第41話 夢の終わり
ポイズンドラゴンは詠唱をはじめた。俺と同等くらいの魔力量で紡がれるそれは、俺以外が食らったらほぼ即死だろう。詠唱が完了する前に、俺は村正を作り出し妖力を込めて斬撃を繰り出す。
半分は妖力のおかげで斬れたと言っても過言ではないが、一応ダメージを与えられた。詠唱中は魔力を練り上げるために動けない。その隙を狙った形だ。
『やったとでも思ったか?』
「な……! ぐあっ!」
ポイズンドラゴンの手が素早く伸びてきて、俺はまだ安全な花園のほうに弾き飛ばされた。あばらが折れている、そんな痛みがあった。
俺はすぐさま治癒をかけて立ち上がると、そこにはポイズンドラゴンの顔があった。口がぱっくりと開かれる。
ああ、ここで終わりなんだ。ちょっと長生きしたけど、あのときのリスナーに死にますって約束、ちゃんと果たせたな。野々花と玲奈ちゃんはどうなってしまうんだろう。一生ああやって増田の手の内にいるのだろうか。
『忘れないでくださいまし。あなたを死なせるために力を渡したわけではないのです』
そのときの俺は、無意識に体が動いてポイズンドラゴンの舌を斬っていた。絶叫と大量の血を浴びる。俺は無意識のうちに体が動いて、水魔法で服を綺麗にしていた。
『神憑き……! 神を呼んだのか!』
「俺が……?」
確かにさっきの声は女神様だった。それとこれとどう関係あるのだろう。無意識に体が動いたこと以外はよくわからない状態だった。女神様が、俺に力を貸してくれた?
ああ、そうだ。あのときあの女神様と約束した。思ってくれるなら死なないでくれと。忘れてしまうところだった。俺はぱんっ、と両手を叩いて、魔力とは別の、もっと大きな力を動かした。
「
なんだろう、この力は。魔力の冷たさと違って、暖かい。希望を持てる暖かさだ。この力なら、みんなを救える。
俺の背後から太い木の根っこやら水の手やら火の手やら、ありとあらゆる属性の手が何本も生えるのを感じる。それらは俺が目を開くと同時にポイズンドラゴン二襲いかかる。
ポイズンドラゴンは飛んで避け、俺の周りを何周もして手から逃れようとする。
『ちっ……!
すると地面から毒を帯びた犬が出てきて、俺に向かって襲いかかってくる。俺はかけっぱなしの身体能力向上魔法で動けるままに次から次へと沸いてくる犬を斬って斬りまくる。
毒が体につくたびに治癒を賭けて壊死した部分を再生し、とにかく魔力が切れるかポイズンドラゴンが手に捕まるかのレースになってきた。
でも、これじゃきりがない。俺は叫んだ。
「
周囲が一瞬にして凍りつく。冷気で次から沸いてくるトリーズンドッグも凍っていった。これなら、勝てる!
俺はポイズンゾンビを見上げた。軌道を変えたりして器用に避けているが、舌を斬られたダメージはそれなりにあるらしい。だんだんと飛行速度が遅くなってくる。
「勝負、あったな」
『おのれ神憑き!
瞬間、俺の足と両手を地面から生えてきた蔦が捕まえ、貼り付けのようにされる。背後から迫ってくる手たちを太い尻尾の一撃でなぎはらうと、俺の目の前に降りてきた。
『どうだ人間。死力を尽くしても強大な敵には勝てない気分は』
「……ふ」
『何がおかしい!』
「まだ勝負決まってないのに、勝ち誇っちゃうんだと思って」
瞬間、水の手がポイズンドラゴンの四肢に絡みつき、横に引っ張る。ぎちぎちという嫌な音がした。俺の魔力……いや、神通力で練り上げた水の手を振り払うことができないらしい。ポイズンドラゴンは命乞いをする。
『ま、待て! 女たちは帰すように言う! お前も食ったりしない! この世界を明け渡し、お前を王にしてやる! だから……』
「底辺窓際族に王なんか務まらないよ。だいいち、人間だってもうお前が食べつくした後だろう?」
『そ、それは……!』
「やれ」
『ぎっ……ぎゅあああああ……あ……あ……!』
俺が短く命令すると、水の腕が引っ張る力が強くなった。胸の部分から肉が引きちぎられ、半分に分断されるまでそう時間はかからなかった。
「なによ、ポイズンドラゴン死んじゃったの?」
増田の声がする。俺はすすになって消えていくポイズンドラゴンとトリーズンドッグたちの向こうにある光景を見て言葉をなくした。
死んではいないものの、全身を切り刻まれた野々花と玲奈ちゃんがいた。二人とも出血がひどい。このまま放っておけば死んでしまう。
「どうして、こんなことを……!」
「だって、私よりあんたのほうがいいって言うんだもの。しつけは必要でしょ? 出血がひどいけど、玲奈ちゃん自身が治癒を使えるからいいよね。あとはあんたを殺すだけよ」
ポイズンドラゴンが死んだことで花畑が広がっていくこの世界で、人間同士が争うなど不毛だ。だが、俺はやらなければならない。二人をこんな目に合わせておいて、そのまま警察に引き渡すということはできない。
俺は村正を構える。増田もナイフを構える。それを見た野々花が叫んだ。
「おじさん! そいつすごく強い! 気を付けて!」
その瞬間には、俺は背後を取られていた。瞬間移動、厄介な能力だ。
増田は俺の首にナイフの刃を当てる。ぷつ、と皮膚が切れて、血がたらりと垂れるのがわかる。
「死にたくない? 怖い? 我慢せずに震えていいのよ。あなたは怯えて死ぬのがお似合いだもの」
「怯える?」
「そう。死にたくはないでしょう? でも、ここであなたは死ぬ運命。そして玲奈ちゃんと野々花ちゃんは私のお嫁さん。素敵だと思わない?」
「……そうか」
俺は瞬間移動をしてに増田の腕の中から抜け、その背後に移った。そしてあえて耳元で囁く。
「
「な……っ! なによ、これ……!」
「今見えているのは楽しい光景だろう? 自分が何度も死ぬ体験というのはさぞかし楽しそうで、お前にぴったりだ」
「解除しなさい! じゃないと二人を殺すわよ! う、うう。こっちに来ないで! やめて!」
精神攻撃は効いているらしい。魔力をあまり持っていない人間と、対して神憑きとして膨大な魔力を手に入れた俺から仕掛けた魔法の効果は絶大だ。今ごろ何度も何度も妄想の世界で殺されているんだろう。
「おっと、今度は二人を盾にしてくるのか。野々花!」
傷が痛むだろう野々花を呼ぶ。すると野々花は配信機器をこちらに飛ばしてきた。俺はにたりと笑う。準備ができているなんて、本当に野々花の実家は優秀だ。
配信機器が映し出した光景を、俺はポケットから取り出してスマホで映した。
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