第42話 増田すみれ、愛に裏切られる

 その映像を見て増田は悲鳴をあげた。どこかの部屋の中、手錠をかけられて監禁されている女性たちの姿がそこにあった。警察があわただしくカメラの脇を行ったり来たりしていて、現場が混乱しているのがよくわかる。


『野々花お嬢様。現場を確保いたしました。増田すみれの部屋では十五人の女性が監禁され、栄養状態も悪く、ただいま保護活動が行われています。それと、鈴村玲奈様のものと思われるスカート内を盗撮した映像も発見されました。現場からは以上です』


「何が飛び出してくるかと思ったら、またも犯罪とはね……」


「これは違うわ。私たちは愛し合っているもの」


「愛し合っていたら、こんなふうに椅子に縛り付けて手錠までかける必要ないですよね?」


「私の愛は深いから。こうしてあげないと私の愛を理解してもらえないの」


 サイコパス。そんな言葉が脳裏をよぎった。自分さえよければすべていい。相手の気持ちなんて考えない。自分の都合のいいようにことを考え、実行する。実に不愉快で、傲慢だ。他人のためと言いつつ、その実態は自分のためでしかない。


 俺はひどく不愉快だった。その愛とやらのために、玲奈ちゃんや野々花が傷ついたのか。そんな愛、この世にあってたまるか。


「野々花のリスナーたち、こっちの配信に来い。これが、増田すみれの正体だ」


《え……これマジ? 監禁じゃん》


《そもそもこんな大量の女たちをどこから……》


《警察も大変やな。こんなキチガイの後処理のためにあくせく働いてさ》


《レズビアンに偏見はないけど、これはさすがに擁護できんわ》


 映像を見たリスナーから数々のコメントが寄せられる。同接六十万人。社会的に抹殺するには十分な数だ。


 そのうち、ポイズンドラゴンを倒したことによってダンジョンが崩壊していく。外で待っていたのは、大量の警察官とパトカーだった。近所の高級住宅街の住民も外に出て増田を見てぼそぼそと何かささやきあっている。


「なによ! 私の愛の何が間違っているっていうの! お金に困ってる女の子をご飯に誘って私の部屋で愛してあげてるだけじゃない! こんな警察沙汰にされる覚えはないわ!」


「いやねえ、愛とかはどうでもよくてですね。監禁してたって事実が大事なんですよ。普通愛してるなら監禁なんてしませんからね。それに、あんたそこの男性を刺したでしょ。十分な殺人未遂だ。逮捕状も出ている。それにモンスターに手を貸して男性を殺そうとしたモンスター特別罪でもね。現行犯で逮捕させてもらいますよ」


「違うわ! 私はこの男に粛清を下したの! 私の憧れの玲奈ちゃんとアイドルの野々花ちゃんを独り占めするから、しつけただけ。それに傷も治ってるし、殺人未遂なんて大げさよ!」


 警察官たちは顔を見合わせて、首を横に振った。超常の能力はダンジョンでしか使えない。増田はあっという間に警察に取り押さえられ、手錠をはめられた。


「痛い! やめなさいよ! 汚らわしい!」


「本当にフェミニストの極みって感じだな。お嬢ちゃんたち、今こっちに救急車が向かってるからもう少しの辛抱だよ」


「やめて! 玲奈ちゃんと野々花ちゃんを返して! 私の愛の巣に連れていくんだから!」


「大人にもなってない子まで監禁対象とは……筋金入りだな。おい、連れていけ」


「いやっ! 玲奈ちゃん、野々花ちゃん! 助けて! 私たち愛し合ってるでしょう!?」


 その言葉に、タオルをかけられていた野々花が近づいた。そして、配信機器までには聞こえない声量で囁く。


「愛してないよ。野々花が愛してるのはおじさんだけ」


「っ! おのれええええええええ!」


 すごい剣幕で睨まれたが、野々花がそう言うならそうなんだろう。その顔は今にも血の涙を流しそうだ。警察に捕まった状態なら怖くもなんともない。


 それにしても、意外でドキドキしてしまっているが。それよりも増田が警察に捕まって安心した。俺のことを散々いじめてきた罪。女性刑務所で反省してもらわないとな。


「おじさん」


 野々花が声をかけてくる。配信機器を呼び出しておいたようで、配信はすでに切ってあった。そういえば俺も配信を切ってない。


 コメントはざまぁの嵐だが、終了した。それに野々花が配信を切っているということは何かあるのだろう。野々花がとことこと歩いてきて、背伸びをして俺の頬にキスをする。


「の、ののの野々花!?」


「今回ので惚れ直しちゃった。私を惚れさせた罪、結構重いよ? 夜道には注意してね」


「夜道に注意しなければ帰れないのか……」


「大丈夫。これからは牧野が会社の送り迎えしてくれるし、電話番号教えておくからいつでも呼び出して買い物も行ける。うちのお隣道場だから護身術学ぶのもいいかもしれないよ?」


「野々花んち、なんでもありすぎじゃないか?」


 えへへ、と野々花が無邪気に笑う。その背後で玲奈ちゃんが穏やかに笑って見ていたが、輪に入ってきた。


「野々花さんとおじ様、お似合いです。おじ様は優しいですし、大切にしてくれそうですし」


「も、持ち上げすぎだよ。会社では底辺窓際族なのに……」


「そこもいいし、ダンジョンではかっこいいのももっと好き。……ねえ、おじさん」


「ん?」


「野々花のこと、好き?」


 史上最強に甘い声を出して首をかしげる野々花の姿は小悪魔と言っても差し支えない。このとろけるような視線と声でどれだけの男を落としてきたんだ。


「ひ、ひっかからないぞ。そうやって大人をからかおうったって……」


「野々花は本気。ううん、私の決めたことだもん。現代社会ではどんなにかっこ悪くても、ダンジョンでかっこいいのは事実だもん。私はそのどっちも好き。養いたい」


「野々花さん、欲望だだ洩れですよ。すみませんおじ様、野々花、一回好きになった人には一途になってしまう傾向があって」


「そうか……。でも、大人をからかわないこと。そういうこと言ってると誰だって勘違いしちゃうだろ」


「野々花としては勘違いしてほしいなあ」


「だから……」


 そんなことを話している間にめちゃくちゃに暴れていた増田は警察車両に乗せられて連れていかれ、遠くから救急車のサイレンがやってきた。野々花たちと、一応内臓の検査をするということで俺も乗せられた。


 病院に着いてCTやMRI、触診で検査をされたがどこにも異常はないとのことだ。野々花たちは深い傷は幸いなかったようで、包帯を巻かれて、抗生物質と消毒を渡されそのまま帰っていいということになったらしい。


 とっぷり日が暮れていて、俺たちは朝飯も昼飯も食べていないことに気付く。そんな中でも玲奈ちゃんと野々花は嫌な顔一つせず、むしろ笑って別れた。


 ──あのとき。


 声をかけてくれなかったら確実に死んでいた。あれは俺の意思ではなく、女神様の意思で動かされた。そんなに俺に死なれると困る理由が、どこにあるんだろうか。


 ……考えても仕方ない。俺は牧野さんが迎えにきてくれるのを病院の駐車場で待った。

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