3-2
彼は高いところが苦手だ。だから、遊園地に誘ってくれたあの日、私は思わず聞いてしまった。
「乗れるもの、あるんですか?」
「なかなか厳しいことを言ってくれるね」
彼は弱った声を出し、眉を八の字にする。
「でも、君は好きだろう?」
「そうですね」
どこか覚えた違和感を隠すように、私は満面の笑みを浮かべた。
無理をして乗ってくれた急流すべりで、彼はふらふらになってしまった。だから、その後は、私一人でアトラクションに乗り込む。日の当たるベンチから彼は手を振ってくれた。私はそれに応えた。
「暇じゃないですか?」
「案外、手を振るのは楽しいんだよ」
「本当ですか」
「本当だよ」
回転ブランコから見えた彼の表情に、私が触れることはなかった。
「それじゃあ行こうか」
彼はベンチから立ち上がり、私の手を引く。向かう先は、この港のシンボルである観覧車だ。どうやら、これに乗るために私を誘ってくれたらしい。だが、不安だ。
「高いところ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、だよ」
区切られた言葉に不安は増す。エレベーターのガラス窓ですら彼は怖がる。大丈夫なはずがない。
乗り場が近づくと、彼の足取りは重くなる。だが、多くの人が並ぶその列から、今更外れることなどできない。
順番が回ってきた。私は難なく動くゴンドラに乗り込むが、彼はなかなか踏ん切りがつかず、係員に急かされて、何とかゴンドラに足を踏み入れた。その衝撃で、箱は揺れる。彼は短い悲鳴を上げた。
いつも堂々としている彼のその姿を、面白いと思ってしまった私は少し意地が悪いのかもしれない。
私と彼は向かい合って座った。隣に座りたいと言っても、ゴンドラが偏るから、と許してくれなかった。彼はこぶしを握り締めている。
「やっぱりやめた方がよかったですね」
「ごめんね」
彼は俯く。
「でも、君が楽しそうに話をしていたから」
私は記憶を手繰り寄せる。そんな話をしただろうか。そういえば、この観覧車は、私の好きなドラマのワンシーンに使われていた。
ずいぶん無理をしているのだろう。おしゃべりな彼の口数は減りに減り、ほとんど無言だ。本当に怖いらしい。よく見れば、身体も小さく震えている。
私は思い切って彼の横に席を移した。声にならない悲鳴を上げた彼の手を握る。そして、その背を撫でた。
しばらくすると、彼の震えは収まった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
嬉しかった。
彼はいつも私を楽しませてくれる。何でもしてくれる。そんな彼に何かを返すことができた。そんな気になった。ただの自己満足でもよかった。
十五分の空中遊覧の中、私の心は満たされていた。
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