第27話 もう一人の神憑き

 中にいたのは死霊の王、ワイトキングだった。体は腐り、ところどころ白骨化している。やはり腐臭がひどいので、風魔法を使って換気をした。


 松山さんは壁に置いてある椅子に縛り付けられており、俺たちを見つけるなり大声を張り上げる。


「ちょっと! 遅かったじゃないの! レディをなんだと思って……」


「おばさんは黙ってて。捕まってる分際で言えることじゃないでしょ」


「なっ……!」


 心外だとでも言いたそうな松山さんを無視して、俺たちはワイトキングを睨む。


 ワイトキングはよたよたと二歩こちらに近づいたと思うと、一言呟いた。


死霊使役ユージングデッド


 その瞬間、土でできた地面からスケルトンやらグールやらが大量にはい出てくる。松山さんに襲いかかろうとした一体をアキラが斬り捨て、乱暴に縄を切ると松山さんの手を掴んで空歩くうほで戻ってきた。


「何よ、助け方が乱暴ね! レディの扱いがわかってないってあれほど言ってるのに……」


「助けてもらった分際で何言ってんの? 殺すよ?」


 アキラに本気で睨まれて、初めて松山さんが怯んだ。俺は畳みかけるように続ける。


「アキラくんの言う通りです。助けてもらったのにありがとうも言えないなんて、社会人としてなってません。高橋の心配するくらいなら自分のマナー心配したほうがいいんじゃないですか。……ごめんなさい、壁からアンデッドが出てくるので、見たい人はアキラくんの配信に移動してください。スマホをポケットにしまいます」


《あーい。信じてるぜ、神憑きさん》


《それなら仕方ないな。アキラの配信二窓して見るわ》


《高橋ってことは、こいつも富岡商事の人間か。あの会社腐りすぎじゃね?》


 俺はそこまでのコメントを確認すると、スラックスのポケットにスマホをしまう。相手は人海戦術をするつもりだ。三人では荷が重い。いかにバフをもらって雑魚を素早く片づけるかにかかっている。


「わ、私は外で待ってるわよ! こんな、気持ち悪い敵となんて戦えな……」


「入口もアンデッドでいっぱいだけど、食われたいの? そういう趣味あったんだ。きも」


「ち、違う、私は安全な場所にいたいだけで……」


「もう安全な場所なんてありませんよ。死にたいならお一人でどうぞ」


「う、うう……! わかったわよ! 戦えばいいんでしょ!」


 やっとやる気になってくれたか。そのバフも俺がつけたほうが効果が高いなんて言ったら発狂されそうなので言わないが。


「天よりの贈り物、地からの贈り物。回せ、世界の理を。身体の向上を我々に与えたまえ。付与・身体能力向上エンチャント・パワーアップ!」


 それと同時に俺たちの体が少し軽くなる。うん、やっぱり自前でやったほうがいいわ。


「……神憑きか。懐かしい」


「懐かしい? どういう意味だ」


「それは言えぬ。ワイトとして生まれ変わり、今まで生きてきたが神憑きはお前で二人目だ」


「二人目……?」


 大昔に、神憑きになった人間がいたということか? 誰かは知らないが、同じ都市伝説仲間として興味がある。


 ワイトキングは瞼が腐り落ちていないほうの片目を細くする。


「知らんのか。それとも教わらなかったか。先代の神憑きは、お前に力を与えた神そのものよ」


「神様!? その人の名前は!?」


「さて、何千年も生きてきたから忘れてしもうたわい。それより、手下たちが腹を空かせている。食わせてやらねば酷というものだろう?」


 スケルトンとグールたちが迫ってくる。くそ、聞きだすのは後にするしかないか!


 グールとスケルトンが全方位から迫ってくる。俺は距離を保つために叫んだ。


召喚・光の戦士サモン・ライトウォリアー!」


 俺の目の前に淡く発光する、数々の武器を持った人が召喚される。武器も淡く光っており、覇気から歴戦の猛者を連想させる。


 光の戦士は剣を抜くと、地面と空気が一瞬震える。動きがまるで見えなかった。戻ってきたときには俺に触れるのではないかと思うほど近づいていたスケルトンとグールが光の粉になって消滅していた。


『我が主人、次なる命令を』


「あっ、と。雑魚たちを一掃してくれ!」


『御意』


 するとまた光の戦士の姿が消えた。正確には時々止まって見えるのだが、超高速で動いているので時々残像が見える程度なのだ。どの英雄なのだろう。魔法が作り上げた英雄にしてはできすぎている。


 所要時間一分。それだけで、部屋に跋扈ばっこしていたスケルトンとグールたちは光になって消えていった。


 それを見届けると、時間がきたのだろう。光の戦士も目を閉じて光の粉になって消えていった。ワイトキングは驚愕に目を見開いていたが、再びスケルトンとグールを召喚するための口を開いた。


 それを許すアキラではない。空歩でワイトキングのほうへ飛んでいくと、杖を持っていたその右腕を斬り飛ばした。


 がらん、と杖が斬り落とされた腕ごと転がっていく。ワイトキングが正面を向いたときには、アキラはその頭を捉えていた。


「おっさん! 援護頼む!」


「おう! 付与・光エンチャント・ライト!」


 鉈が光り始め、ワイトキングの首を落とした。光属性で攻撃したからか、体のほうは黒いすすになって消えていく。頭だけ残ったワイトキングは慌ててとどめを刺そうとするアキラに声をかける。


「ま、待て! もうワシはアンデッドを呼べない! 次の階層に行くべきじゃ!」



「頭も消えてない、杖も消えてないってことはそういうことでしょ。油断させよう立って無駄だよ」


「勘の鋭いガキめ……! そ、そうだ、一人目の神憑きの話をしてやろう! なっ、頼む!」


「興味ない」


「待ってくれ、アキラ」


 俺がアキラを止める。アキラはだるそうに振り向いて、とどめを刺すのをやめる。ワイトキングが一息つく暇もなく、俺はワイトキングの頭の前に座って声をかけた。


「話してくれ。一人目の神憑きと、その神になった人のことを」


「あ、ああ……。本当に、何千年の年月の前の話じゃ。この世界がまだ神々と悪魔たちのものだったときの話。とある神が神聖なる少女を見初めた。大層美しい娘でな、魔力も膨大に持っておった。神はその少女に神憑きの称号を与え、悪魔たちを殲滅させ始めた」


 神々、となると神は複数いたのか。俺が知ってる神を祭っている神社がいくつもあるのと同じ話だろう。


「悪魔はたまったものではない。百年ほどの戦争の中、少女は寿命で死んだ。神々はその功績を讃えてその少女を神にした。その少女の名前は……」


 その瞬間、ワイトキングの頭が影に吸いこまれていく。ワイトキングは恐怖の表情を浮かべた。俺たちも何が起こったのかわからずそれを見ていることしかできない。


「サタン様! 私が悪うございます! 今一度、今一度のチャンスを……! 嫌だ、死にたくない、死にたくない……! しに……!」


 とぷん、と音を立てて、ワイトキングの頭は影に消えていった。


 それを見ていたらしいリスナーからのコメント通知がきたことではっとし、ポケットからスマホを取り出したとき、同接は三万を越えていた。


《神憑きが神になった!? そんな話初耳だぞ!》


《ワイトキングも何か知ってるっぽいし、サタンの名前を出したぞ! 悪魔で最高位の存在だ! それくらいトップシークレットなのか!?》


《フレーバーテキスト! フレーバーテキストだよ! 杖の上に表示されてる! 読んで!》


 そう言われて俺がそちらを見てみると、確かに解析完了したフレーバーテキストが表示されている。俺がかがんでそれを読む。


「数千年の時を生きたワイトキングの最古参の一個体。ダンジョンの成り立ちから神々と悪魔のことも精通している。最初の神憑きに祓われそうになった個体であり、その少女の名前は……うおっ!?」


 ぼん、と音を立ててフレーバーテキストが爆発する。こうなってしまっては知るすべがない。俺は肩を落とすが、アキラが背中をさすってくれる。


「大丈夫、詳しい奴にはまた会えるよ。行こう、まだ続いてるみたいだから」


「……うん」


「神憑きって……あなた本当に神憑きだったの!? さっきからおかしいと思ったら……!」


「そうです。だから、あなたが口を滑らせるたびにうっかり怪我をさせちゃうかもしれません。それをお忘れなく」


 会社の俺では考えられない言動だ。当然だ、ダンジョンの外ではただの一般人であり、なんの力も持っていないのだから。


 松山さんは顔を青ざめさせて頷く。そして俺が先頭になって三階層に向かっていくのをアキラがついてきて、最後尾を松山さんがおとなしくついてくる構図になった。

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