第32話 おばさん、怒鳴られる

 道中の雑魚を蹴散らして進み、最後の一体をアキラが倒したところで、鉄の扉が見えてくる。ようやくダンジョンボスのお目見えか。スマホの充電はあとニ十パーセント。


「充電が切れそうじゃない! ダンジョンボスを倒すのにどれくらいかかるの!? もし何分もかかるようなら容赦しないんだから!」


 その言葉についにアキラの堪忍袋の緒が切れた。松山さんの胸倉を掴み、睨みつける。


「あんた、おっさんに助けられてばっかりだろ。どの口がそんなこと言うんだよ。そんなにおっさんと俺が嫌なら一人でダンジョンボス行けよ。おばさんなら倒せるんだろ?」


「まあまあ、アキラ。いいじゃないか。無事最終階層まで着いたんだから」


 ここで心を砕いては面白くない。ダンジョンボスのこともあるし、アキラが野々花から受け取った情報にも興味がある。庇うのは心外だが、こうでもしないとアキラが傷害罪で逮捕されてしまう。


 アキラは一瞬俺を睨んだが、俺の微笑みを見てはっとしたらしい。怯える松山さんの胸倉を離して舌打ちする。


「おっさんの優しさに感謝するんだな」


「だ、誰がこんな男なんかに……」


 ああ、逆なでするようなことを言う。本当に性根が腐っているんだな。高橋とつるんでいただけはある。どんな悪事が暴かれるか、楽しみだ。


 と、その前にダンジョンボスだ。俺は鉄の扉を開く。


 その中にはシャドウガーゴイルがいて、黒く光る岩石の体に巨大な手足。踏みつぶされたらひとたまりもないだろう。


 俺はよく見えるように少し離れたところにスマホを置いた。するとガーゴイルは振り向き、松山さんを見た。鋭い視線に射抜かれて、松山さんは動けなくなる。


「ひっ……」


『女か。女の肉は美味いからな。まずはお前からだ』


 ガーゴイルが素早く俺たちの目の前に現れる。俺は叫んだ。


絶対防御プロテクション!」


 俺たちの前に展開された魔法の壁がシャドウガーゴイルの鋭く大きな爪を止める。その隙にアキラが空歩で背後を取り、シャドウガーゴイルを鉈で斬りつける。


 かきん、と弾かれる音がして、アキラは体勢を崩す。うざったそうに振り回された腕をかろうじて避けると、アキラは連撃を食らわせた。


 だが、シャドウガーゴイルの皮膚には傷一つつかない。それどころかアキラの鉈の刃先がどんどん欠けていく。


 俺はアキラが犠牲にならないように叫んだ。


星々の煌めきティンクルスター!」


 それを聞いたアキラが距離を取る。きらきら光る星の粒がシャドウガーゴイルに襲いかかる。土煙をあげて光の粒がシャドウガーゴイルをハチの巣にした、かと思ったが。


『キシャアアアアアア!』


「無傷……!?」


「へへ、さすがガーゴイルなだけあるよ。どこもかしこも、物理も魔法も効かないなんて」


 そこには絶対防御プロテクションに爪を立てて平然とした様子のシャドウガーゴイルがいた。正確にはダメージを受けているのだが、ちらほら崩れていてるところがあるというだけ。


「化け物め……!」


 魔法岩石でできた外皮は硬すぎる。なんとかして柔らかくしなくては。


 俺は考えた。絶対防御プロテクションがあるからしばらくは安泰とは言え限度はある。このまま力押しされたらいずれ割れるだろう。アキラだって狙いを変えられる可能性があるのだ。早急に何とかしなければならない。


「松山さん、黙ってないでバフしてくださいよ! 自分の命かかってるんですよ!?」


「そんな……そんなの、女の仕事じゃないわ! モンスターを倒すのは男の仕事よ! そうでしょ!? 役に立たないのはあんたのほうじゃない!」


 俺の堪忍袋の緒も切れた。俺は背後にいる松山さんを睨んで怒鳴りつける。


「そうやって男の仕事男の仕事って、あんたここでなにしてきたんだ! 俺はいいとしても、高校生のアキラに何かあったらどうするつもりだった! 殺人ほう助の罪に問われて人生パーだぞ!? それになにが男の仕事だ! 自分は何もしないで見ているだけ。そんなあんたに指図される筋合いはない!」


「なっ……。男のくせして、生意気……きゃあ!?」


 絶対防御プロテクションにヒビが入る。そろそろ限界だ。何か策を見つけないと。


 そうだ、硬いなら溶かせばいい。魔法岩石の沸点がどのくらいかわからないが、やってみる価値はある。


炎方術式・万華繚乱えんほうじゅつしき・ばんかりょうらん!」


 俺の足元に炎が巻き起こり、呪いが込められた灼熱の炎がシャドウガーゴイルを襲う。たちまちのうちにシャドウガーゴイルは炎に包まれ、体の表面が溶けていく。今だ!


「アキラ!」


「おっけー! まっかせといて!」


 アキラは刃が欠けた鉈を持ち左手を地面につくと、空歩で目で追うのも難しいほどの斬撃と殴打を与える。シャドウガーゴイルは痛みと熱さにもがき苦しみ、絶対防御プロテクションから数歩下がる。


 そして炎に包まれていて目を閉じていたが、かっと目を見開いた。そして咆哮をあげると、炎がたちまちにしてかき消える。


『ふう……。今のはさすがに効いたぞ。お前、噂の神憑きか。なかなかやるな』


「なんで……」


『なんで? それは、オレ様が絶対の強者であるからに決まっている。何人人を食ってきたと思ってる? その生者への怨念が、俺に力を与える』


「くっ……」


 俺は諦めかけて、閃いた。怨念が力を与えるというなら、それは呪いだ。さっき呪いが効いたのもそのせいだろう。俺の攻撃をしのいでシャドウガーゴイルは調子に乗っている。今しかチャンスはない!


 俺は両手を合わせ、呪詛を練り上げていく。松山さんはその禍々しい気だけで腰を抜かしてしまったのか、へたりと座り込む。


闇方術式・怨嗟諸共やみほうじゅつしき・えんさもろとも


 俺の背後の壁から闇の大蛇が何匹も現れ、シャドウガーゴイルに噛みつき体を引きちぎっていく。シャドウガーゴイルは痛みと呪いの苛烈さに苦痛の悲鳴を上げた。


『なぜだ……! なぜ……!』


「怨念がお前の糧なら、それを食ってしまえばいい。神憑きなんでね、なんでも使えるんだ。それが呪いであっても」


『ぐあああああ! おのれ……! おのれぇ……! 人間、ごとき……に……』


 闇の蛇の勢いに押されて押し倒され、肉をぐちゃぐちゃと食べられるシャドウガーゴイルを見て俺はため息をついた。


 今回は危なかった。シャドウガーゴイルが自ら弱点を言ってくれなかったらもっと苦戦していただろう。


 アキラが俺のスマホを拾って、配信機器に繋いで準備をしている。メインディッシュは、これからだ。

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