第49話 悪魔憑き
ビーストオーガは壁まで走っていったと思うと、壁を構築している白い何らかの石のような物体を引き抜いた。
そしてこちらを狙いすまして投げてくる。そのスピードは豪速球と言っても過言ではなく、俺と野々花を狙ったものをなんとか避けた。俺たちの後ろの壁には穴が開いている。それほどのスピードで投げたということだ。
俺と野々花は確認だけしてすぐに前を見る。ビーストオーガが二投目を投げようとしていたところに一斉に斬りかかる。
「
これで野々花の剣にも鋭さが増した。身体能力向上の魔法と合わせて凶悪になった刃がビーストオーガに迫る。
ビーストオーガは素早くそれを避けると野々花の腹に鋭い爪を突き立てようとする。続いて俺がその腕を斬り落としにかかる。
ビーストオーガは野々花の腹に突き立てようとした爪を手を広げることで受け止める形にし、俺に投げてよこした。
「なっ……! 野々花!」
俺は振り下ろそうとした刃を寸前で止め野々花を受け止めて床を滑る。少し皮膚がこすれた感じがあったが、大した怪我ではない。
「おじさん、大丈夫!?」
「大丈夫だ。早く起きないとビーストオーガの餌食だぞ」
野々花ははっとしてすぐさま起き上がってビーストオーガのほうを見る。ビーストオーガは、中堅どころとは思えないスピードでこちらに迫ってきていた。
俺は仰向けになっていたのを手と足、あと腹筋を使って飛び跳ねるように起きる。そして、野々花の手を取って突進に巻きこまれないようにした。
ビーストオーガはそれをわかっていたようで、爪を地面に立てて急ブレーキすると、再び突進してくる。俺たちは二手に分かれると、俺のほうにビーストオーガは向かってくる。
「
瞬間、ビーストオーガが急ブレーキをかけて胸を押さえる。さすがに心臓を魔力で鷲掴みされれば苦しいだろう。だが、仮にも悪魔憑き。ビーストオーガが咆哮をあげると魔法の反応が弱くなったのを感じる。
「魔法殺しも搭載してるのか」
『悪魔様のおかげよォ。お前らはここで死ぬんだ。あの卑怯者と一緒にな』
「ひっ」
新井田課長が少し出していた頭を引っ込める。本当に役に立たないなこの人。ダンジョン配信してるというから多少の強さを期待していたが、最初期の俺のように安全な場所ばかりを選んで攻略していたに違いない。
それ自体を笑うつもりはない。だが、あれだけ俺のことをクズだのゴミだの言ってきた新井田課長が俺たちの力を頼らないと生き延びられないというのがお笑い草だ。この光景だけで酒が飲めそうである。
俺は刀を下段に構える。今まで中段に構えていたが、振り下ろす動作の間に何かアクションを起こされていることが多いからだ。ビーストオーガはにたぁ、と笑って俺のほうに再び突進してくる。
『
その瞬間、俺の筋肉を接合している腱という腱が弾ける音がした。それを聞いた野々花が猛ダッシュで走ってくるが、間に合わない。ならば。
「
俺の影から闇の手が伸びて、ビーストオーガを縛り上げる。その間に俺は自分に治癒をかけて動けるようになった。心臓が数秒だったが完全に止まっていたのだ。機転を利かさなかったら今ごろビーストオーガの餌である。
ビーストオーガは闇の手の呪縛から逃げようとすると、背後の黒いもやが動いた。その瞬間闇の手がビーストオーガに吸収されていく。
俺は完全に吸収される前に術を解除したが、一部はビーストオーガの力になったらしい。感じる魔力が大きくなった。どちらも本気、ということだ。
『準備運動はここまでだ。……次は本気でいくぞ』
「こいよ。悪魔憑きだろうが、人間の強さを思い知らせてやる」
『こいつ、生意気な口をォッ!』
ビーストオーガは咆哮をあげた。すると闇のとばりが落ちる。野々花の姿も見えない。完全に隔離された。
そんな俺の背後から迫る気配を察知し、俺は身をかわした。明らかにビーストオーガの腕だ。
本来ビーストオーガくらいの中堅だと魔法が使えないことが多い。それをこんな大規模な魔法の檻に入れるということは、バックにいる悪魔がそれを可能にしているのだ。
俺はビーストオーガの気配を察知するたびにそれを避ける。スピードが速いので避けるのがギリギリだが、攻撃をするときだけ一瞬気配を感じるのが唯一の救いだ。
俺は目を閉じる。そして、村正を握りしめた。精神を統一する。ほんのわずかな物音、気配すら見逃さないように。相打ちを狙ってくる可能性もある。野々花の気配も思い出しながらさらに集中を重ねていく。
背後でかすかに足音がした。そして一気に近寄ってきて俺の背後から腕を伸ばしてきた。俺は余裕をもってそれを避け、ビーストオーガの腕であることをきっちり確認してから刃を上に振り上げる。
『グオオオオオオオ!』
獣と、そしてもう一つの声がこだまする。もう一つはサタンが憑けたという悪魔のものだろう。
腕を失ってパニックになったビーストオーガの闇のとばりが明ける。位置関係はビーストオーガ以外変わっておらず、野々花は無事だった。ほっと一息をつく間もなく、俺はもう片方の腕も切断した。
『ぐ……げ……』
ビーストオーガはあまりの痛みと出血でショックを起こし、痙攣しながら床に倒れた。しかし、死体が他の魔物と違ってすすとなって消えない。
おかしい。そう思った瞬間、死に瀕しているはずのビーストオーガの口が動いた。
『死体が消えないのが不思議か? 小僧』
「……お前が悪魔か」
『ご名答。まあ、サタン様の命令でこのビーストオーガに憑いたはいいが……。あまり使い物にならなかったな。神憑き相手になら勝てるというのは奢りだったか』
「何が目的だ」
そう問うと、悪魔はくつくつと笑い始めた。言いようのない不気味さを感じて俺が村正を向けると、少し緊迫した空気になる。
『俺を殺すのか?』
「当たり前だ。悪魔憑きの悪魔とわかった以上、生かしておけない。魔王サタンの居場所を吐け」
『ふ……ふはは! お前がサタン様に勝てるものか! あの女も回収したことだし、後はお前を殺すだけなのだからな!』
「どうういう意味だ」
俺が問いただしても笑っている。俺は苛立って黒いもやに村正を少し突き刺した。
『慌てるなよ、お前は運よくゴールにたどり着いているのだから』
「ゴール……?」
『そうだ。この上の階が最終フロアになっているが、ダンジョンボスはいない。なぜなら『片づけた』からな』
「片づけた……?」
なぜそんなことをする必要があるのだろう。それに、あの女って……。嫌な予感がする。そしてそれは、俺の場合だいたい的中するのだ。
『あの女……
よく喋る悪魔を処理して、俺は刃を抜く。黒いもやは霧散してなくなり、同時にビーストオーガの体もすすになって消えた。
天照……。天照大御神のことか? それと俺がどう関係しているっていうんだ。
困惑している俺に、野々花が近寄ってくる。そして心配そうに顔を覗きこんできた。
「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」
「おい、長岡! 終わったのか!? その力はなんだ! どうして長岡なんかが俺以上の力を……」
「ちょっと黙ってもらえますか」
「んなぁっ!?」
低いトーンで発せられた俺の声に課長は俺を怒鳴りつけるが、そんなの耳に入らない。天照大御神といえば日本で一番偉い神様だ。そんな神様が、俺とどういう関係が……。
そのとき、あのときの女性の声が聞こえた。
『助けて』
「……っ! 今どこに!?」
「長岡、いい加減に調子に乗るなよ。長岡が俺に逆らうなど……」
「今大事な話をされた最中なんです。あまりうるさいと……」
村正をちらつかせると、新井田課長は一気におとなしくなった。そうだ、それでいい。
悪魔は上の階が最後のフロアだと言っていた。上に意識を集中すると、冷たい魔力が感じられた。これが、サタンの魔力……?
とにかく登って見なければ話は始まらない。野々花に目配せすると、頷いた。新井田課長はいるだけ邪魔だからここに置いていったほうがいいかもしれない。
「課長」
「は、はひ!」
「ここ一か月の今までの暴言音声全部録音してましたから。ここを出たら労基に提出する予定です。ここで改善命令を受ければ会社は大打撃。人事も入れ替わるし課長は課長じゃなくなるかもしれませんね」
「そ、そんなこと言っていない!」
「じゃあ、これは何ですか?」
俺が録音機を取り出して音声を流し始める。
『長岡はもっとビクビクして怯えてなくちゃいかん! じゃないといじめがいがないだろうが! 都市伝説になったからどうした。ダンジョンでいきがってるだけで、会社では何もできないクズだろうがぁ!』
『こんなこともできないなんて、猿のほうが有能だ。ああ、猿に失礼だったな。お前はクソ以下だ』
「そ、それは……!」
「裁判にかけますよ。パワハラモラハラでね。時間はかかっても、あの会社には恩義がある。それをきっちり返さないといけませんもんね」
「あとあと、会社のお金を着服してたのも今ごろ会社にばらされてるよ。会社幹部クラスの着服はもう会社無理じゃないかなー。新しい職場が見つかるといいね、出所後に」
新井田課長ががっくりとうなだれる。俺の復讐は、一応の完遂を見た。あとは、ここから出ることだけを考えればいい。
課長にはここに残るように言い、俺と野々花は上の階へと昇っていった。
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