第47話 勘違いをするデブのおっさん
氷雪の摩天楼というだけあって、目前には高い塔があった。壁に触れてみるとひんやり詰めたく、魔力も込められているのを感じた。頑丈そうだ。
遅れて入ってきた新井田課長ががくがくと震えている。思えばここはふぶいている。俺も野々花も防寒用の服がないと。俺は薄手で暖かいジャンパーを作り出すと、二人に手渡す。
「これ、寒いから着て」
「ありがとう、おじさん」
「長岡のくせに気が利くじゃないか。普段の仕事でもそうだといいんだがな!」
一言余計なんだよなあ。あげたくなくなってしまう。凍死されたら復讐を果たせないので渡すけど。
次に俺はリュックからジュエルドラゴンのピアスを取り出して穴にはめる。すると光の玉が俺の周囲をふよふよと飛ぶ。新井田課長は物珍しそうにそれを見た。
「なんだこれは」
「発狂ジュエルドラゴンからのレアドロップ品です。明かりになるんですよ。便利ですよね」
「発狂個体を倒したのか!? ……いいや、お前の力じゃない。このお嬢さんの力で手に入れたんだろう! おとなしく白状しろ!」
「まあ、今は信じてもらえなくてもいいですけどね。一階ボスは倒したんでしたっけ?」
俺は懐いているようにくっついてくる光の玉を手で遊びながら、新井田課長に聞く。すると新井田課長は胸を張ってさも自慢げに言ってのけた。
「聞いて驚くなよ? ゴブリンキングだ! 少しすばしっこかったから苦戦したが、俺は見事勝ち抜いてみせた! どうだい、お嬢さん、俺に惚れても……」
「ブフッ」
野々花が吹き出す。無理もない。ゴブリンキングは低ランクモンスター。毒沼の園のように少々特殊な個体だったのだろうが、ライバーなら誰しもが戦う相手だ。
それに苦戦したということは、その程度。俺だって今まで潜ってきたダンジョンの中で特殊個体に何体か当たってきたが、どれも瞬殺だった。通常個体なんて死角から魔法を撃って終わりだ。
明らかに笑われているとわかったのだろう。新井田課長が野々花に詰め寄る。
「なんだね、今の笑い方は。君は年上を敬うということを知らないのか」
「やだなあ、敬ってますよぅ。ちょっと新井田おじさん面白いなって思っただけで」
「え、俺、面白いかな?」
「面白いです」
「ふ、ふふん。武勲だから褒めてほしかったが美少女に面白いと言われるのは悪くないな。長岡、お前は称賛の言葉はないのか」
きた、パワハラだ。新井田課長の常とう手段である。いつも俺を馬鹿にしては自分を褒めさせるというムーヴをかましてきていた課長のことだ。今回も俺に褒めさせるつもりなんだろう。
だが、今回は別だ。今まで下げることでしかざまぁをしてなかったが、今回は新井田課長をヨイショしてみようと思う。そのほうがプライドが無駄に高い課長には効くだろうから。
「いやあ、課長ぐらいになるとゴブリンキングも倒せちゃうんですね。すごいです」
「ブフッ」
またも野々花が吹き出す。そして心にもないことを、という目で俺を見てくる。すべては課長を蹴落とすため。そのためならモラハラでもパワハラでもなんでもこいだ。
新井田課長はにたぁ、と笑うと、俺の肩を抱いて揺さぶってくる。
「副業で稼いでるなんて噂を聞いていたが、まさかダンジョン配信とはな。これも何かの縁だ。この美少女を紹介してくれるなら窓際族から解放してやらんでもない」
「いいえ、大丈夫です。そのほうがお似合いですから」
「……なんだ? 今日はずいぶん素直だな。会社でもそうして惨めに俺につき従っていればいいのに、辛気臭い顔で謝ってくるからもうイライラしっぱなしなんだよ、お嬢さん。俺の気持ちわかってくれるかい?」
「え、全然わかんないけど」
「えっ」
野々花が手のひらを返す。その早業に新井田課長も混乱気味だ。俺は笑いをこらえるので精一杯で顔が引きつる。
「おじさんは会社での責務は果たしてるんでしょ? 窓際族かもしれないけど、それって会社の都合を押しつけてるわけで。そこに辛気臭いとかそういうのは関係ないと野々花思うけどな」
「野々花ちゃんっていうんだね、覚えたよ。大人の世界にはいろいろあるんだよ。さ、中に入ろう。防寒着を着たと言ってもここで突っ立ってたら凍ってしまう」
旗色が悪くなると逃げ出すのも課長の癖だ。部長に叱られているときもタイミングを見計らって逃げる。自分より強いと本能的に感じた相手にはたてつかない。俺はそれが一番嫌いだった。
「そうですね。野々花、入ろう」
「うん」
吹雪の中喋っていたから、雪の中に足が埋もれてしまっている。野々花が転ばないように手を差し出すと、詰めたい手が俺の手に触れた。そして握られる。
中に入ると、本当に何もいなかった。倒したというのは嘘ではないらしい。中に入ると吹雪の真っただ中にいたときよりは寒くなかった。上に続くらせん状の階段が奥にあり、上からモンスターの気配がした。
一、二、三……十七匹ほどか。最下層がゴブリンキングだったことを考えると、そこまで強いモンスターがいるとは思えない。そんなふうに考えている俺の前をどすどすと新井田課長が進んでいく。
「トラップがあるかもしれません、危ないですよ」
「なに、俺の力があればなんでもできる! 聞いて驚くなよ。俺の力は日本の国技、相撲の力だ。相手を怪力で薙ぎ払い、吹き飛ばす力! どうだ、すごすぎて言葉もないだろう!」
がははは、と笑う課長に、俺と野々花は本当に言葉がなかった。要するに、相撲がパワーアップした版だろ? そりゃチャンネル登録者数も伸びないわ。いやでも、今回は持ち上げて落とすって決めたんだし、ヨイショしておこう。
「すごいですね課長! 課長がいれば百人力です!」
「そうだろう! そうだろう! さあ、二階に上がるぞ、俺の力を存分に見せつけて、そのいけすかなくなった顔を辛気臭くさせてやる! あと、お嬢さんも俺に惚れちゃいけないからね」
そう野々花にウィンクして、課長は高笑いをしながら階段を上っていく。
俺と野々花は顔を見合わせて、苦笑いした。課長の能力は一対一ならそれなりなんだろうが、一対多数では足手まといでしかない。最悪命を落とす。
さっそく上から悲鳴が聞こえた。俺たちは急いで階段を上ると、ヘルハウンドの群れが課長に食らいつき、肉を引きちぎろうというところだった。やれやれだ。
「
課長が襲われて倒れているところに上位魔法を使ったら小回りが利かないし何より巻きこんでしまう。風でできた鎌は次々とヘルハウンドたちを狩り、床を血だらけにする。当然課長の上に乗っていたヘルハウンドもだ。
「ひっ、ひいぃ!」
「大丈夫ですか、課長」
「……ふ、ふん! たまたまだ! 一対一なら俺は強い! お前らのためにあえて注意を引いてやったんだ! 感謝しろ!」
「ありがとうございます、課長」
倒したのは俺なんだが、なぜか俺が感謝するという謎の状況を作り出す課長、一周回って面白くなってきたぞ。この調子でもてはやしておいて、俺が力を引き出したときの反応が楽しみだ。
「それよりも魔法が使えるならこの血をどうにかしろ、血なまぐさいし、気持ち悪い!」
「ちょっと動かないでくださいね」
そうして水魔法で防寒着からズボン、顔にかかった血まで綺麗にする。すると課長は上機嫌になって野々花に話しかけた。
「か弱い女の子だもんね。大丈夫、おじさんが守ってみせるからね」
「本当ですか? それは嬉しいなあ」
《野々花たんを守ってくれるなんて優しいなあ》
《おじさん、私、惚れちゃうかも》
コメント欄を見るとそんなことが書いてあった。完全に空気を読んでくれてる。そうだよな、課長は優しいよな。うんうん。
「若造、何をぐずぐずしている! さっさと登るぞ!」
もはや英雄気取りだ。その調子があとどこの階まで続くかな?
「野々花、行こう」
「うん、おじさん」
俺たちは手を離して階段の一段目に片足をかけて騒ぎ立てる課長のあとを追うことにした。これから、富岡商事への最後の復讐が始まるんだ。
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