第40話 裏切り
それから数時間。なんとか体調を立て直した玲奈ちゃんには優しく、俺には厳しい増田さんに恨みが募った。まさか刺してくるとは思わず。そんなに男が憎いのか。
コメントではちらほら通報したなどとあり、外に出れば殺人未遂で捕まるのは確定だろう。だが、それだけでは足りない。もっと苦しんでもらわねば元が取れない。
いよいよ黒曜石を割る瞬間が来た。黒曜石は見た目に反して結構もろい。素手では割れないが、そこら辺の石に強くぶつければ割れるだろう。
「準備はいいか? 相手はドラゴンだ。細心の注意を払って迎え撃つぞ」
その話の最中、野々花はスマホでどこかにチャットしているらしい。野々花らしくないな、と思った。野々花が配信内でスマホをいじるなんてよっぽどのことがないかぎりアーカイブ見た感じではないのに。
「野々花、どこかに連絡か?」
「んー? うん、ちょっとね。それじゃあポイズンドラゴン戦、始めましょっか!」
「野々花ちゃん! 私のスーパーな働きを見て惚れてもいいんだからね!」
「考えておくよ」
さっきまで話しかけられるだけで嫌悪感バリバリだったのに、どこか余裕がある。また探偵ごっこか? こっちは刺された殺人未遂でただでさえ訴えられるのに、まだ足りないと。
まあいい。刺された恨みもあるから、今回は目をつむろう。どんな痕跡を持ってくるのだろうか。
「全員準備できたな。割るぞ!」
平原にぽつんとあった大きめの岩に身体能力向上の魔法をかけた状態で思いっきりぶつける。時速何キロメートル出たのだろう。黒曜石は粉々に砕け散った。
すると周囲の毒が消え、花々が復活するように咲きほこった。あまりの美しさ、清浄な魔力に圧倒されていると、遠くに飛行物体の小さな姿が見えた。それはあっという間に大きくなり、緑と紫のまだら模様のドラゴンが俺たちの頭上にいた。
『ゲンヒルを屠った者がいると感じ取ったから急いで来てみれば。神憑きではないか。……面白い。数々の猛者たちがお前に討ち取られている。その力、我が魔力で試してくれよう!』
ポイズンドラゴンが大きな咆哮をあげる。そうだ、ドラゴンにはこれがあった。だが耳栓をしていては連携が取れないし、難しい。
「……ふん。ドラゴンなんて愛の力の前には大したことないわ。野々花ちゃん、玲奈ちゃん。これに勝って女だけの楽園を作りましょうね」
「え? 聞こえなかった。もう一回言って」
「私も聞こえませんでした」
「もう、照れちゃって! 私の手にかかれば、こんなドラゴンなんて……!」
「待て、増田さん!」
俺の制止を無視して、増田さんが瞬間移動してドラゴンの背中に乗る。そしてナイフを振り上げて、刺した、かのように見えた。
かきんっ、そんな音がしてナイフが弾かれる。当然だ。ドラゴンは長く生きて人間を多く食べた個体ほど鱗も頑丈になり強大な力を持つ。当然の結果と言えた。
この個体は少なくともこの近辺の人間は食べつくしている。刃渡り十二センチ程度のナイフでは傷一つ与えられない。ポイズンドラゴンが身震いしただけで増田さんはバランスを崩し、地面に落ちていく。
数メートルはある。落ちたら骨折、最悪命の危険もある。俺は体が動くままに増田さんをキャッチした。増田さんは目をつむっていたが、人肌を感じて嬉しそうに目を開けた。
「野々花ちゃん、ありが……」
「増田さん、ドラゴンを甘く見すぎ……っ」
増田さんは俺の顔を見るなりビンタして地面に落ちた。腰を打ったようだが、すぐさま立ち上がって腰をさすりながらナイフをこちらに向けてくる。どこまで男嫌いなんだ。
「どうしてお前が助けるのよ! 今のは野々花ちゃんが助けるところでしょう!? どうして邪魔するのよ!」
「あの高さからだと死んでいましたよ、増田さん。冷静になって考えてください」
「あああ、気持ち悪い! 玲奈ちゃん、ハグして!」
「嫌です」
「そんなぁ……」
そんな仲間割れ同然の光景を見てどう思ったのか、ポイズンドラゴンは黙ってそれを見ていた。そして笑いだす。
『人間同士で仲間割れとは。精神魔法をかけるまでもないな。神憑きは勝手にそこの女が殺してくれる』
「ええ! そういう意味ではあなたと私は味方ね! ……そうだわ。ポイズンドラゴン、私と手を組まない? 女二人は生かしてほしいのだけど、あの男だけいらないと思っていたところなの。食ってもいいわ。どうかしら?」
「あなた、裏切る気!?」
「裏切る? とんでもない。ここで野々花ちゃんと玲奈ちゃんは私と暮らすの。そのお手伝いをポイズンドラゴンにしてもらうだけ。ね、とっても素敵でしょう?」
狂ってる。俺はそう思った。
今までも会社で狂ってる人間は大勢見てきたが、彼女が一番狂っているのかもしれない。モンスターと人間は分かり合えない。俺を殺したら野々花も玲奈ちゃんも増田さんも全員食われるのがオチだ。
それすら判断ができないほど堕ちてしまったか。確かに二人は魅力的だ。それでも、男憎しでここまで言いきれるのはもはや狂気としか思えない。
ポイズンドラゴンは目を細めた。そして浮遊魔法で増田さんを操り、自分の背に乗せる。
『神憑きが食えるなら話は別だ。人間、名前は?』
「増田すみれ」
『マスダ、神憑き以外の人間を死なない程度に痛めつけろ。交換条件はそれだ』
「そうね、ちょっと弱ってもらったほうが可愛がりがいがありそうだもの。弱った野々花ちゃんと玲奈ちゃんを、私の愛で助けて一生離れられないようにしてあげる」
俺は増田さんのうっとりした顔にぞっとする。
ダンジョンでモンスターをけしかけて殺しても殺人罪に問われる。それを平然とやってのけるとこの女は言ったのだ。これは何十万の人が見ている中での発言だ。通報している人間も現にいるのだから。
つまり、増田さんにはもう後がないということだ。ここで俺を殺せなければ増田さんの負け、食われたら俺の負けだ。
「さあ! 結婚式を始めましょう! この世界で野々花ちゃんと玲奈ちゃんと一緒に暮らせるための世界を作るために!」
それと同じくポイズンドラゴンが咆哮をあげる。負けるわけにはいかない。こんなところで負けたら、野々花が、玲奈ちゃんが、食われてしまう。
当然だが、モンスターと手を組めばそれは重罪だ。罪状は殺人ほう助。状況によっては最悪死刑もありえるくらいの。その覚悟をもっているのだ。捨てるものが何もない人間はなんでもするってことは、俺が一番わかっている。
増田さんは狂った高笑いを浮かべながら空中を自由落下し玲奈ちゃんのほうへ落ちていく。玲奈ちゃんは狂気を見せられながらも冷静だった。
「
その瞬間、玲奈ちゃんが半透明になって二人に分かれた。増田さん……いや、増田は片方を斬ったが、ハズレだったようでかき消える。もう片方に増田さんが瞬間移動で迫るが、その前にまた分裂して斬ったほうはかき消える。
「分身の術ってわけね……。なら!」
「玲奈ちゃん!」
『どこを見ている。お前の相手はこの私だ』
ポイズンドラゴンの口から毒のヘドロが発射される。俺はそれを
俺は
「きゃあっ!」
「玲奈ちゃん!」
左腕を浅く斬られて血をだらだらと流している玲奈ちゃんと、少し間を置いてうっとりとした顔でナイフについた玲奈ちゃんの血を舐める増田。
当然野々花が黙っているわけがなく、背後に回って剣を振り上げるのを瞬間移動で後ろに回り、ナイフで切りつける。
「くっ……!」
「ああ、どっちの血も甘いわ。ショートケーキのよう。どう痛めつけてあげようかしら」
「くそっ……!」
『お前の相手はこの私だ。忘れたか?』
ジュエルドラゴンより大きい
早くなんとかしなければ、二人の命はない。
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