第37話 ドラゴンゾンビ

 結局デスホークから情報を引き出せなかった俺たちは、集落を後にして進むことにした。かろうじて舗装された道は沼になっている確率が低く、ぬかるんだ脇道にいかなければならないということは少なく済んだ。


 道中ゾンビたちを蹴散らしながら進み、風が激しい開けた元草原地にやってきた。ただどれもが毒に侵されて腐っており、なんとも言えない臭いを放っている。


「本当に何もないね……」


「中ボスにも当たらないし、ここでちょっと休憩する?」


「休憩! はい! 賛成! 美少女二人を侍らせて休憩なんて、おさわりし放題……! ああ、あんたはどっかに行ってて……げふん。そばにいるくらいならいいわよ」


 玲奈ちゃんからの無言の圧を感じてか、増田さんは前言撤回した。手のひらを返すのが早すぎる。


 かくして焚き火台に炭を入れて着火し、暖を取る。毒沼の園ということで食料は持ってきていない。空気に触れた瞬間腐ってしまうだろうからだ。


 使い捨てのナイロンのシートを敷いて、その端っこに座る。こうして眺めていると、本当はもっと綺麗な土地だったんじゃないかと思う。そう思って、俺はふと閃いた。


 これだけ入念に毒沼にして潰したということは、この土地は清浄で清らかな土地だったのではないかと。それをモンスターが住みやすいような土地に改良した。この土地を浄化する方法が見つかれば、ダンジョンボスが現れる可能性も高い。


「なあ、閃いたんだが」


「なによ、セクハラならお断りよ」


「だから……。もういいや。野々花、玲奈ちゃん聞いてくれ。ポイズンドラゴンを呼び出す方法がなんとなくわかったかもしれない」


「それ本当!?」


「すごいですわおじ様! ぜひ聞きたく思います!」


 二人の純粋な視線が眩しい。一方の増田さんは爪をぎりぎりと噛んでいる。癖なのかな。


「この土地、魔力に溢れてるんだ。今は汚染された魔力だけど、元々が清浄な魔力なのだとしたら、モンスターは住みにくい。だから解決の糸口を見つけ出しそうな人間ごと毒で侵したんじゃないか? まあ、憶測だけど」


「よくわかっているではないか、人間」


「……っ! 誰!?」


 野々花が剣を持って立ち上がり声がしたほうを見ると、少し離れたところで白い髭をたっぷりと蓄えたゴブリンキングが浮遊してそこにいた。杖を持っているということは魔法タイプだ。


 俺も立ち上がって身構える。ゴブリンの長だから魔力はそこまで、と思いきや、特殊な個体らしく膨大な魔力を感じる。仮にもドラゴンの配下になれるだけはあるということか。


 俺が臨戦態勢を取ると、ゴブリンキングは瞬間移動して俺の背後を取った。その魔力の残滓ざんしを感じることができない。こいつ、できる……!


「ほっほ。このまま殺すのはたやすいがの。それではポイズンドラゴン様がご立腹なされる。そこで、人間たちには試練を下すものとする」


「何を……」


召喚・死したドラゴンサモン・ドラゴンゾンビ


 その瞬間、俺たちの前に黑い光から骨だけのドラゴンゾンビが現れた。ゴブリンキングはまた瞬間移動してドラゴンゾンビの左肩あたりに浮遊する。


「このドラゴンゾンビを倒してみろ。死しているとはいえ仮にもドラゴン。お手並み拝見じゃ」


『ギャオオオオオオオ!』


 ドラゴンゾンビが咆哮をあげるだけで空気が震える。俺はすかさず魔法を撃った。


電気疾走スターリーボルト!」


 電気でできた一角獣が構築され、ドラゴンゾンビに電光石火の動きで迫る。ドラゴンゾンビはその一角獣を、片手で跳ねのけた。電気が絡みつくが、大したダメージになっていない。


「嘘だろ……」


「ふぉっふぉ! ゾンビに電気で挑むとは愚かよのう。ドラゴンゾンビ、人間たちを蹴散らせ」


『ギャアアアアア!』


 ドラゴンゾンビはまだ帯電しているほうの手で俺たちのいた場所を地面ごと抉り飛ばす。俺はとっさに野々花と玲奈ちゃんを両脇に抱いて空中に瞬間移動する。増田さんも自力で瞬間移動して逃げたらしく、同じく空中に浮いている。


 増田さんの能力は瞬間移動か。魔法もそこそこ扱えると。なかなかいい能力をしている。足手まといだった高橋や松山さんよりはずっとマシだ。


 キャンプは壊れ、大きなクレーターができる。これではもう野宿をすることはできない。ここで決めるしかないということだ。


「足引っ張らないでよ、セクハラ男」


「セクハラって……。なんでも性的に捉えるのはおかしいぞ。お前がそうしたいからそう言ってるんだろう?」


「なんでわかってるなら譲らないのよ! キイイイイ! 野々花ちゃんと玲奈ちゃんを返しなさい!」


「私はおじ様のほうがいいので」


「玲奈ちゃあん……」


 きっぱりと否定されて泣きっ面を見せる増田さんを構っている暇はない。玲奈ちゃんが手を合わせて、呪力があふれ出る。


聖方術式・仏の御手せいほうじゅつしき・ほとけのみて


 俺たちの目の前に小さなおしめをした赤ん坊が出てくる。その赤ちゃんが手を振り上げると大きな光の手も追従して現れ、振り下ろされる。


 ドラゴンゾンビは黒い防御壁を張って対抗する姿勢だ。赤ちゃんが振り下ろした光の手と闇の防御壁がぶつかり合い灰色の火花が散る。


 少しの間そうしていたが、ゾンビでもドラゴンだ。玲奈ちゃんの放った術式の手をはねのける。赤ちゃんはその風圧で飛んでいき、光の粉になって消えていく。


「くっ……」


「小娘、着眼点は悪くないがな。お前程度の呪詛では倒せまいよ」


「じゃあ、ぶち抜いてしまえばいいんだろ」


 俺の目の前に大きな光の玉が生成される。


聖なる槍ホーリーランス!」


 光の玉から幾重もの光の槍が生まれ、ドラゴンゾンビに襲いかかる。


 ドラゴンゾンビは闇の防護壁を掲げて防いでいたが、これ自体はそこまで高ランクでなくてもやまない光の槍の雨に徐々にヒビが入っていく。


闇なる槍ダークランス


 ドラゴンゾンビが一言呟いただけで、俺と同じくらいの闇の槍が生まれ、俺めがけて跳んでくる。


 光の槍と闇の槍は相殺しあい、膠着こうちゃく状態になる。俺ももう一つ魔法を使いたいが、そうすると浮遊魔法がぐらついてくる。そこを狙われたらおしまいだ。


 ぱんっ、と玲奈ちゃんが気合を入れるように手を合わせ、呟く。


聖方術式・死者必衰せいほうじゅつしき・ししゃひっすい


 和の家柄だからか、それとも無理をしているのか、高ランクの呪詛を玲奈ちゃんは使った。


 美しい中性的な仏様が現れ、ドラゴンゾンビの体に触れた。するとそこからたちまちの打ちに骨が粉状になって崩れていく。ドラゴンゾンビはその大きな腕で仏様を払おうとするが、半透明の仏様に意味はない。


『グオオオオオオオ!』


 自分の体が消えていくことに恐怖を感じたのか、ドラゴンゾンビがダークランスを振りまきながら暴れる。俺はぐらつくのも承知で絶対防御プロテクションを張り、耐える。


 増田さんは一人だからかすいすいとダークランスを避けている。野々花と玲奈ちゃんが大事だと言うのなら一人くらい手伝ってくれてもいいのに。


 仏様が触れたところからどんどん侵食されていく恐怖。それを絶叫で表していたが、仏様がついに頭に触れた。頭は粉状になって、風に舞って消えていく。


 それと同時に闇なる槍ダークランスも霧散し、消えていった。


 ぱちぱちぱち、と手を叩く音がして下を見ると、ゴブリンキングが拍手していた。ドロップ品とフレーバーテキストを破壊して、粉々にする。よほど情報を見られたくないらしい。


「神憑きにヒントを与えるとろくなことがない。それに、その女子を助けねばならないのではないか?」


「え……。れ、玲奈ちゃん!」


「これくらい、平気で……ごほっ、ごほっ」


 咳きこむたびに口から血が出てくる。魔力切れた。すぐに魔力を分けてあげないと死んでしまう。


 ゴブリンキングはにぃ、と目を細めると、俺たちの高さまで登ってきた。


「おぬしらは試験を見事成功させた。ならば、褒美を与えねばならんだろう」


「わざとゆっくり話すのはやめろ! 早く言え!」


「ポイズンドラゴン様は部下を一体殺されてひどくご立腹だ。だが、姿を見せることはない。ならば次はこのわしを倒してみせよ」


 俺は無言で考え、絶対防御プロテクションを解除すると玲奈ちゃんに魔力を体が繋がっている脇腹から分け与えた。


 血を吐いていた玲奈ちゃんが、少し落ち着いた表情をする。俺がふがいないせいで玲奈ちゃんを傷つけてしまった。


「その話、乗ろう」


「そうこなくてはな」


 にぃ、と、ゴブリンキングは目を細くした。

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