第29話 図々しいおばさん
「……さん! おっさん!」
はっとして起き上がる。時刻は夜九時を過ぎたところ、結界がアークデーモンたちによってがんがんと殴られ、結界が崩れそうというところだった。
あれは夢だったのか? そんなことはこの際どうでもいい、早くアークデーモンたちを片付けなければ。
「
俺の前に何本もの鋭い剣が展開され、それが一斉にアークデーモンたちに襲いかかる。剣を打ち落としても次から次へと剣が飛んでくるので一体、また一体と頭や胸、腹を貫かれて倒れていく。
最後の一体が死んだのを確認すると、俺は結界を解いた。
「おっさん、相変わらずえげつない魔法使うね」
「そうかな」
「どうしてもっと早く起きなかったのよ! 死んじゃうのかと思ってびくびくしちゃったじゃない!」
「もう倒しましたから危険はありませんよ。そんなに怒らないでください」
「怒るわよ! 命がかかってるのよ、命が! レディを守るという
そんな昭和ノリ持ち出されても。四十代後半くらいの人たちは根性論が好きだなあ。そうじゃない人もいるんだろうけど。
「おっさんに助けてもらっておいてありがとうも言えないの? それともおっさんが怖いの? おっさんの優しさに甘えすぎじゃないのかな。おっさんも、もう少しバシッと言っていいのに」
「ははは、そういうわけにはいかないんだ。今はね」
同じ富岡商事に働いている身としては、アキラが最初に脅してくれたからというのもあるが、逆上からの身バレの可能性もある。アキラみたいにもう身バレしてる身としては平気なんだろうが、俺はそういうわけにはいかない。
俺たちが不穏な会話をしていたのを効いていた松山さんは、俺たちが何か企んでいるのを察して顔色を少し青くした。おっと、脅しすぎたかな。
「それに松山さんには恩もあるからね。それを帰さなきゃいけない」
「そ、そうよ。あなたは私に対して恩があるの。高橋くんにお金を渡してあげたという恩がね」
あ、松山さん自分で墓穴掘った。俺のチャンネルのコメントが一気に流れる。
《おい、高橋に金渡してあげたってどういうことだよ》
《まさかおっさんから金巻きあげたのか? このおばさん、窃盗罪かよ》
《おかしいと思ったんだよな。収益金が入ってるはずなのに相変わらずよれたスーツ着てるからさ。おおかた、脅して金を奪い取って高橋に貢いだんだろ。どこまでも気持ち悪いおばさんだな》
「ははは。大したことありませんよ。みなさんが俺の配信を見てくれる、それだけでいいんです。彼女には彼女なりの考えがあってのことだと思いますから。ねえ、松山さん?」
「あ、あ……」
名前を出したことで特定班が動き出す。松山さんは俺のスマホを取り上げてリスナーに向けて声をかける。
「い、今のは冗談よ。お金を奪うなんて、そんなことするわけ……。富岡商事? 知らないわ、そんな会社。私は小さな会社のお茶くみですもの」
どんどん特定されていっているのだろう。松山さんの顔が青い。俺は自分のスマホを取り返すと、リスナーに向けてこう言う。
「特定はほどほどに。住所とかそういうのはだめですよ。松山さんにも松山さんの生活があるんですから」
《えー。新しいおもちゃ見つけたのにー?》
《おっさんがそう言うんだ。特定班はほどほどになー》
《こいつ高校生のガキがいるのか。ずいぶんやつれてんな……》
《まあ今回はこんくらいにしておいてやるわ。次おっさんに危害を加えたような発言したら許さんからな》
リスナーの発言にほろりと涙がこぼれそうになる。高橋のときは野々花と一緒だったから俺にも当たりがきつかったが、そうじゃなければ人の心を持っているリスナーもいる。
でも、メインディッシュはまだまだ先だ。そろそろ腹も減ってきたし、何か食べ物を探さなければ。
ふとアークデーモンのほうを見る。ダンジョンライバーにはダンジョンの中でキャンプをして過ごす人間もいるという。アークデーモンの肉、食えないかな。
「なあアキラ、アークデーモンの肉って食えるか?」
「げっ、腹減りすぎて頭おかしくなった? まあ、きちんと焼けば食えなくはないんじゃないか? 味は保証しないけどな」
「モンスターの肉を食うの……!? 冗談じゃないわ、私は食べない!」
「でも腹が減って本来の力を出せなければ死ぬのは待ったなしですよ」
「う、うう……」
そのとき、松山さんのお腹がくう、と鳴った。そうと決まれば、アークデーモンに突き刺さった剣を抜いて丸々と越えた獣の足を斬り落とす。
俺は次に巨大な焚き火台を用意して薪も作り出し、火を起こしてアークデーモンの足を焼き始めた。じゅうじゅうと肉が焼ける音がする。匂いは……肉食だからか、やはり牛や豚には劣る。
アキラは興味ありげに近寄ってきて、匂いを嗅いでもっと興味深そうにした。松山さんはギリギリまで離れて肉が焼けていく様子を見ている。
「よし、一本焼きあがったぞ。毛をナイフで落として、っと」
ナイフを作り出し、毛を落としてこんがり焼けたアークデーモンの肉を皮をはいでから薄くスライスして口に運ぶ。
うん、食べられないわけではない。美味しいとは言えないが、空腹を満たすには十分だろう。
「アキラ、ほら」
「あざっす。……思ったよりもまずくないな」
「下半身は獣化してるからだろう。これで草食だったらもっと話は違ったんだろうけど、ダンジョン内では贅沢は言えないからね」
「しょ、正気なの……?」
松山さんは匂いが届かない位置で自分の腕で自分を抱いて震えている。一部特定された恐怖からも回復していない彼女は、頑なにこっちに近づいてこようとしない。
やれやれ。俺は焼けた部分の肉を削ぎ落すと、それを持って松山さんのほうへ持っていった。
「松山さん、薬だと思って」
「いやっ! アキラくん助けて!」
「俺ダンジョン内で野宿したことあるから言えるけど、肉があるだけマシだぞ。さっさと食っちまえよ」
「そ、そんなあ……!」
「ほら、食べる」
「むぐっ! む……」
最初は噛むのを頑なに拒んでいた松山さんだったが、空腹には抗えなかったのかやがて嚙み始める。
「まずくはないでしょう?」
「まずくは、ね。私も輪に入れなさいよ。二人だけで食べるなんてずるいわ」
厚顔無恥とはまさにこのことか。アークデーモンの肉が食えるとわかったとたんに焚き火台の近くに座って俺が肉を削ぎ落すのを待っている。この女は、本当に。
でも、今はまだそのときじゃない。アキラもお腹を空かせているだろう。松山さんというよりはアキラのために俺は焚き火台に戻った。
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