第39話 下劣種という差別

 俺は今回は村正を封じることにした。剣の扱いなら野々花のほうが断然上だからだ。地面に置くと毒が侵食してしまうので、落ち着かないだろうが俺のそばに玲奈ちゃんを浮遊させる。


 ゴブリンキングは降りてきて、毒の大地に立った。ハンデのつもりなのか。舐められたものだ。玲奈ちゃんの仇、必ず取ってみせる。


「さて、どう出てくるかのう」


「よくも玲奈ちゃんを……」


「自分の力量を測れないその小娘が悪い」


「なんだと……」


「犬死に、と言いたいのじゃよ」


「ふざけるな!」


 俺の周りを魔力の奔流が舞う。圧倒されたのか、増田さんは背後で戦慄して動けないでいる。そんな増田さんを鼻で笑うと、ゴブリンキングは増田さんに狙いを定める。


電磁砲レールガン


 宝石をあしらった杖の柄をこちらに向けて呟く。先端に炎と電気が集まっていく。俺はとっさに叫んでいた。


絶対防御プロテクション!」


 青白い防護壁が展開される。それは電磁砲レールガンが発射されるのとほぼ同時だった。ばちばちと電気と絶対防御プロテクションがぶつかり合う。


 特殊個体だけあって、通常のゴブリンキングなんて目じゃない。それだけの魔力をこのゴブリンキングは持っている。


 電磁砲レールガンのギアがどんどん上がっていく。なんとかしないと。絶対防御プロテクションにも限界はある。守られているだけだった野々花が剣を構える。そして瞬時にゴブリンキングの背後を取った。


「絶刀、燕返し」


 野々花の刃はゴブリンキングの防護壁に止められてしまう。そしてゴブリンキングが野々花のほうにレールガンを向ける。


「野々花ぁっ!」


「絶刀」


 またも瞬時にゴブリンキングの頭上に移動し、刃を振り下ろす。


「二枚下ろし」


 それも防がれてしまうが、ゴブリンキングの意識は完全に野々花に向かった。俺は駆けだし、そしてゴブリンキングに体当たりをする。


 完全に俺のことを忘れていたのか、それとも魔法による攻撃じゃないから通ったのか、ゴブリンキングは俺に体当たりされて地面に転んだ。毒を浴びたゴブリンキングの体の表面が壊死する。


 ゴブリンキングは浮遊すると、野々花を睨んだ。


「絶刀使い。話は聞いたことがある。よもや、こんな小娘とは」


「その小娘にしてやられたんじゃない。……次はないよ」


 野々花の声がワントーン落ちる。じゃき、と剣を構えて深呼吸する。


 野々花から覇気のようなものを感じる。これが一千万登録者の覇気。それは、登録者数が伸びるのもうなずける。俺は覇気にやられて一瞬動けなかった。


 ゴブリンキングは杖の柄を野々花に向ける。


氷雪疾走ホーミングアイス


 ゴブリンキングが先手を打つ。高ランクの魔法ではないが、魔法が使えない野々花には効果的だ。野々花が魔法を食らわないように走り出す。俺はそこに火炎疾走ホーミングファイアをぶつける。お互いにぶつかって氷が溶け、その水で炎が消えたのを合図に野々花は走り出した。


 素早くかく乱する動きにゴブリンキングは電磁砲レールガンをどこに撃つべきか迷っているようだ。狙いを定めた電磁砲レールガンの一撃が野々花を捉えきれずに空中に放たれる。


 それを見た野々花がその隙を見逃すはずがない。


「絶刀、裂破残光れっぱざんこう


「……っ! わしの、わしの腕がああああ!」


 杖を持っていないほうの腕を生贄にしてゴブリンキングは杖を離さないことに成功した。そしてまだ動き続ける野々花に狙いを定める。


「ゴブリンのおじさん、諦めたほうがいいよ。もう勝負、ついてる」


「こ、このっ、小娘……!」


「おじさん!」


「おう! 付与・身体能力向上エンチャント・パワーアップ


 俺は野々花に身体能力向上魔法をかけた。野々花が走るスピードがぐんと早くなる。ゴブリンキングが狙いをもう定められないほどに。


「ならば……。術師を殺すまでよ!」


 俺に向かって電磁砲レールガンを放とうとしたゴブリンキングは、その一瞬完全に隙だらけだった。野々花が死角に入り、居合斬りの要領で剣を一度鞘に収める。


「絶刀」


 レールガンが射出されるまで、残り一瞬。


「五月雨」


 野々花がそう呟いた瞬間、世界が止まったような錯覚を覚えた。その中でも野々花は瞬間的に動き、ゴブリンキングの杖を持ったほうの腕を剣を一回転させて斬り落とす。


 魔力が霧散して、世界が元のスピードを取り戻す。これが、本気になった野々花の動き……。絶刀なんてたいそうな名前がつくのも頷ける。


 上半身を失って後ろに倒れそうになったゴブリンキングの体を野々花が支える。それは慈愛というよりも、冷酷さからくるもののように見えた。


「困るなあ。両腕失ったくらいで倒れて毒に侵されて死なれたら困るんだよ。だって、あなたは」


 野々花はぞっとする顔をしてゴブリンキングの耳元で囁く。


「私のおじさんを傷つけようとしたんだから」


 野々花、素が出てますよ。っていうか、素になると一人称私になるのか。


《野々花たんかっけー!》


《おっさんのために本気出したってのは癪だけど、本気の野々花たんが見れて俺たち嬉しいよ!》


《やっぱり野々花たんしか勝たん》


 配信機器のコメント欄は野々花への称賛で溢れ、赤スパが舞い踊る。これぐらい俺も赤スパもらえたら、今ごろ会社やめてるのになあ。


 ゴブリンキングは怖くて背後を見れないという様子だった。野々花慣れしている俺でも怖いのだ。初対面でボコボコにされたゴブリンキングの恐怖たるや想像にかたくない。


 そんなゴブリンキングを観察していると、首筋に細い紐が見えた。俺がゴブリンキングに近づいてそれを取る。


 ペンダントだった。大きな黒曜石でできたものだ。それから禍々しいオーラを感じる。


 問いただそうと口を開いた瞬間、増田さんが俺を押しのけてペンダントを奪い取り、転びそうになった俺に謝りもせずゴブリンキングを問い詰める。


「見た限り、これが毒を維持させているみたいね。これを壊せば、あなたの危険を察知したポイズンドラゴンがやってくる。そうね?」


「あ、ああ。頼む、だから殺さないでく……れ……」


 増田さんが隠し持っていた刃渡り十二センチほどのナイフでゴブリンキングの心臓をひと突きにする。ゴブリンキングは絶命し、黒いすすになって消えていく。


「な、なにを勝手に!」


「だって、こいつもう用済みでしょ? まさか、男のくせに私に口答えしようなんて思ってないわよね」


「口答えもなにも、こいつからはまだ情報が引き出せた! ポイズンドラゴンの弱点とか!」


「野々花ちゃんと玲奈ちゃんがいれば楽勝でしょ。私だっているんだから。玲奈ちゃんを抱きしめて瞬間移動して、玲奈ちゃんが魔法を使う。完璧なプランでしょ?」


「玲奈ちゃんは魔力切れを起こして、今俺が応急処置したから生きていられるようなもんなんだ! それを、戦わせようだなんて……っ!」


 増田さんが俺の胸倉を掴む。下からだからあまり苦しくないが、殺気だけはビシビシと感じる。


「男のくせに生意気なのよ。男なんていう下劣種は黙って女に従っていればいいのよ。こんなふうにね」


「ぐっ……!?」


 増田さんが俺の胸倉を離してナイフで腹を刺す。それを見た野々花が声を上げた。


「おじさん! あなた、何してんのよ!」


「野々花ちゃんなに怒ってるの? 私は野々花ちゃんを守ろうとしただけよ?」


 こいつ、本気で狂ってやがる。俺は刺された腹部からなんとかしてナイフを抜き、治癒をかける。その様子を見ていた増田さんが笑顔で野々花に笑いかける。


「ほら、しぶといから死なずにああやって生き残る。放っておいても大丈夫なのよ。だいいち神憑きなんてうさんくさい話、モンスターが言っているだけで本当なのかどうかも……」


「ふざけないで」


「……野々花ちゃん?」


「あなたがそのつもりなら、指の一本くらい惜しくはないわよね?」


「な、何を怒っているの? 男なんて臭い人種から……」


「おじさんは私のヒーローだっつってんだろうが! 人の話も聞けないの!? これだから私目当ての人間は男であろうと女であろうと……。ごほん、取り乱したわね。この仇、絶対に忘れないから」


 圧倒的な殺意が増田さんに向けられたことにより、本当に野々花が怒っているのだと察した増田さんが何か言う前に野々花は俺に駆け寄ってくる。


「おじさん、大丈夫?」


「なんとか、な……。治癒が自分で使えてよかったよ」


「少し休憩にしましょ。おじさんと玲奈ちゃんのダメージが回復するまで休ませてあげないと」


「え、ええ……」


 増田さんは納得いかないようだったが、野々花の言うことだから聞くようだ。本当に、性根の腐った女だよ。


 俺は刺し傷から、玲奈ちゃんは俺から分け与えられる魔力で徐々に回復しながら、黒曜石を割るのを待った。

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