壇上を見つめる。静かな体育館に、炎羅が壇上に上がる音が響く。そして、国旗と校旗に一礼をして、マイクの前に立つと

「桜の花が咲き始め、暖かい日差しに包まれる、今日という良き日に…」

私は(まさか、炎羅が同い年やねんてねぇ。口調から雰囲気まで大人びてて、てっきり年上かと思ったわ)と挨拶を聞き流す。こんなふうに、ぼうっとしていたからか、眠気が限界に来ていたのか分からないが、次に起きたのは

「時華ちゃん。起きて、もう入学式が終わっちゃうよ」

と小声で、聖那が起こしてくれた時だった。うちは、ハッと目が覚めた

「ありがとう!」

うちは、口の端から垂れかけていた涎を拭って、しゃんと座り直す。司会の先生が

「皆様、御起立ください。礼。これにて、第三十一回、入学式を終了します」

最初と同様に、統一された動きで、指示通りに動くうちら。すると、司会の先生が

「ご着席してください。続いて、クラス発表です!」

とテンションを爆上げにしてそういった。それに釣られて、うちらも

「イェーイ!!」

と叫ぶ。あの先生は、一つ咳払いをして

「静かにしてください。前から冊子を配るので、そのまま開けないで、お待ちください」

うちは、前からまわってきた冊子を受け取って、中身を見たいのをグッと堪えて、次の言葉を待つ

「それでは、新入生の皆さん!冊子は届きましたね?………それでは開けますよ!!三・二・一・ゼロ!」

あの声で、発せられたとは思えへんぐらい、軽快な口上。うちは(えっ?めっちゃギャップ萌えやねんけど?推すわ。推しの先生やわ)と内心、荒ぶっていた。そして、あの合図と一緒に冊子を開けて、クラスを確認する。うちは満面の笑みを浮かべて、聖那の方を向く。。聖那も同時にうちの方を向いて

「「クラス………一緒や!/だね!」」

二人で抱き合って喜んだ。しばらくして、うちはクラス名簿を見返していると

「あっ!炎羅も一緒のクラスやねんな」

と言った瞬間。聖那から冷気が漂ってきた。うちは冷や汗をかきつつ

「ご、ごめん!聖那は炎羅が、その、苦手やもんね…」

徐々に語尾が弱くなる。彼女は、うちの言葉を

「ううん違うんだよ。時華ちゃん。その、確かに、時華ちゃんにすごく敵意を向けてくるしで、頭にはきているんだけど。それでも、仲良くなりたいとは思ってるんだよ?」

と撤回した。うちは(聖那は慎重な性格やし、なるほど。)そう納得して、頭を振り

「そっか!勝手に気持ちを決めつけてごめんね」

そう言った。それに対して、彼女は目を細めてから、少し微笑んで

「ううん。大丈夫だよ」

と言って

「ほら、時華ちゃん。そろそろクラスに移動だよ」

そう言って、うちから視線を逸らして、前を向いた。その言葉の次に

「次に、一年四組の皆さん。プラカードを持った先生に、ついて行ってください」

と司会の先生が言った。うちらは誘導に従って動き始めた。体育館を出て、教室棟の方へ歩を進める。うちは後から合流してきたのであろう、炎羅の姿を見つける。名前とは正反対の、薄く水色かかった毛先のおかげで、すごく分かりやすかった。うちは炎羅に後ろから飛びついた

「炎羅!さっきはすごかったよ!」

そう言うと、人目があるからか、さっきとは違う言葉遣いと、態度で

「ふふっ。時華さん。ありがとうございます」

と言って、上品に笑って、うちを受け入れた。その態度に、ゾワァっときたうちは、小声で

「うへぇ」

舌を出して、唸ると

「失礼やなぁ。そろそろ、どいてくれへん?」

そう言った。その言葉の方がずっと、炎羅にしっくりくるなと思いつつ、素直に離れる。そんなことをしていると

「炎羅さん。さっきは、どうもご親切にありがとうございました」

聖那が、うちと炎羅の間に入って、そう言った。炎羅は、ヒックと喉を鳴らして、周りに気づかれない程度に、後ずさる

「いえいえ。当然のことを、したまでですよ」

視線を泳がせながら、そう言う炎羅。彼女は、その反応を見て

「ふふっ。そんなに怯えないでください」

手を口元に当てて、優雅に笑う。それに対して、さらに顔を青くさせた炎羅。うちは彼女の顔をチラッと見ると(ちょ、ちょっと聖那さーん?目が笑ってませんが???地味に怖いわ)と心の中で震え上がっていた。すると炎羅が、うち越しに聖那に、幾分か低くなった声で

「あんさん。ほんまになんのつもりなん?」

そう尋ねると

「別に?貴方が勝手に、震えているだけでしょう?ひどい言いがかりですね。私はただ、貴方と仲良くしたいだけですのに」

こてんと首を傾げて笑いながら、そう言った彼女。その姿から、妙な迫力が出ていた。がそれに屈することもなく、炎羅は

「はん!あんさんらの仲良しごっこになんか、加わりまへんで」

冷たい声色でそう言い切った炎羅は、スタスタと前の方に行ってしまった。うちらはしばらく

「高校の教室、楽しみやなぁ」

「そうだね」

と何気ない会話を続けた。まるで、さっきの出来事がなかったかのように。そんなこんなを話していると、四階にある、一年の教室。もっと言えば、うちが明日から使う教室に着いた。教室に入る時

「時華ちゃん。一年、改めてよろしくね」

と聖那が言った。うちもそれに応じて

「もっちろん!聖那!よろしくね」

そう言って、二人で教室に入った。辺りを見回すと、中学校とは比べ物にならないほど、きれいな教室だった。プロジェクターの投影機は天井と、同化していて、黒板じゃなくて、ホワイトボード。カーテンは遮光ができる、青色の分厚いカーテン。空調設備も、天井と一緒のため、最後まで閉めきれる。つまり、光が入ってきて、ホワイトボードが見にくい、なんてこともない。机は、アニメで見る大学のような、机だった。辺りを忙しなく見ていると、プラカードを持っていた先生が

「はーい。それじゃあ、皆さん。自分の出席番号の札が置いてある、席に座ってください」

うちは、名簿にある出席番号を見返す。(えっと、うちの番号は六番やね。席はっと。あっ、聖那と隣や!やったぁ!!!やけど、一番前かぁ)嬉しさと悲しさから、微妙な表情になるうち。少し重くなった足取りで、すでに席についていた、聖那の横に座る

「時華ちゃん。隣の席だね!安心したぁ」

と可愛いことを言った、可愛い聖那のおかげで、下がり気味やった気分が上がり

「うーん!可愛い!」

と言って可愛さを噛み締めた。周りの盛り上がりがひと段落してきた頃合いで、先生が注目を、集めるために、パンと手を叩いて

「はい。それでは皆さん。改めてご入学、おめでとうございます。私が、このクラスの担任の、笹雪時雨です。よろしくお願いします」

と、栗色の髪をゆったりと束ねた、穏やかそうな、女性の先生が、一礼をした。その所作を綺麗で、ほぅとため息をついた。その後、笹雪先生は、淡々と、明日以降の説明をして、終わりの挨拶をした。うちは、聖那に

「聖那!一緒にかーえろ!」

と言うと

「うん!」

と言って、リュックサックを背負って、教室を出る。彼女と歩きながら、うちは(ほんまは、炎羅も誘いたかってんけど、さっきの様子を見てたらなぁ)と思いながら、廊下を歩いて、聖那を手すり側にして、ゆっくり階段を降りていく。うちらはその間

「なぁ、担任の先生、めっちゃ優しそうやなかった?」

「そうだね。それに国語の先生だったし、あの先生の授業、受けるの楽しみだね」

「そうやねー!」

そんな会話をしながら、生徒用玄関口を出て、正門を出る。そして、行きの時に通った道に来ると、こっちの家の子が少ないのか、さっきまで人がいっぱいやった、道路はうちらだけになっていた。小さな川沿いに咲いている、桜を眺めながら、歩いていると、横で歩いていた聖那が、急に足を止めて

「ねぇ、時華ちゃん。今更だけど、本当にX Xちゃんのお願い、受けてもよかったの?」

俯いてそう言う彼女。艶々とした腰まである、黒髪が顔を覆い隠して、表情がわからない。返事をしないうちに、焦ったのか

「時華ちゃんのことは、全力で護るよ。だけど、あんな怪しいこと、引き受けて、もし。もし時華ちゃんが嫌な目にあったら…」

早口で捲し立てる聖那。あの時はあんなに頼もしく見えていた姿が、今では、小さく感じる。うちは今にも泣きじゃくりそうな、彼女をそっと抱きしめて

「大丈夫やで聖那。うちは後悔してへんよ。確かにXXのことは信用できひん。やけどね、それでも、聖那の感は信用できるし、何より聖那が守ってくれるんやろ?うちは、何もできひんけどさ」

と言うと

「そんなことない!時華ちゃんはいつも、私に元気とか勇気をくれるよ?だからそんな風に言わないで」

うちを思いっきり抱きしめて、そう言う彼女。うちはその優しさが、少し痛くて、嬉しくて

「ありがとう」

と言った。聖那は、顔を上げて、抱擁から抜け出して、一歩下がりうちのことを、しっかり見て

「時華ちゃん。ごめんね急に泣き言、言って。うん。私が守るよ。時華ちゃんを。」

そう言った。うちは、彼女に手を差し伸ばして

「ありがとう。聖那。よし!帰ろっか。いろんなことありすぎて、お腹すいたわ」

と言った。聖那は

「そうだね…帰ろっか」

うちの手を掴んで、歩き始めた。この時、うちは一瞬、遠くの景色が歪んだような気がしたが、すぐに治ったので、気のせいだと思って、聖那と楽しく喋りながら、家へと帰った。

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