第25話 おばさん、調子に乗る
煉獄の火山というだけあって、過酷な環境だ。俺はスーツの上着を脱いで腰に巻き、第二ボタンを外した。アキラも同様なのか、Tシャツの襟元をぱたぱたしている。
松山さんもスーツの上着を脱いで腰に巻いている。汗で化粧が落ちてくるのをそのたびにポーチを取り出して直している。
そんな暇があるなら警戒してほしいんだけど……。言ってみるか。
「松山さん、ここは危険な場所です。女性の化粧が命の次に大事なのはわかりますが、ここで悠長に直している場合では……」
「何よ。私に口答えするつもり?」
「俺もそう思うけどなー」
「あ、アキラくんが言うなら……やめよっかな……」
こいつも高橋タイプか。あいつみたいにぐいぐい行くわけじゃないからまだマシなのかもしれないけど。態度があからさまに違ってイラつくな。
高橋をこてんぱんにした成功体験からか、俺の心に変化が訪れていた。自己肯定感というか、自分を人間の屑とは思わなくなったのだ。前まで自己肯定感が異常に低かった分、少し上にあがったというか。そんな感じだ。
だから多少の暴言には動じなくなったし、怯えているふりをできるくらいの余裕が生まれた。いまだに敵意を向けられるのには慣れていないけど。
だから俺は、こんなやつらと同類にならないために謙虚を貫く。嫌味にならない程度に。自分のほうが上なんて勘違いを起こしたらいけない。みんな違ってみんないいのだ。
それでも松山さんのことは許せないけどな。金をむし取られた翌日、したり顔で高橋が喜んでた旨を伝えられたときははらわたが煮えくり返りそうだったが我慢した。
少し先に木でできたドアが見える。それを守るようにフレアゴーストの群れがいる。
アキラが空歩で一瞬で目の前まで近づく。それをアシストするように、俺は魔法を唱えた。
「
するとアキラの鉈を水が覆い、フレアゴーストの体を水で消しながら切っていく。その体さばきたるやない。若さというアドバンテージを最大限に活かした、踊るようなしなやかな体さばき。
最後の一体を倒し終えるまでにアキラは息一つ乱さず、姿勢を直した。俺たちはアキラに駆け寄り、その戦いぶりを褒め称える。
「アキラ、すごいじゃないか! エンチャントだけで魔法も使わせずにあの数さばくなんて」
「あれくらい朝飯前っしょ」
「アキラくん、エンチャントしたの私なの。褒めて?」
こいつ、嘘をつきやがった。俺がエンチャントをしたのであって、松山さんは何もしてないのに。
アキラは松山さんをちらりと見て、ふっ、と笑う。
「嘘はよくないよ。オ、バ、サ、ン」
「おばっ……!?」
「あんたの魔力の質とおっさんの魔力の質が違うことくらい俺だってわかる。今のはおっさんの魔力だった。おばさんの質はおっさんのよりはるかに劣ってる。自覚持ったほうがいいよ、そういうの。バッファーなら魔力の質で守りも攻めも決まってくるんだからさ」
「な、な……っ!」
「本当のことでしょ。バッファーが役に立たないと前衛は命がけなんだ。いないほうがいいくらいだよ」
アキラ、意外と毒舌だなあ。言いたいことはわかるけど。
対する松山さんはアキラを睨みつけていたが、ため息をもらしてアキラの肩を叩く。
「お姉さんの負けだよ。君はすごいね、魔力の質がわかるなんて」
「気軽に触らないでくれる?」
「あっ……」
手をはねのけられて、松山さんは情けない声を出す。しおらしいところもあるんだなあ。まあアキラ限定なんだろうけど。アイドルと言われても違和感ないからなあ、アキラは。
そして怒りの矛先は俺に向く。きっと睨みつけられ、唾を地面に吐かれて松山さんはアキラについていった。こんなんで一階層フロアのボス倒せるのか?
アキラが無遠慮にドアを開ける。中にはトロールがいて、巨体を揺さぶり巨大なこん棒をもちながら振り返った。
さすがは一階層。あまり強くはなさそうだ。
「ふん、弱そうね! これなら私だって倒せるわ!」
「ちょ、ちょっと!」
松山さんは自分に身体能力向上の魔法をかけて殴りにかかる。動きがどんくさそうに見えたトロールだったが、敵意を向けられているとさっするや否や松山さんを殴り飛ばした。
「がふっ……!」
そのまま壁にぶつかり、苦しそうに咳きこむ。言わんこっちゃない、アキラの話を何も聞いていない。
アキラは屈伸運動をして準備を整えてから、
トロールは俺たちにはわからない言葉で胸の傷を押さえて苦しんでいたが、すぐに狙いをアキラに定めてこん棒を投げ飛ばす。アキラは空歩で加速しながらこん棒をすれすれで避けてトロールを切り刻んでいく。
俺も負けていられない。村正を作り、アキラに翻弄されているところに斬りかかる。妖力を感じたアキラは寸前で身をかわし、俺に場所を明け渡す。俺は大きく振りかぶり、頭のてっぺんから股までを一刀両断した。
溢れだす血、脳髄と臓物が溢れだす光景。俺は全身に返り血を浴びてしまったが、脳が指示した水魔法を使うと汚れが落ちた。不思議だ。
っと、俺たちだけ一息ついている場合じゃない。松山さんの治療をしなくては。
俺が目の前に座っただけで、体の中が若干透けてあばら骨が折れていることがわかる。透視、というやつだろうか。内臓に骨が刺さっていないだけマシと見るべきだろう。
俺は頭が指示する通りに苦しむ松山さんの体に手をかざし、唱える。
「
俺の手から光の妖精のようなものが生まれ、松山さんの体の中に入っていく。神秘的な光景だった。
少しして松山さんが目を開くと、俺に気付いたのか後ずさりしようとして傷を痛めたらしい。顔を歪ませる。
「俺のこと嫌いなのはいいですけど、治療くらい受けてください。じゃなきゃ治るものも治りませんよ」
「それも、そうね……。アキラくんは治癒魔法使えないの?」
「俺は魔法とかはさっぱりだから。しいて言えば身体能力向上、これが使えるくらい。残念だけどおっさんに直してもらいな」
突き放し方がえぐい。これは泣いちゃうって。
実際松山さんはちょっと涙目になっていて、俺はさっきから感じていたイライラがちょっとすっとする。ありがとう、アキラ。
完全に傷が治って立てるようになったところで、松山さんが悲鳴をあげる。
トロルが真っ二つになって、脳髄やら内臓やらをまき散らしているからだ。掃除するのを忘れていた。
「これ、アキラくんが……?」
「とどめはおっさんだよ」
「ちょっ、アキラ!?」
「あなた、レディに配慮もしないなんて最低ね! だからモテないのよ!」
それとこれは関係ない気がするが、スルーしておく。口答えしたらビンタが飛んできそうだ。沈黙は金である。
俺は手を差し伸べたが、松山さんは自力で立ち上がった。そして鼻を鳴らして二階層のほうへ歩いていってしまう。
「……なあ、あのおばさんのどこがいいの?」
「ちっ、違うからな!? 俺は強制連行されただけで……」
「ははは、わかってるよ。ざまぁみろって言ってやりなよ、神憑きさん」
アキラは俺の肩をぽんと叩くと松山さんを追った。
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