第31話 おっさん、魔法におばさんを巻きこむ
三階層ボスの扉が見えてきた。先ほど仮眠をとったから眠くないのが幸いか。
松山さんは視聴者に見られるのが怖くて完全に後ろにいる。バフもきちんとくれる。でも、まだだ。俺の二十七万奪った罪は重い。
途中からアキラは夜十時を回ったということで配信を切った。アキラのところから流れてきたリスナーが合わさって、同接8万というすごいことになっている。配信機器も借りて、
木の扉を開けると、中は大きな空洞になっており、アークデーモンを捕食している巨大な恐竜──タイコウサルスがいた。ゆうに三メートルは縦幅がある。俺は入口付近の壁にスマホと革の鞄を置くと、村正を作り出した。
その気配に気づいたのか、タイコウサウルスは振り返って咆哮をあげた。
『神憑き! 腹減りのオレ様にはたまらない! いい味がするんだろうなあ』
じゅるり、と鋭い歯の間をぬめった唾でてらてらと光る舌で上あごを舐める。その光景にぞくりとしながら、俺は素早く革の鞄に入れていたジュエルドラゴンのピアスを取り出した。
それは暗闇の中で発光し、光の玉を一個作り出した。まばゆい光があたりを照らす。これを拾っていたのをすっかり忘れていた。
まばゆい光に俺たちもタイコウサウルスも目をやられながら、慣れてきたところでタイコウサウルスが高く飛び上がり、着地する。地響きがして全員足を取られて動けなくなる。これが狙いか!
タイコウサウルスはよだれをまき散らしながら突進してくる。大きな地響きでよろけた俺は、松山さんを抱いて横にダイブし、アキラは空歩でなんとか避ける。スマホのことが頭をよぎってそちらを見たが、なんとか無事のようだ。
タイコウサウルスは壁に噛みついてしまって少しの間動かなかったが、壁ごとかみ砕くと俺と松山さんのほうを見る。
『神憑きに女か。女はいい。肉が柔らかくて美味いんだ』
「ひっ……!」
「よそ見してんじゃ……ねえよっ!」
アキラが空歩で縦に飛び上がって全体重をかけた鉈の一撃を食らわせる。だが刃先が少し刺さった程度で、タイコウサウルスが身震いし弾き飛ばされる。それくらいは慣れているのか、空中で一回転して着地する。
「おっさん! こいつかてえ! けど、魔法に弱い感じがする!」
「わかった!」
「いつまで抱きしめてんのよ! この変態!」
俺は何も言わずに起き上がる。俺のおかげで助かったのに。ちょっと怖い目見てもらうか。アキラは巻きこまないように、タイコウサウルスと松山さんにだけ聞こえるよう。
「
瞬間、タイコウサウルスは苦痛の咆哮を、松山さんが頭を抱え始める。今はみんな血の惨劇の悪夢を見ている。その隙に、村正に妖力を込めて足を斬りつけた。
タイコウサウルスのアキレス腱を切り離し、倒れたところを鋭い爪がある両腕を斬り落とす。悪夢の中にいるタイコウサウルスは横に倒れ、恐怖の悲鳴をあげる。
「
俺はタイコウサウルスの喉元に立つと、柔らかい鱗の部分を狙って斬撃を連続で繰り出す。
鋭い村正の切っ先による突きは肉体が弱っているタイコウサウルスに効果は抜群だった。喉元を鋭利な刃物で傷つけられたタイコウサウルスは断末魔をあげることもできずに絶命した。
俺はタイコウサウルスの頭を一応蹴って確認すると、
「あんた、わざと私を巻きこんだわね!」
「さあ、なんのことだか。俺は敵を倒そうとしただけで、松山さんに危害を加えようとしたわけじゃありませんから。たまたま魔法の範囲にいただけ。そうじゃありませんか? そうじゃなければ今ごろ松山さんはあのタイコウサウルスの胃の中ですよ」
「……っ! それでも、レディの扱いってものが……!」
「それよりもボスドロップ見ないと」
「ちょっと!」
松山さんの制止を無視して俺は光になって消えていくタイコウサウルスの胴体にあったドロップ品を見る。タイコウサウルスの巨大な牙を腕輪に加工したものだ。フレーバーテキストもある。
データ解析完了、対象、タイコウサウルス。
『ワイトキングの後ということで緊張している。生まれて二十年の若い個体。そのため攻撃がワンパターンなのが悩み。地響きを起こして相手を動けなくさせるのが得意。好きな食べ物は人間。アークデーモンに人間を奪われることが多いので、むしゃくしゃしているときはアークデーモンを誘導しては食べている。この腕輪はコボルトがまだ住んでいたときに抜けた乳歯を加工して作ったもの。装備者の力を底上げする。タイコウサウルスの青年は外を知らない』
なんだか……。悲壮感があるようでないような、なんとも言えないフレーバーテキストだ。というかコボルトに出会ったことないよな。どのダンジョンにもいた形跡はあるんだけど。
俺がスマホを拾うと、コメントは大騒ぎだった。
《おおー、タイコウサウルス。フィジカルの塊みたいなモンスターよく倒したな》
《これで三階層クリアか。どこまで続いてんだ? この洞窟》
《マグマが多くなってきたから、そろそろ終わりだと思うけど》
《今回もパーフェクトゲームか? 刀のほうも期待してるぞおっさん》
リスナーたちの応援コメントが俺の励みになる。確かにマグマが増えてきたし、次が最終層かもしれない。
俺はアキラに目配せする。するとアキラも頷いた。最終層で待っているものは、このダンジョンボスと松山さんの終わりなんだから。
「ちょっとなにしてるのよ! 置いていくわよ!」
松山さんはやっぱり反省もしてないし懲りてない。先に進めばまたさっきみたいなことが起きるかもしれないのに。
俺はもう何も言わず、反撃をする瞬間を心待ちにしながら松山さんの横を抜けて前にでた。アキラもそれについて歩くのを、松山さんが慌てて追いかけてくる。まさか置いていかれるとは思っていなかったのだろう。
このかったるい松山さんとのダンジョンもあと少し。それまで耐えろ、俺。
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