第48話 本当の敵

 そこから登ること数階。ただのゴーレムなど低ランクモンスターが多く、そのほとんどを本気も出してない俺と野々花が倒していた。


 技のランクが低いからだろう。一方の新井田課長は上機嫌だ。


「俺のために働くその意気やよし! よきにはからいたまえよ」


 完全にいい気になっていた。お前何もしてないだろ。俺は課長を刺激してみることにした。


「課長、あなたも戦ってもらわないと」


「む!? それは……。そう、俺はお前たちの勇姿を撮影する係だからな! 目上の者の役に立てるんだ! これ以上の栄誉はないだろう!」


「は、はあ……」


 だめだこれは。完全に逃げ腰になっている。俺は壁に立てかけておいたスマホを拾いあげると、課長へのコメントは散々だった。


《なんだよこのデブ。戦ってるのはおっさんと野々花ちゃんだろ》


《そうだよ! なにいい気になってんだ! 本気出したおっさんと野々花ちゃんの前にひれ伏せばいいんだ》


《ははは、こやつめ。おっさん、野々花ちゃん、こいつ殴っていいぞ》


 そんなコメントに俺は苦笑いを浮かべる。俺たちは適度に動いているから運動熱で寒さを感じなくなってきたが、戦っていない課長は寒さでがくがく震えている。まったく、もう。


 俺は課長の近くに寄って炎魔法で体の温度を上げる。ちょっとしたイタズラで暑いと感じるくらいまで。


「おお、体が温まったぞ。長岡、接待の仕方がわかってきたではないか」


「課長に死なれると困りますから」


「うむ、よきにはからえ。野々花ちゃんもおじさんに抱きついてもいいんだぞぅ?」


「ううん、野々花はそういう趣味ないから」


「んなっ」


 上げてから落とす。野々花もわかってきたみたいだ。安全地点に置いていたバスケットを取り上げる。


 そんな野々花に趣味はないと言われて怒鳴り散らすかと思ったが、ぱんぱんのズボンのポケットからハンカチを取り出して汗を拭う。本当に課長は汗っかきだな。十分涼しい空調でも暑いと言ってのけただけはある。


「ふふん。大人の男の魅力がわかってないみたいだからね。おじさんは今気分がいい。今なら許すから、胸の中に飛びこんでおいで」


 完全に鼻の下が伸びている。そして、自分の容姿がわからずモテると思いこんでいるらしい。太りすぎと加齢で課長が近くに来ると臭うのだ。自分のほうが自分のマイナス要素をわかってないんじゃないか。


 野々花はつーんとそっぽを向いて興味ありませんという態度をとる。課長はがっくりした様子で手でだらだらと流れる汗を拭きつつ悪臭を放っている。いつもの二割増しくらいには臭いな……。


 その瞬間、上の階から咆哮が聞こえた。それは普通のモンスターよりも大きく、魔力があり、いい気になっていた新井田課長を震え上がらせるのに十分だった。


「なっ、なんだ今のは!?」


「わかりません、上に行って確かめてみないことには」


「上に行くつもりなのか!? こんな寒いところにいられないし、帰ろう! ……いや、これはチャンスかもしれん。長岡がモンスターに敗れる無様なところを見れるチャンスだ! 大丈夫、骨は拾ってやるからな」


 新井田課長は俺の肩を叩いてにやにやと笑う。やっぱり神憑きだというのを信じていないらしい。それなら、上の階のモンスターを確認して倒すしかない。


「おじさん」


「ああ」


 緊張した様子の野々花に頷く。この魔力、野々花が悪魔憑きと戦ったときの魔力に酷似している。上では壮絶な戦いになるだろう。


 俺たち二人が上の階への階段を上り始めると、うじうじしていた課長も意を決して階段を上ってきた。これからショーが始まる。


 上に登って、いたのはビーストオーガだった。背中に黑いもやを背負い、こちらを見つけるとにたぁ、と笑った。


『サタン様から悪魔憑きにしてもらった矢先に人間がやってくるとは……。それも神憑き! サタン様のおっしゃる通りだ』


「サタン、だと?」


 聞き覚えのある単語である。松山さんがさらわれて、そのボスだったワイトキングが死に際に発した言葉だ。やはり、魔王サタンが関係しているのか。俺は一歩前に出て問いただす。


「ビーストオーガ。魔王サタンを知っているのか」


 その問いに、ビーストオーガはよりにたりと笑って両腕を広げる。


『我々モンスターならば誰もが知っている至上の御方だ。膨大な魔力をもってして数ある悪魔を従える。末端までもサタン様は把握なさっている。こうして喋れるのも、悪魔を憑けてくれたおかげだからな』


「そんなことはわかってる。なんの悪魔を憑けてもらったんだ」


『それに答える理由が、あるのか?』


 そう言われれば、ないとしか言いようがない。情報を聞き出したければこの戦いに勝てと。至極単純明快だ。話が早くて助かる。俺は警戒しながらスマホを壁に立てかけ、元の位置に戻る。


 剣を構えた野々花に身体能力向上の魔法をかけた。今回は俺も村正を使ってみることにする。今の俺たちなら、息を揃えて戦えるはずだ。


「おじさん、先に野々花が行くね」


「わかった。援護する」


 俺自身にも身体能力向上の魔法をかけたところで、野々花がトップスピードでビーストオーガに迫る。


 ビーストオーガは羽虫でも散らすかのように野々花を振り払おうとするが、野々花はその腕に乗って頭を狙う。


「絶刀、兜落とし」


 野々花の剣の刃が的確に首を狙い、はね落とした──。かに見えた。


 実際は首の毛を斬っただけで刃は肉に食いこんだだけであり、斬り落とすなんて無理だった。それに一瞬驚いた野々花をビーストオーガは振り払い、野々花は空中で一回転して床に着地する。


 どういうことかと言われれば説明はつく。単純に首に魔力を集めて硬化させたのだ。それも、俺の身体能力向上の魔法をもってしても斬れないくらいに。これが悪魔憑きか。


 俺は村正に妖力を纏わせて斬りかかりにかかる。野々花もそれを見て向かって左からビーストオーガに迫る。


 ビーストオーガは俺の斬撃を血をにじませながら手で握って防ぎ、野々花を振り払った。野々花も単純にやられるわけがなく、振り回した腕に当たる前に後ろに飛んで様子を見ている。


 奴は痛みを感じさせずに村正を掴んだまま俺を持ち上げた。俺もただぶら下げられているのではない。魔法を撃つ隙を狙っているだけ。そのための準備はしている。


 ふ、とビーストオーガが笑った。


「なにがおかしい」


『いや、こざかしいと思ってな。魔法でオレ様をどうにかしようという判断なんだろうが……。半分正解で半分失格だ』


「なんだと……」


『撃ってみろ。そのための準備はできている』


 なんだろう、違和感を感じる。そう思ってビーストオーガをよく観察して、俺は気付いた。


 ビーストオーガは全身に魔力吸収の魔法を展開している。俺の力を得てもっと強くなろうという魂胆だったのだ。挑発に乗って魔法を撃っていたらと思うと、恐ろしい。


 俺は村正を手放すと同時に一度消し、また手元に精製する。ビーストオーガも村正を掴んだ刀傷を瞬時に癒した。


 当の課長はというと壁に隠れて顔だけだしてこちらの様子をうかがっている。俺にあれほどクズだ能なしだと言っておきながら強敵は人任せか。


「課長! 身体能力向上魔法かけるんで参戦してくださいよ!」


「お、俺はお前らの保護者だ! その保護者が死んだら元も子もないだろう!」


 呆れておだてる気にもならない。俺が舌打ちすると課長はびくっとして頭も隠した。わかってはいたが、本当にここまで使えないなんて。ビーストオーガは高笑いをする。


『あの臆病者が保護者? 神憑きも堕ちたものだな』


「あいつは……。ピクニックしに来ただけだ」


『ピクニック。ピクニックねえ……。まあいい。あいつを食うのは後だ、まずそうだからな。まずは神憑き、お前からだ!』


 ビーストオーガが両腕を広げて咆哮をあげる。俺は村正を構えて、野々花も剣を構えて臨戦態勢に入った。

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