第2話
「えっ、なんて?ごめん。聴き取れへんかった」
と、うちが謝ってそう言うと、霊は表情を変えずに
「私の本体を殺して欲しいの」
淡々と告げた。うちはその姿を見たことがあるような気がした。その時、また頭の奥がズキリと、鈍く痛んだ。うちは頭を振って、誤魔化す。聖那が、心配そうにこちらに向かって
「どうしたの?」
小さく問いかけた。うちは
「なんでもあらへんよ。だいじょーぶ!」
と笑って返す。そんなこんなをしていると、追いかけていた人が
「本体って、それはどこにあるん?」
先程までの感情に荒れていた声ではなく、冷静な声でそう言った。霊は首を横にふり
「分からない」
と言った。それに対し、あの人は
「まぁ、それでもええです。悪霊の記憶なんて、ハナから期待してまへんもの」
そう言うと、霊はちょっと怒った顔をして
「ちょっと?!さっきから気になってたけど。その、悪霊ってのはやめてくれない?!私は悪霊なんかじゃないから。私の名前は X X!」
霊、いや X Xがそう言った。うちは
「それじゃあ、 X Xさんって呼んだらいいん?」
と言うと
「他人行儀すぎて、なんかヤダ!」
そう言って、そっぽを向いてしまった。追いかけていた人は興味がないのか、うちの斜め前で腕を組んで、仁王立ちしてるし。「(もう、どーすりゃいいねん)」と頭を抱え込んだその時、じっとこの状況を見ていた聖那が
「XXちゃん?」
と呟くと
「そう!出来ればそれがいい!」
XXが食いついた。うちは
「りょーかい!それじゃあうちは、XXでもいい?」
「もっちろん!」
わーいとはしゃぐX X。そんな彼女を見て和んでいたが、追いかけていた人が、この空気感を鋭い刃物で、切り裂くかのように
「X X。そのお願いって、こいつらもなの?」
と言うと、穏やかな目から、熱がスッと引いて、真剣な目になり
「うん。三人じゃないと意味がない」
そう言った。追いかけていた人はの目がピクッと、動いたのが分かった。そしてうちは、一番避けたかった事態が起きているのを、身にしみて感じていた。「(あぁ。言われてしもうた。なーとなく、そんな予感はしていたけどな。はぁ。どーしよ。聖那はええけど、うちは視るだけやしな)」と思っていると、うちの後ろ側におった聖那が、うちの左肩に手を置き
「時華ちゃん。受けてみない?ううん。受けよう。これは、受けなきゃいけない気がするの」
一度、言葉を区切って、息を吸う彼女。そしてうちの前に立って
「それにね。時華ちゃんのことは、私が護るよ」
いつになく熱が籠った目で、うちを見つめる。今までに見たことない表情で、思わず唾を飲み込んだ。うちはコクリと頷いて
「分かった。うちも………受けるよ」
「ということで、よろしくね。XXちゃん」
「二人とも。本当にありがとう!」
そんなうちらのやり取りを、見ていたというか、強制的に見せてしまったというか、追いかけていた人が、若干イライラした声で
「あんさんらん。茶番は終わったか?」
と言った。すると、聖那がうちを隠すようにギュッと抱き寄せた。それに追いかけていた人が、チッと舌打ちをして
「あたしは一人でやらしてもらうで。こんなお遊び感覚で、碌に妖と対峙したことがなさそうな、ひ弱な、一般人。のお守りなんて、してられへんので」
と言って、スタスタとうちらの横を通り過ぎ、屋上の出口に向かっていく。うちはその瞬間、あることを思い出した「(そーいや、名前聞いてへんかったなぁ。よし!)」軽く意気込んで、あの人を、大声で呼び止める
「ちょっと、まてい!」
あの人は、肩を跳ねさせた。その反応に「(デジャヴ〜)」と思った。そしてあの人は、余裕を感じさせる所作で、こちらを向き、早足で近づくと
「何か用?言っとくけど、あたしと一緒にやりたいなんてアホ抜かすんやったら、お断………」
「名前、なんて言うんですか?」
うちを抱きしめていた聖那が
「えっ?なんでこのタイミング?」
って小声で言い、X Xは
「マジで?マイペースだね〜」
苦笑いや、肩を震わせて笑いを堪えていた。あの人も、ポカーンと口を開け、間抜けな表情をしていた。しばらくそのままやって、うちが
「おーい」
と目の前で手を振ると、あの人はハッとして、素早く一歩後ずさり
「炎羅」
と呟いた。うちは名前を知れた喜びで、炎羅とうちに空いた距離を詰めて、手を取り
「炎羅、ええ名前やん!うちは時華。こっちは聖那!教えてくれてありがとーな!」
そう言うと、炎羅はうちの手を、強引に振り解き
「さよか」
と言って、俯いてしまった。うちは「(流石に距離、詰めすぎたかなぁ)」と思ったが、この人の耳が薄紅色に染まっているのを見て「(案外、ツンデレさんかも)」と心が弾んだ。うちはそのテンションのまんま
「なぁX X!」
「なぁーに?」
「うちらはいつ、ここに来たらいいん?」
と尋ねると、X Xは、考える人のポーズをとって、何やら考え込む。そして、ポンと手を叩き
「それじゃ、明日のお昼にでも来て」
そう言った。うちは
「りょーかい!」
と答えた。一通りかは分からないけど、片付いた。それに安堵していると、うちは、とある事実に気がついた
「あっ!聖那!今からでも入学式、間に合いそう?!」
彼女は腕時計を確認して
「時華ちゃん。急がないと!後十分で始まっちゃう!」
と言った。「(そうだ。入学式なんか、どうでもいいって思ってた。間に合わなかったらそれでいいかなって。でも間に合いそうなら)」
「話は別!急げいそげー!じゃあXX、炎羅。また明日!」
うちは聖那の手を引いて、屋上を後にした。階段が苦手な聖那に、一言
「ちょっとごめん!」
言って、お姫様抱っこをする。彼女は
「え、えぇ!恥ずかしいよぉ」
と言っていたけど、うちは、階段を駆け降りるスピードを緩めずに
「ほんまにごめん!文句は後で聞く!」
そう言って、落とさないように、もう一度しっかり、抱えた。うちは体育館のすぐそばの、人目につかないところで、彼女を降ろす
「もー」
「ほんまにごめん!」
両手を勢いよく合わせ頭を下げる。すると
「別に怒ってなんかいないよ。時華ちゃんが、階段が怖い私を、置いて行かないようにしてくれたんだよね?」
「うん」
「時華ちゃん。顔、上げて?」
言われるがままに顔を上げたうち。すると
「本当にありがとう」
まるで女神様のような、慈愛がこもった温かい微笑みを浮かべた彼女。それに対して
「うん。どーいたしまして」
笑顔で応えるうち。このやり取りを、なぜか後ろからついてきていた炎羅が
「失礼やけど、あんさんらの距離感、バグってまへん?」
と言うと、聖那ちゃんが、さっきの暖かさを鳴り顰めて
「いいでしょう?」
うっそりと笑った。その笑顔にうちは背筋が凍る。そんなことをお構い無しに
「はん!仲良しごっこに精が出て、いいですなぁ」
負けず劣らずの笑顔で対抗する炎羅。もう春で、しかもさっき全速力で階段を駆け降りて、暑いはずなのに、鳥肌が立っていた。「(いやー、空がきれいやなぁ)」と思考を、明後日に飛ばしていると、体育館の方から
「下村さん!どこに行っていたのですか!探しましたよ。さぁ早く打ち合わせを行いますよ!…あぁ、そっちの二人も早く席に着いてくださいね」
と言って、炎羅を連れて行った。うちは、あの空気感が霧散したことに、ほっと息をついた。そして顔を見合わせて
「とりあえず。言われた通りに、体育館に行こっか」
「そうだね」
そう言って、うちらも体育館の方に向かった。入り口からそっーと入ると、中は案外、騒がしかった。「(シーンとした空気感やなくて良かった)」と胸を撫で下ろす。聖那が、うちの袖口を、くいっと引っ張って
「あそこが空いてるから、そこに座らない?」
と空いている席の方に、顔を向けた。うちは頷いて、そこに向かう。タイミングよく
「静かに。………間もなく、体育館に保護者の方が入場されます。係の先生方は持ち場への移動の方を、よろしくお願いします」
威厳のある低めの声が、スピーカーを通して、体育館に響いた。そう、珍しいことに、この高校は、体育館での式の後に、クラス発表が執り行われるため、保護者より先に、生徒が入るシステムらしい。一旦、あの先生らしき人の声で、静まりかえった体育館内が、またざわざわしてきた時
「なんか、ドキドキしてきたね。時華ちゃん」
聖那が、そっと耳打ちしてきた。うちも同じように、彼女の耳元に、口を近づけて
「そうやね。なんかソワソワしてきたわ………そういやさ、炎羅が行った打ち合わせって、一体なんなんやろうな」
と言うと、彼女は少し不満げな顔をして
「うーん。別になんでもいいけど。まぁ、考えられるのは、新入生代表か、在校生代表のどっちかじゃない?」
「確かに!」
そんな会話をしている間に、保護者の入場が終わったのか
「静かにしてください。ただいまより、第三十一回入学式を、始めます。皆様。御起立ください。はじめに、国家斉唱」
ザッ、という音が立つぐらいに、洗練された動きで立ち上がったうちら。耳に聞こえてくるんは、こういう式典でお馴染みの、国家の伴奏。うちはこれから始まる高校生活に、期待と不安と疑問を抱えつつ、歌う。いよいよ、入学式の始まりや!
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