第50話 天照の救出
上の階に登ったそこにあったのは、黒を基調とした祭壇と、あのとき俺に力を与えてくれた女性が黒いもやを背負って浮かんでいた。この前みたいに半透明ではなく、実体がありぐったりとしている。彼女が、天照だったなんて。
その背後には美しい金髪の美丈夫が山羊の角を生やして豪華な椅子座っていた。俺はそれだけで駆けだしそうになるが、必死にこらえる。下手に動けば天照が殺されてしまうかもしれない。
サタンと思われる山羊の角を生やした男性は黒を基調にした中世ヨーロッパ風の服装を身にまとい、靴をかつかつと鳴らしながら浮遊している天照の横に立つ。赤い目が、俺を射抜く。
「やあ、神憑き。俺はサタン。魔王をしている。ご機嫌はいかがかな?」
「……天照を解放しろ」
「それはできない相談だ。お前を神憑きにした存在を粛清していたところだからな。もっとも、神憑きとしての力は全部お前に移譲されていて、こいつはほとんどただの抜け殻だったが」
「どういうことだ」
俺は村正を構える。サタンはふ、と笑って、天照の顎を掴む。
「俺は力をこの数千年の間に蓄えていると思ったんだがねえ。まさか、それを隠すためにお前のような末裔を選んでことを進めているとは思わなかったよ。差し向けたオーガも神憑きの力の受け渡しが成功してしまったせいで無駄になってしまったしな」
「なにを……言っているんだ?」
理解が追いつかない。あのオーガ、確かに俺の名前を呼んだけど、差し向けられていた?
それを聞いて野々花に視線をやると、野々花はあの時のことを語りだす。
「もう五か月も前のことだから覚えてないけど……。オーガが突然黒い煙みたいのに包まれて、おじさんの名前を呼んだの。野々花は意味わかんないから戦ってたら、おじさんがきた。それしか野々花わからないよ」
野々花の証言が本当で、サタンの末裔発言が本当なら、俺は天照の子孫だった……? いやいや、そんな皇族じゃあるまいし。もし本当に血を分けて末端の存在だったとしても、なんの能力もない俺に力を預けたんだ?
「長岡逸見。お前は日本人の中で、随一に神憑きとしての適正が高く産まれた。そんなこと、お前の両親も知りもしないがな。今までの災難も苦悩も、全部俺が差し向けたこと。お前が自ら命を絶つように仕向けた」
「なにを……」
「幼いころからいじめられて育ってきただろう? あれはあいつらの心の中の悪魔を育てて俺が仕向けた。まさか本当に生き抜いてしまうとは思わなかったがな。それにこの女の邪魔も入った。命を絶つほどまでのいじめに社会人になるまで発展しなかったのはそのためだ」
俺のいじめが仕組まれていた、だと。確かにつらい日々だったが、両親が優しかったから生きることができたようなものだ。じゃあ、両親が優しかったのは天照の加護だったというわけか。
そんなの、俺は知らない。俺は神様に選ばれるような存在じゃないのだ。それは自分が一番よくわかっている。
待て、それすらもサタンの計算のうちだったら? 俺は、神憑きになるべく産まれたのを狙われていたのか。だから何もしてないのに初対面の印象が異常に悪かったり、挨拶をしただけで嫌われたりしていたのだ。
すべてのピースが、かちっとはまった気がした。すべてはこのサタンのせいだったのだ。それから守ってくれていたのが天照。俺は、知らずのうちに神に助けられていた。
野々花もきっと、天照が守ってくれていたのだろう。きっと、たぶんだけど。俺が絶望して生きないように、仲間を作って。
その真意は今は聞けない。まずは天照を助けるのが先だ。
「……サタン。俺はお前を、許さない」
「好きにするといい。その前に相手をするのは、この女だ。特別にベリアルを憑けてある。面白いおもちゃだ。せいぜい楽しんでくれ」
そう言うとサタンは後ろに下がった、浮遊している天照が、最後の力を振り絞ったように口を開く。
「私を殺して……早く……!」
「そんなことできない!」
「ああ、嫌……! 逸見、逃げなさい……!」
ぎぎぎ、と抵抗している骨の音がしたと思うと、天照の右手が前に差し出される。魔力と神通力が混在して放たれる熱は、まるで太陽のように眩しく熱い。
俺はとっさに野々花を脇に抱えて逃げていた。身体能力向上の魔法はまだ続いている。羽根のように軽く感じる野々花を抱えながら超速で打ち出される熱の玉を避けていく。
天照を斬ることはできない。となれば、大規模な魔法も使えないということだ。巻きこんでしまう。
俺は避けながら考えた。どうすれば、天照を傷つけずに彼女を救えるだろう。
『ほら、まだまだァ! こいつの体は居心地は悪いが使い勝手は最高だ! ほらほら、天照の力が尽きて死んでしまうぞ!』
「くっ……!」
「おじさん、あの人は……?」
「俺の命の恩人だ。それより、頭を庇え!」
すると野々花は素直に頭を庇う仕草をした。それでいい。野々花ではたぶん、この戦いは……。
待てよ、野々花は若くて元から身体能力も高い。ダンジョン内ならなおさらだ。俺たちはダンジョン内でレベルアップしてさらに強くなり、身体能力にボーナスを与えられる。今の野々花なら、いけるかもしれない。
「野々花、いいか!?」
「なに、おじさん!」
「ベリアルの気を引いてくれ、あとは俺が決める!」
野々花は少しの間黙っていた。そして俺を見上げて頷く。
「わかった! 野々花も限界あるから、そこはよろしく!」
『おっ、話し合いは終わったか? じゃあ、死ね!』
熱の玉が超高速で俺たちを追い、床にぶつかってそこを軽く抉る。床はもはや浅いクレーターだらけになっていて、当たったら怪我では済まないことを意味している。
俺は野々花をタイミングを見計らって離した。野々花はぐんと俺よりも早く走り、ベリアルを挑発する。
「年上のおじさんでも避けられるんだもん。野々花に避けられないわけないよね!」
『この……っ! 小娘ふぜいが!』
熱の玉が野々花をめがけて一気に飛んでいく。野々花は走るギアを上げてそれを完璧に避けてみせた。
そしてベリアルは気付く。挑発に乗ってしまったことに。天照の至近距離まで俺が近づいていた。
『ええい! こざかしい!』
「
熱の玉をプロテクションで一時的に防ぐ。そして俺は片手を顔の前で立てて神通力を発動させる。
「
バチっとベリアルと天照の体に一瞬電気が走る。ベリアルである黒いもやと天照が分離され、天照が床に倒れ伏す。黒いもやが素早く憑りつこうとするのを、俺は村正で突き刺した。
『ぐあっ! ふ、でも村正ではあまり効かんぞ。妖力は魔力に通じて……』
「なら、神通力に書き換えればいい」
村正が放っていた紫色のオーラが白いオーラに変わっていく。ベリアルが恐怖の短い悲鳴をあげる。神通力は村正が刺さったところからじわじわと広がっていき、悪魔を祓う。
『サタン様! お助けください!』
「神憑きの機転程度でやられるのならいらぬ。死ぬがよい」
『そんな……! ああ、体が崩れ……て……』
黒いもやが完全に白に染まり、粉になって消えていく。俺は天照に近づいて膝をつき体をゆする。
「天照、天照!」
「ふふ……。私を様づけで呼ばない人間はあなただけです」
「あっ、申し訳……」
「いいのです。……助けてくれてありがとう、逸見。あなたを選んだかいがありました。清い魂の子……」
天照の暖かい手が俺の頬に伸びる。俺は衰弱している天照に神通力を分け与えた。あのとき、力をもらって助けられたように。
天照が深い息をつく。少し落ち着いた様子だ。俺はサタンが攻撃してこないか警戒したが、サタンは入り口を顎で指した。連れていけということだろうか。
とにかく、安全なところで休ませるしかない。俺は天照を背負って運び、入口付近の壁にもたれさせて様子を見る。正常な呼吸だ。乱れはない。衰弱こそしているものの、今すぐどうこうなるものではないと見た。
俺は振り返ってサタンを睨む。男は不敵に笑っているのみ。
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