第28話 夢の中の神

 道中は松山さんがおとなしくなったので俺たち二人で蹴散らし、たまにバフをもらいながら進んでいた。アークデーモンの群れを倒したところで、松山さんがうずくまった。


 俺とアキラが歩みを止めると、松山さんは恨めしそうに俺を見る。


「レディにどこまで歩かせるつもり? 魔法で戦えるなら私をおんぶするのが筋じゃない?」


 何を言っているんだこいつは。三階層は分かれ道があったりして、そのぶんハズレを引いて戻ったりしたから疲れるのはわかるが、おんぶするのは違うだろう。疲れたなら言ってくれれば休憩にするのに。


「残念ですけど、おんぶはできません。俺が疲れるだけだし、それで判断が遅れて二人とも死んだら意味ないですよね?」


「なによ、底辺のくせに生意気ね」


「生意気なのはあんただろ。おっさんが優しいのをいいことに無理難題ばっかり言いやがって。じゃあ休憩! おばさん熟睡するなよー。みんなごめんね。スマホの充電節約のために一回配信切るよ。二時間後には戻ってくるから」


 アキラはそう言って配信を切り、壁にもたれかかって目を閉じた。目を閉じただけで、寝ていないのは雰囲気でわかる。


 また余計なことを言いそうにする松山さんを止めるために、俺は結界を張ることにした。これなら、アークデーモン数体に一斉に殴られても平気だし、俺たちはその衝撃で起きることができる。


「い、今の光はなに!?」


「結界です。松山さんもゆっくり眠れるようにと思って。ここの中は安全ですから、ここにいてください。外に出た場合の責任は取れません」


 勇気を出して口にした言葉は松山さんに効いたようだ。一つ頷くと、比較的ひんやりしているこの洞窟内で壁によりかかり眠り始めた。アキラも結界の存在を感知してくれたのか、寝息を立て始めた。


 俺も連戦に次ぐ連戦で疲れた。時刻は夜の七時。二時間ほど寝れば疲れはほぼ取れるだろう。


「みなさん、ダンジョン攻略のために二時間休憩します。アプリ落とすので、また二時間後に


《あーい。死ぬなよおっさん》


《まあおっさんの結界ならそう簡単には雑魚どもは破れないだろうけど》


《俺も仮眠するわー。またあとでな》


「みなさんありがとうございます。それじゃあ、また二時間後」


 配信アプリを終了して俺も壁にもたれかかり、意識を集中する。するとすとんと眠りに落ちて、意識を手放していった。




◇◇◇◇




 暖かいところにいる。火山の暑さではなく、母親に抱きかかえられているような。俺が目を覚ますと、そこは囲炉裏いろりのある広い和室で、その囲炉裏を囲む女性に俺は見覚えがあった。いいや、忘れるはずがない。


「あ、あのっ!」


「眠っているところをごめんなさい。さあ、温まってくださいまし。この世界は寒いから」


「あなたは、いったい……」


「女性の秘め事をそう暴くものではありませんよ」


 胸元が少しはだけた着物を着た女性は立ち上がると、お茶の用意をしてくれた。確かに、この世界は火山と違って少し寒い。


「あ、ありがとうございます」


「どうぞ、召し上がってくださいまし」


「い、いただきます。……あ、おいしい」


 不思議な味だった。確かに苦いのに甘みを感じるお茶。一杯のお茶を飲み干してしまうと、女性はころころと笑った。


「これしか出せませんが、許してくださいまし」


「とんでもない! このお茶すっごくおいしいです」


「それはよかったです」


 沈黙が降りる。俺は気まずくなって、話を切り出した。


「あの、あのときはどうして助けてくださったんですか?」


 すると女性は目を閉じて首を横に振った。言えないということか?


『貴方にはまだやるべきことがあるのです。そのために選んだのですから』


 女性はこう言っていた。だから、その説明があると思ったのだけど、言えないのか? じゃあ、どうして俺は選ばれたんだ。死にたくてたまらなかったあのとき、救ってくれたのはこの神だ。


 日本には八百万の神がいるという。その一人なのだろうが、与えられた力が規格外だ。それに助けられているというのが本当なのだが。


 いったいなんの神なんだ。屋敷を持っているということは下のほうではないんだろうけど。いや、神というくらいだから下でも屋敷は持っているだろうが。


「あなたは素性が言えない。そうですね?」


 こくり、と女性がうなずく。


「では、俺を選んだ基準は? どうして俺は選ばれたんです?」


「それもあまり多くは……。ただ、あなたには悪魔憑きにならない祝福がかけられている、としか」


「悪魔憑きに……?」


 悪魔憑きというのは、モンスターがなるものじゃないのか? でもその口ぶりだといつか人間もなると言いたげだ。


「人間も悪魔憑きになるのですか?」


「基本的にはなりません。ですが、この世は絶望している人々が多いのです。いつ悪魔が私の加護を破って悪魔憑きになってしまうかわかりません」


「それって……。魔王サタン?」


 女性が弾かれたように俺を見た。それから視線を囲炉裏にやって、目を閉じる」


「サタンの手下が何か言ったのですね」


「神憑きについてのことを教えてもらいました。あなたは元は人間で、死んだあと神にされたと。位について言えないなら、無理には聞けませんが」


 俺が引くと、女性は綺麗な黒い瞳で俺を見た。


「私は温度を司る者、としか今は言えません。他にも権能はありますが、言えばたちまちにあなたの力は失われてしまう」


「俺の、力が……?」


「……あなたのことは息子のように可愛いのです。よければ、膝枕をさせてもらえませんか」


 俺は涙が出そうになるのを必死にこらえた。なんだろう、色っぽいお姉さんなのに、不思議と安心感を覚えるのは。本当に母親と接しているような錯覚を起こしてしまう。


 俺は立ち上がって女性と少し離れたところに座ると、頭を太ももの上に乗せた。女性が慈しむ笑顔で俺の頭をゆっくり撫でてくれて、なんだか涙が出そうになってきた。


 なんでだろう。俺の親父もおふくろも存命なのに、この人に母性を感じてしまうのは。この人は一体誰なんだ。どうして、俺に見返りを求めずよくしてくれるんだ。


 その時、世界が衝撃を受けたように揺れた。女性は最後に頭を一回撫でて、言った。


「夢の世界はおしまい。またお話しましょうね」


 その瞬間、俺は急激に眠くなった。女性の顔を見つめながら、眠りに落ちていく。ああ、やっぱり名前は聞けなかった。そう思いながら。

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