第26話 懲りないおばさん
松山さんはそれからも助けてあげてもお礼一つ言わず、一人突き進んでいく。死なせないようにするのにアキラと必死になって守ってもお礼はなし。
最初はメロメロだったアキラに対しても、自分になびかないとわかると扱いが雑になってきた。俺よりはマシだけど。この人、自分の思い通りにいかないと態度に出る人か。厄介だな。
その分金を奪われた恨みが募っていく。最高の裏切りを松山さんにプレゼントだ。そのために野々花も動いてくれたんだから。
「ちょっと、来るのが遅いのよ! 男なんだからしゃきしゃき動いて女の子を守るもんじゃないの!?」
「いや、あなたが歩くのが速すぎるんですよ。守られたいなら俺たちの後ろにいてもらわないと」
「はあ? どうして私があなたたちの後ろにいなきゃならないのよ。今の時代レディが優先でしょ? 突然モンスターが現れたら全力で守ればいいだけじゃない。そんなこともわからないの? グズね」
俺を神憑きと知らないからか、完全に舐めてるからか、後者だろうがあまりにもひどすぎる。人を人とも思っていない。自分が生きるための道具か何かと思っている。
「おばさん。俺たちが守らなきゃ死ぬんだよ。もうちょっとわきまえたら?」
「ふん。最初はかわいい子だと思ったけど、私になびかない男なんて必要ないのよ。せいぜい殺人罪に問われないように私を守って……きゃっ!?」
松山さんの横の壁が破壊され、伸びてきた巨大な手に掴まれて穴の中に引っ張りこまれる。ほら、言わんこっちゃない。
松山さんが連れ攫われた穴を覗いてみるが、通路のようになっていてもう松山さんの姿はなかった。俺たちの脳裏に声が響く。
『女は預かった。救いたくば、このフロアにいるアークデーモンとデビルシャーマンをすべて倒せ。さすれば道開かれん』
「マジかよ……」
「エグいなあ」
《おっさん、おばさんどこいったんだよ!》
《まあいないほうがおっさんたちの足引っ張らなくていいけど、普通に殺人罪に問われちゃうから救うしかないんだよね》
コメントも松山さんにはうんざりしていたようだ。助けないと俺たちが殺人罪に問われるのも理解済み。助かる。このまま助けるなとか言われたら逆に困っていたからだ。
「アキラ、そっちのコメントは?」
「ほっとけって意見が多いけど、俺学生の身分で犯罪者になるのはごめんだからおっさんとタッグ組むわ。よろしくな」
「おう! 今のところ一本道だし、進んでいけばアークデーモンとデビルシャーマンに出会えるかもしれない」
《おっさんあのおばさん助けるの? 優しいねえ》
《おれだったらしれっと配信切って逃げてるところ》
「まあ、パーティの仲間ということで行きますよ。アキラ、俺も空歩に巻きこめるか?」
話を振ると、Tシャツをぱたぱたして涼んでいたアキラの黒い目が俺を見る。
「おっさんそんなに重くなさそうだからいけるんじゃない? やってみよっか」
「うん、よろしく。ってえええええええ!?」
手を握られたと思ったら、瞬間移動レベルで道を高速でかっ飛ばす。でも不思議と酔ったりすることはなく、ただただ高速で前に進んでいく。
すると武装したアークデーモンとデビルシャーマンの群れが見えた。こいつらが何者かが言っていたやつらか!
ざっと見積もってもアークデーモン二十体にデビルシャーマン三十体。少し骨が折れるが、やれないことはない。
同時に着地して少し地面を滑り、立ち止まった俺とアキラに向かって、アークデーモンが咆哮をあげて迫り、デビルシャーマンは魔法を唱え始めた。どちらもそれなりのランクのモンスターだ。だが、俺たちならきっと倒せるはず。
アキラは空歩を活かしてアークデーモンの懐の中に入っては鉈で体を切り刻んでいく。その動きはやっぱり鮮やかで、無力化するのも早い。
手首を傷つけて武器を握れなくしたり、腹をかっさばいて返り血を浴びないようにすぐ飛びのいたり、おっさんの俺には到底真似できないような体さばきをする。
俺も負けてはいられない。戦っているところが見えるように壁にスマホを立てかけると、村正を作り出してデビルシャーマンに斬りかかる。アークデーモンよりは戦闘能力がないのか、大した抵抗もなく斬られていく。
しかし魔法が完成した個体が、闇属性の魔法、
「
俺はデビルシャーマンたちの
「
俺が旋律を紡ぐと、苦しそうに頭を抱えたデビルシャーマンたちの体が炎上する。悲鳴をあげるが、一度炎の旋律を聞いた者は炎の呪いにかかる。消えることは決してない。
歌に酔い踊るように炎に包まれて、デビルシャーマンたちは一体、また一体と倒れていく。全員が倒れたころには、アキラが血まみれの鉈を担いで俺のほうを見ているところだった。
「おー、おっさん怖い技持ってるねえ」
「初めて使ったから効果的かどうかわからなかったけど、効果は抜群みたいでよかったよ」
「俺も戦ってて聞こえなかったからいいけど、聞こえてたら大惨事だったわけ。今度は気を付けてよ」
「ご、ごめん」
「謝らなくていいよ。早くおばさん助けにいこ」
またぽんと肩を叩かれて、アキラは鼻歌を歌いながら先を行く。敵わないなあ、掴みどころがまったくない。これがモテる男ということなのだろうか。そう思うとちょっとジェラシーを感じてしまう。
その後二、三回同じように群れに当たってその様子を配信しながら蹴散らし、二階層の扉の前までやってきた。中からキャンキャン喚く松山さんの声が聞こえる。
「ちょっと! 私をこんな目に合わせて無事で済むと思ってるの!? 今に助けがきてあんたなんかけちょんけちょんにしてやるんだから! 聞いてるの!?」
確かに助けに来たんだけど、なんだか助ける気がしなくなってきた。殺されてはいないみたいだし、反省として一日くらいここに置き去りにしてもいいんじゃないかと思えるほどの元気さだ。
だが、配信で映している以上助けないわけにはいかない。コメントを見ると、みんな同じことを考えているようで松山さんへの言葉は散々だ。
《おばさん元気そうじゃん。助けなくてもよくね?》
《万が一があるからおっさんもアキラも助けないわけにはいかないからなあ……》
《まあおっさんがちょちょいのちょいで助け出すでしょ。おばさんがそれで改心するとは思えないけど》
《助けるだけ無駄って、やる気なくすよね》
俺はははは、と乾いた笑いを浮かべた。アキラは女性リスナーをうまく説得して助ける方向に持っていくようだった。
「こっちは準備万端だよ。おっさんは?」
「こっちのリスナーは散々な対応だけど、一応助けないわけにはいかないからね。面倒だけど」
「あのおばさん、助けたら説教だな」
「ははは……」
珍しく迷惑そうな顔をするアキラに苦笑いを浮かべると、木でできたドアを開け放った。
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