第36話 実は怒ると怖いんです

 俺たちが歩を進めていると、毒と何かに襲撃されてめちゃくちゃになった集落の跡を発見した。白骨化した人の亡骸があるだけで、とても機能しているとは言えない。さすがの俺も気分が悪くなってきた。


 腐臭さえしなくなってしまうほど年月が経ったこの集落でわかったことは二つ。


 ここのダンジョンボスはポイズンドラゴンという毒を得意とした翼竜であること。二つ目はそれに突き従う、いわゆる中ボスがそこらにうようよしているということだった。


 日本語とは異なる言語で書かれていたから解読魔法で得た情報だが、ダンジョンってもしかして異世界? ワイトキングが俺たちの世界が何千年前は神々と悪魔たちの世界だと言っていたから、異世界と交流があったのかもしれない。


 だって、そうじゃないとアキラみたいな超絶イケメンとか野々花と玲奈ちゃんみたいな超絶美少女が生まれるわけないし。三人に天は何物も与えすぎだし。


 ちょっと拗ねてみたくなってしゃがんでみると、床に違和感を覚えた。浄化魔法で毒を払ってからよく見てみると、埃をかぶっているが人一人が入れるスペースの切れ込みがある。


「みんな、ちょっとこっちに来てくれ」


 三人が集まってきて、切れ目が入っている床を覗きこむ。


「地下に何かあるのでしょうか?」


「そうとしか考えられないけど、ゾンビがいるかもしれない」


「あなたが先行しさいよ。玲奈ちゃんより強い魔法が使えるみたいだし、噛まれても平気でしょ」


「またそういうこと言って……」


 野々花が明らかにイラついているのにやめない。こいつ本当に野々花のことが好きなのか? 一周回って嫌いなんじゃないかと思い始めた。だって好きな人の前で嫌な態度取ったりするのってハイリスクローリターンだろ?


 しょうがない。俺が行くか。蓋を開けるとカビのすごい臭いがする。腐臭は感じないから、いないかもうすでにゾンビとしても朽ちてしまったか。そのどちらかだ。


 俺は光の玉を連れて壁に立てかけられたはしごを降りていくと、案の定白骨死体が転がっていた。その傍らには手記があり、おれは腐って出てくる組織液で汚れたそれを取り上げた。


『これを見ているということは、俺はすでに死んでいるのだろう。ポイズンドラゴンの軍勢が現れてから、この世界はおかしくなった。もし生き延びている人がいるのなら、あいつらを始末してくれ。それが俺の最後の願いだ』


 ダンジョンは結界でカモフラージュされていて入るまでわからないけれど、今までの経験上異世界のどこかなんだろうなあという意識があった。だが、今回のこの手記で確信する。ダンジョン内は、異世界だ。


 そうするとどうして電波が繋がるのかとかが説明がつかなくなるが、難しいことを考えるのは専門の学者がすることだ。今は得たヒントを三人に届けなければ。


 そう思って立ち上がろうとしたとき、男性の白骨死体が動いて俺の手首を取った。そして俺の首に噛みつこうとしてくる。


「絶刀」


 凛とした声が聞こえる。


「兜落とし」


 スケルトンの頭が吹き飛び、地面を転がる。俺の頬を刃がかすめて、たら、と血が流れた。


「おじさん大丈夫!?」


「あ、ああ、油断してた。ありがとう」


「あ、斬れたあとがある。ごめん、急いでたからおじさんに刃が届いちゃって……」


「怒ってないよ。ありがとう」


 思わず頭をぽんぽんと叩いてしまうと、野々花の顔が真っ赤になった。あ、やってしまった。野々花のファンに怒られる。案の定配信機器のコメント一覧を見れるところには気軽に野々花たんに触るな、と怒りの声があがっている。


《おっさんだからまだ許すけど、次やったら本当に特定するからな》


《助けられた身分ってのをわきまえろよ》


《ちょっと強いからっていい気になるなよ》


《野々花たんには絶刀がある。みんな落ち着け。手を出されたら絶刀で切り刻まれるからさ》


 フォローになってるのかすら怪しいコメントにおののきながら、俺は立ち上がって傷口を塞いだ。そしてハンカチで残った血をふき取ると、心配そうにかがんで見つめてくる野々花に笑顔を向けた。


「大丈夫。本当に浅い傷だったから痛みもちょっとだったからね。それより、上の二人にこのことを伝えないと」


 俺が先にはしごを登って、三人に手帳から得たことを共有した。三人は驚いていたが、すぐに真面目に考え始める。


「集落があることにも驚いたけど……。ここは異世界ってことなの? おじさん」


「その可能性が高い。どうして電波が通じているのかわからないけど」


「難しいことはあとよ。ポイズンドラゴンがこの世界を毒沼の土地に変えてしまった、その認識でいいんでしょう?」


「ああ。軍勢とも書いてあったから、中ボスもそこらにいるはずだ。倒して情報を集めないと」


 そんなことを話している間に、俺たちの頭上を影が覆う。見上げると、とてつもなく大きな、ジャイアントホークよりは小さいデスホークがこちらを見下していた。


『ポイズンドラゴン様の言う通りだ。こんなところに人間がいるとはねェ』


「ポイズンドラゴン……とおっしゃりましたね?」


『それならどうする?』


「適度に痛めつけて居場所を吐いてもらいます。麒麟の雷チリアルサンダー


 暗い空の雲に電流が走り、雷がデスホークに命中する。しかしデスホークの羽根を少し焦がした程度で、奴はぴんぴんしている。


『この程度か。怨嗟の嵐リゼントタイフーン!』


 強風が俺たちを地面から引きはがそうとする。俺は平気だが、他の三人が浮いたら庇いきれない。俺は人差し指と中指で狙いを定め、唱えた。


天を貫く槍ヘヴンクラッシャー!」


 俺の指先に小さな光の玉ができ、そこから一本の鋭いビームが射出される。デスホークは一発目は避けたが、二発目、三発目はビームの速度が速すぎるからか翼の肉部分を貫かれて地面に落ちてくる。


『ぐあっ! ……その力、まさか神憑き……!』


「そうだよ。君には聞きたいことが山ほどある」


『ふん、無駄だ。我々は肉体を損なっても不死の祝福がかけられている。ポイズンドラゴン様の元で生まれ変わるのだ。お前らに情報を渡すくらいなら……!』


「なっ……!」


決死の献身デディケーション!』


 その瞬間、デスホークの体が爆発した。折れて鋭くなった骨が野々花に飛んでいくのを見て、俺はとっさに野々花を庇った。炭の入ったリュックを貫通し、俺の背中に骨が刺さり、激痛に俺は喘いだ。


「おじさん!」


「大丈夫、これくらいすぐ直せるから……。かはっ」


「ふん、いい気味ね。野々花ちゃんを守ったのは称賛に値するけど、ここで死んでくれたほうが後腐れがないし合法だものね」


 その瞬間、玲奈ちゃんが動いた。増田さんにまっすぐ向かっていくと、その頬をビンタしたのである。


「れ、玲奈ちゃん……?」


「野々花さんの恩人にそのような暴言は許しません。許せません。すぐに撤回してください」


「だ、だってこいつはなんの取り柄もない男っていう種類で……」


「ここで男性女性の貴賤はありません。私はおじ様の治療に向かいますので」


「あっ、れ、玲奈ちゃん……」


 無事玲奈ちゃんの怒りを買った増田さんは、一人取り残された。俺の背中に刺さった骨はあともう少しで肺に到達するところだったそうで、抜かれたときはひどく痛んだが、玲奈ちゃんの治癒で俺はなんとか生還することができた。


 増田さんはその後しばらく玲奈ちゃんに口を聞いてもらえず、しょんぼりしていた。

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