第51話 サタンとの戦い
俺はサタンと間合いを取って、村正を構えた。聞きたいことは山ほどあるんだ。
「お前が天照をあんなふうにしたのか」
「半分正解で、半分不正解だ。捕えたときにはすでに衰弱していた。人間が神を忘れ去り、信仰心を捧げなくなった影響だ。おかげでずいぶんとダンジョンから人間を奪ってはモンスターや悪魔に食らわせて力をつけさせられた。感謝しているよ」
「なんてことを……」
「私は常常々疑問に思っていたんだ。この地球という星が神々の者であるかのような傲慢。最近はようやく神を信じなくなってきてダンジョンを作ることを抑制できなくなったみたいだがね」
俺はその言葉を受けて傷つく。神にずっと助けられていたのに、神なんて半分架空の存在だと定義づけて今まで生きていたのは間違いだったのか。だから、天照があんなに衰弱して……。
俺は叫びたくなるのをぐっとこらえた。俺のせいであり、全国民のせいだ。中には信心深い人もいるだろうが、それだけじゃ足りない。だから天照はまだまっさらな俺に託した。
天照の気持ちを考える。救ってやっていたのに信じられていないというのは、さぞつらかっただろう。俺は目先の金につられて力をばんばん使っていたが、天照にとっては負担だったんじゃないか。最悪の想像ばかりしてしまう。
でも、そんなのはもう終わってしまったことだ。現に天照は助けられたし、俺は力を使わないと勝てない。俺の悲願は成就したのだ、天照に恩返しをしなければならない。
そのためには、サタンを倒さなければいけない。悪魔の中でも最高位、いや頂点に立つ存在だ。激戦は避けられないだろう。
俺は村正を構えなおす。野々花に視線を送って、下がるように視線で天照を差す。さすがに最上位魔法を使わなければ対抗できないだろう。それに野々花を巻きこむわけにはいかない。
野々花は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐにしゃきっとした表情になって天照のほうに駆けていく。いい子だ。
「最後のお別れは済んだか?」
悠然としているサタンを睨む。俺程度の睨みは全然効かないようで、鼻まで鳴らしている。見返してやる。天照をあんな目にあわせた罪を償わせる。
「俺が神を信仰していなかったのは確かだ。だけど、今変わった。俺は天照を信じるし、あんな目に合わせたお前を許さない」
「ほう……。では、どうする?」
「こうするに……決まってんだろ!」
俺は瞬間移動の魔法を使ってサタンの背後を取る。そして斜めに斬りつけた。
だが、それが届くことはない。突如として現れたコウモリの翼によって防がれたのだ。骨もそこまで太くないのに、どうしてこんなに硬いのか。
サタンは翼を広げて俺を吹き飛ばす。俺は床に手をついて滑るのを止めると、サタンが振り返って飛び上がり、作り出した剣を持ち振り下ろしてくる。俺は体勢を立て直せていないまま剣を受けることになり、思わず膝をつく。
「この程度の攻撃で私がやられると思ったか? どうだ、命の恩人をここまで衰弱させた張本人の刃は」
「最低だ……!」
「そうか、それは高評価だな。では、始めようか」
ぞく、俺の背中に本能的な寒気が走る。剣をなんとか弾いて距離を取っても、サタンがぴったりと追いかけてきて剣戟が始まる。頭の先から足先まで全神経を集中して急所を狙った重い一撃一撃をいなしていく。
俺も防戦一方ではない。ほんの一瞬の隙を見つけては急所を狙うが、わずかな動きでかわされてしまう。サタンの剣術は俺のはるか先にあった。だが、こんなところでは終われない。
俺は精いっぱいの力を込めてサタンの剣を弾く。そしてできた隙に最上位の魔法をかぶせる。
「
最上位魔法。通常の人間では使うことすら命の危険があるほどの魔力の使用量だ。だがこの五か月鍛えた魔力の器は大きくなり、連発を可能にしている。
空間からいくつもの巨大な光の鞭が伸び、サタンを滅多打ちにする。サタンは大して抵抗するでもなく鞭に打たれて床を転がった。まだやってない。サタンの冷たい魔力がひしひしと感じられるから。
サタンは起き上がりながら乱れた髪の毛をかきあげ、にたりと笑う。
「いい魔力だ。伊達に神憑きではないということか」
「まったく効いてない……!?」
「所詮器は人間ということだ。こちらからもいくぞ。
ぶわっ、と赤黒い炎が俺に迫ってくる。俺は思わず叫んだ。
「
「甘い。
俺の前を守っていた
「
俺はすかさず治癒をかけるが、治りが悪い。サタンは笑った。
「私の呪いがかかった炎が
残り十分、与えられたリミットだ。俺の足がどうなってもいい。でも、この男だけは殺さなければならない。天照と野々花という大切なものを背負っているからこそ、負けるわけにはいかなかった。
俺は村正を下段に構え、痛む脚を我慢して走った。サタンはにやりと笑って俺の剣を受け流していく。それどころか痛む脚を引っかけられ、転ばされた。
「はは、無様だな神憑き。我が手下を倒してきたとは思えない無様さだ」
「まだ勝負は……」
「ついているんだよ。ものわかりが悪いな」
頭を踏まれる。割れるように痛くて起き上がろうとするが、上からの力は逆らえない。
「おじさん!」
「来るな野々花!」
「救援よりも自分の死を望むか。高潔な考えだ。だが、俺はこのまま頭を踏み潰してしまってもいいのだぞ?」
「ぐ、あ……!」
頭が割れるような痛みが強くなる。なんとかしなければ。でも、どうやって。こんな絶望的な状態で、どう抗えばいいんだ。俺は絶望の中で目を閉じた。
「死なないでくださいまし」
その声に目を開く。天照が野々花に支えられて立っていた。凛とした表情をしていて、その目に迷いはない。まさか。
「……ほう。覚悟を決めたか、天照」
「それだけはだめだ! だって、あなたが消えたら……!」
「消えません。先ほどは神通力を分けてくれてありがとう、逸見。私のかわいい神憑き。サタン、これは餞別です。
半透明の天照がサタンの背後に現れ、抱擁する。とたんにサタンは苦しみだした。
「天照、おのれ……!」
「神に対抗できるのは神のみ。今のあなたは神憑きと同じ。逸見、あとは、頼みまし……たよ……」
「お姉さん!」
天照は意識を失ったようだった。野々花が天照を支えて膝枕をする。
俺は絶望から、怒りに感情が移っていった。どうして瀕死の天照の手を煩わせるだけの力しか持ち合わせていないんだ、俺は。天照はこれで俺と同等と言った。ならば、仇を取らねば釣り合わないということ。
俺は力を振り絞って起き上がる。サタンが始めて驚いた顔をしたのが見えた。今の俺は怒っている。今までで一番だ。この怒りを鎮めるには、サタンの死しか鎮めることはできない。
俺は起き上がって、村正を構えなおす。何歩か後ずさったサタンの顔に焦りが一瞬あったが、すぐに悠然とした顔に戻る。その顔が、何よりも気に食わない。
「サタン。天照の仇、取らせてもらう」
それと同時に俺の体を膨大な神通力が纏う。魔法では勝てない。ならば、神の力に手を借りるまで。
最後の一戦が、始まろうとしていた。
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