第52話 戦いのゆくえは

 俺は神通力のブーストで魔力で身体能力向上したときよりも圧倒的に早い動きでサタンに迫った。サタンも応戦するが、先ほどのような技の冴えがない。よほど天照の術式が効いたと見える。


 サタンは舌打ちをして一旦ふわりと飛びながら後退すると、魔法を唱えた。


魔神の雷デモンズライトニング


 電流がこちらに飛んでくる。絶対防御プロテクションでは防げないのはわかっていた。こちらも魔法を繰り出して応戦する。


戦神の守りウォーリアディフェンス!」


 俺の前に男性の戦神いくさがみが現れ、斧を回転させることで金属でできた斧の刃の部分に雷が吸収されていく。サタンの目前まで行くと戦神は姿を消し、俺はサタンを斬りつけた。


 と思ったが、それは予定調和。察知していたサタンは俺の刃を避けた。そして俺の目を狙って剣を突き出してくる。


蛇神の視線メデューサロック!」


 すると、俺の目の先にあった剣が砂になって消えていく。サタンは舌打ちをして新しい剣を生み出すが、それより俺がサタンにたどり着くほうが速い。


「ぐっ……!」


 サタンの肩を村正で切る。骨を斬るまでには至らず、肉を斬っただけだったが十分だ。


 肩の筋肉を斬られたサタンがすぐに治癒で直そうとするのを、俺はたたみかけた。片手で俺の剣をさばききれないと悟ったサタンは飛び上がり、上から魔法を撃ってきた。


死神の抱擁リッパーズエンブレイス


 俺の周囲を大きな鎌を持った死神が囲う。さっきまでだったら焦っていただろうが、今の俺は冷静だった。高速で俺の周りを回り俺が目を回すのを狙っているようだが、そんなものは効かない。


心臓の選別ハートセレクション!」


 高速で回っていた一体の死神が胸を抱える。こいつが本体か。


 俺は神通力を纏わせてその死神を斬ったところ、周りにいた死神も消えた。偽物だったというわけか。魔法を使えなかったら無駄に時間を使ってタイムリミットを迎えるところだった。


 俺は静かにサタンを見る。サタンは首をかしげて笑っていた。何がおかしい。


「そろそろタイムリミットだろう。お前はここで死ぬんだ。そしてお前を私が食らい、さらなる高次の存在になり人間界にモンスターを進出させる。それはさぞ、楽しい見世物になるだろうよ」


 狂ってる。それが第一の感想だった。


 こいつも増田と同じで自分が楽しかったりよければいいタイプの存在だ。悪魔なんだから当然と言われればそうかもしれないが、悪魔側のことしか考えていない。


 人間を蹂躙されてはたまらない。俺は、考えた。こいつを倒す方法を。そこで閃いた。


 魔法という相手の土俵で戦っているから勝てないのだ。俺には神通力がある。さっき天照が使った術式の最高位を使えば、倒せる。しかし確実に効くとは限らない。人間と魔王、それだけの格の違いがあるのだ。


 時間は残り僅か。脚が壊死してきて痛みを感じなくなってきた。これが、最後の一撃になるだろう。


 俺は村正を高く放り投げると両手を合わせた。


神式術式・八百万之神しんしきじゅつしき・やおよろずのかみ


 これは、天照が本来使うものだ。だから神通力の消費も莫大である。部屋に幾人もの神が現れ、それぞれ得意とする攻撃をした。


「それは、天照の……! ぐっ、おおおおおおお!」


 神々に様々な方法で拘束され、動けないサタンは神々の攻撃を一身に受けた。全身から血が飛び散っても攻撃は止まない。消し炭になるまで攻撃を続ける勢いだ。俺は高く放り投げた村正をキャッチして、サタンに近づいていく。


「待って、消す前に言いたいことがある」


「はぁ……はぁ……」


 サタンはもはや喋ることすらできないほどの瀕死状態だ。俺はサタンの前に立ち、顎を持ち上げて俺の顔を見上げさせた。そこには余裕はなく、死への恐怖が滲んでいた。


「お前はやりすぎたんだ。俺を怒らせ、天照を傷つけた。それだけで、殺すだけの理由になる。お前が死ねば、ダンジョンはこの世から消えるのか?」


「ふ……。殺したいのであれば、殺せ。ダンジョンは消えることはない。次に新しい魔王が現れ、ダンジョンを作るだろう」


「そうかい。ああ。殺すとも。ゆっくり、時間をかけてな」


 俺の背後から次から次へと様々な神様が顔を覗かせてくる。それが膨れ上がるほどサタンの恐怖の顔が強くなってくる。


「やれ」


「う、があああああああ!」


 俺はサタンの死にざまなんて興味はない。背中を向けて、八百万の神たちがサタンをいたぶる声を背中で聞いた。戦いは、終わったのだ。


 俺は神式術式で呪いを祓い、改めて治癒をかける。すると壊死しかかっていた脚のやけどがよくなっていく。俺はそれを確認すると、天照と野々花のほうに歩いていった。野々花が天照をゆっくり横にさせると駆けだしてきて抱きつく。


「よかった……! おじさん、死んじゃうのかって……! 私、私……!」


「死んでないだろう? もう大丈夫だ。天照は?」


「天照さまは弱ってる。どうにかしないと……」


 それを聞いて、俺は天照のほうに歩いていく。すると天照は目を開いて、俺を愛おしそうに見つめた。


「逸見、やったのですね」


「ああ。待ってて、神通力を分けるから」


 俺がしゃがんで天照に手をかざすと、手のひらから光の粉が天照に向かっていく。それは天照の体に吸収されて天照の顔に生気が戻ってくる。それにほっとすると、天照は起き上がった。壁にもたれて、俺に朗らかな笑顔を向ける。


「逸見、これからも日ノ本を守ってくださいまし。手に抱えられる程度でいい。そのためにあなたを神憑きに選んだのですから」


「もちろん、これからもやるよ。天照のためだし、何より稼げるからね」


「ふふ……。そこなる少女」


「はっ、はい!」


 野々花は背筋を伸ばして緊張した面持ちで天照を見る。天照はふふ、と笑って野々花を慈愛の目で見る。


「ありがとう。あなたがこの光景を映していてくれるおかげで、神の存在は認知されるでしょう。信仰心が集まるかはわかりませんが、神を信じる人は増えるでしょう」


《マジで天照が実在したなんて……》


《サタンが実在したのも驚きだったけど、今二人は日本の最高神と話してる……ってコト!?》


《これからは、ちょっとした幸せを見つけられたら神様に感謝するようにするよ》


 前向きなコメント欄を見たのか、天照は笑った。


「みなさん、神は身近にいるものです。私のような者から、小さな神まで。それをどうか、忘れないでください。……ダンジョンが崩壊します。私は、天界に戻らなくては」


「お別れ、か」


「これが永劫の別れではありません。あなたたちの心に生きているうちは、会っているのと同じですから」


 時空が歪み始める。天照は立って、光の粉になって消えていく。


「ありがとう。勇気ある神憑き。昔の私をほうふつとした戦いでした」


「こちらこそありがとう。生かしてくれて」


 天照は一瞬驚いた顔をして、微笑んだと同時に光の粉になって消えていく。外に戻った時にはちょうどお昼時で、十月の少し肌寒い中での防寒着は少し暑くて脱ぐ。


「な、何があった!? ダンジョンボスを倒したのか!?」


「課長は知らなくていいですよ。それより、自分の心配したほうがいいんじゃないですか」


「そうそう。今コメント見てるけど、電話凸止まないみたいだよ。終わったね、新井田おじさん!」


 新井田課長はうなだれる。俺はそれを晴れ晴れとした気持ちで見て、空を見上げる。天照もこの光景を、見ているだろうか。

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