episode.8:酒

「また会いに来たのかい?」


 彼は言う。

 着物を着流した男性。彼は酒。


「体に良くない」

「知ってるさ」


 言葉とは裏腹に、彼は僕の酒器になみなみと液体を注ぐ。

 朱い酒器に収まったそれは、強い香りを上げて僕を誘う。


「どうぞ」

「どうも」


 彼と僕は互いの酒器を持ち上げ、乾杯した。

 

 口の中を潤すそれは、喉を通ると、炎に変わる。

 首の内側を焼かれる感覚がたまらない。

 僕はその倒錯に酔いしれる。


「そろそろ、やめた方がいいんじゃないか?」


 彼のへらへらした声が聞こえる。

 僕はそれにからからと適当なことを言う。


「もう駄目だな」


 彼が言った。

 

 手に持った酒器から液体があふれ出し、僕を呑み込んだ。

 僕はその中で溺れながら、けらけらと笑う。


 素面に戻ることは、二度とないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る