第24話 ジャマーも耐えられません
四日後の定時。パートの松山さんも定時上がりだ。だが、松山さんは立派なパートさんなので胸を張っている。
俺も胸を張って帰ろうとしたが、周囲からの死線が痛いのでやめておいた。相変わらず腰が痛くなる猫背でビルを出ると、そこにはアキラと松山さんがいた。
「あ、アキラ」
「よーっす。来たぜー。この人が松山さん? だいぶお姉さんだね」
「こ、こんにちは! あなた、高校生?」
「そう、高校二年。十六歳。だから優しくしてください」
「するっ! 優しくするっ! ねえ、このあと一緒にお茶に……」
「それよりもダンジョン攻略なんでしょ? ね、おっさん」
松山さんの鋭い視線が俺に突き刺さる。そしてとととと、と音を立てながらこっちに近づいてきて、こそこそと話しかけてくる。
「誰あの子? あんな美男子見たことない」
「一応配信者なんですけどね。遠山アキラくん。ご存じの通り高校生です。歳は聞いてなかったけど、二年生だったのか」
野々花と同じだ。野々花は早生まれで十七歳だが高校二年生である、と彼女に自己紹介された。
松山さんはふうん、と言うと、アキラのもとに戻ってアキラの両手を取り、媚び媚びの態度を取る。
「でもだめよ坊や。ダンジョンは危ないところなの。今回は特にね。足を引っ張るろくでなしもいることだし、あなたとはプライベートで……」
「俺にとってはダンジョン攻略もプライベートだ。それに……」
ふわり、と浮遊機器が松山さんの顔の高さまで浮かぶ。
「身バレしたいならここで放送開始しちゃってもいいけど」
「……っ。わ、わかったわ。案内するから、ちゃんとついてきてね。ほらっ! あんたもついてくる!」
(本当にわかりやすい人だな)
アキラに夢中になり、手を繋ごうとしてアキラに拒否されるのを繰り返している松山さんを哀れに思いながら、俺たちは煉獄の火山の場所へと向かった。
ビル街の路地に入ってしばらく歩いた突き当たり。そこにダンジョンの気配を感じる。こんなところにもダンジョンが存在しているなんて。
松山さんは慣れた様子で高めのヒールのパンプスを脱いでスニーカーに履き替えると煉獄の火山に入っていく。俺とアキラは頷きあってダンジョンに入っていく。
入った瞬間、むわっとした熱気が襲ってくる。近くにマグマがぐつぐつと煮えたぎる洞窟の中に出た。どうやら洞窟の入り口にあたるようで、マグマが下にどろりと流れていくのが見える。
アキラは配信機器を起動させる。俺も配信を開始する。松山さんは俺に映されれることを嫌ってか、決して前に出なかった。もしかしたらバッファーの可能性もあるから、俺は何も言わなかった。
「みんな、ごきげんよう。俺は今煉獄の火山っていう場所にきてまーす。え? なんで? 最近人気の配信者、底辺窓際族のおっさんとの突発コラボだよ! お知らせしたらみんなみんな待ち構えちゃうから、秘密にしておいたほうがサプライズになるかなって!」
さすが俺より芸歴が長いだけはある。口先が上手だ。本当はその打ち合わせをしないでチャットでやり取りしていただけなのだが。
おっと、気を取られてはいられない。俺もさっそくやってきているリスナーの相手をしなければ。
同接は一万人ほど。増えたなあ、としみじみ思う。比較的安全そうなところで危険な目にあったりもしたが、これなら報われた気持ちになる。
「みなさんこんにちは。こんばんはかな? おっさんです。今日は遠山アキラくんと突発コラボをしようと思います。みんな知ってるかな?」
《うお、遠山アキラか。あの【疾風の】な。あいつもなかなかアクロバットな動きするからなあ》
《うそ、アキラくん来てるの!? 見せて見せて!》
「あ、どうぞ」
《きゃー! 本物! アキラくん大好き!》
やはり美男子は罪だ。画面にこうして現れただけでキャーキャー言われるんだから。おっさんより目立つ年下。うん、負けた。
《それよりも、今日は聞いたことないダンジョン名だけど?》
「知り合いがたまたま知ってまして。難易度の高いダンジョンということで緊張してますが、いつもの調子でいこうと思います!」
「ちょっと」
「え」
「私のことも紹介しなさいよ」
斜め上のことに固まっていると、コメントが流れる。
《このおばさん誰? 恋人?》
《ぶっさ。チャンネル抜けるわ》
《おっさん、女にモテないからって自分よりおばさんに食いつくのは男としてアカンぞ》
「いっ、いや、この人はそう……恩人! 恩人なんです! 最近安全なところばかりでマンネリしてきたこのチャンネルを盛り立ててくれる一助をしてくれるのがこの人なんです!」
危ない。松山さんの顔が恐ろしいことになっている。とっさにフォローを思いつかなかったら溶岩に突き落とされていたかもしれない。
《なーんだ。それならそうと言ってくれればいいのに。よろしくな、おばさん》
「おばさんじゃないわ。お姉さんと呼びなさい」
《いやだよ。どう見ても四十後半だろおばさん。その年でお姉さんはキツイって》
「き、きつくない! この人は永遠のお姉さんなの! ねっ、お姉さん!」
「そうよ。私を恩人と奉りなさい。あわよくばアキラくんの連絡先教えてくれる人募集してるから」
そのコメントに女性らしき視聴者からブーイングがあがる。無理もない、女性だったらあの顔を見たら虜になってしまうだろう。
「ああん? 光源氏ってのを知らないの? あの子が私を好きになる可能性だってあるのよ!」
《それはありえないよ》
《だってアキラくんはみんなのものだもん》
《ネー》
「こいつら、言わせておけば……」
「あはは、そろそろ行きましょうか。アキラ、そろそろ行くってよ!」
「あーい。それじゃ、映像は映し続けてコメント返せそうなときは返すから。俺の活躍、見ててよね」
あっちのコメント欄が黄色い悲鳴で一色なのが容易に想像できる。こっちはブーイング一色だっていうのに、なぜこうも違うんだ。
「足元気を付けてねアキラくん。ここ、苔が結構生えてて滑るの」
「はーい」
確かに、下層に下っていく斜面には一部苔が生えている。その原因は、どこからか流れ出ている水流だということはすぐにわかった。
俺たちは滑らないように下っていく。すると、アークデーモンが数体焚火で人間の丸焼きを焼きながら酒を煽っているようだった。
俺は吐きそうなのを我慢して、アキラは
松山さんはやはりバッファーのようで、背後でぶつぶつ唱えたと思うと体が軽くなる。上から急襲された形になったアークデーモン一匹の腕が飛ぶ、それに驚いて立ち上がったアークデーモンの腕をアキラは次々斬り飛ばしていく。
松山さんはジャマーを握って勝ち誇った顔をしている。俺は大きく息を吸いこむ。そして体の中の魔力がきちんと回るのを確認してから、叫んだ。
「
超小粒の隕石を作成し、腕を斬られてよろつくアークデーモンめがけて落とす。その隙にアキラは空歩を使って逃げていた。背後でぼんっ、という音がする。
アークデーモンの体がハチの巣のようになり、アークデーモンは血まみれになって倒れた。松山さんが、さすがに慣れているといっても人間の丸焼きまでは慣れていなかったのか壊れたジャマーを握って気分が悪そうな顔をする。
「ここに迷い込んだホームレスかなにかかしら……」
「わかりません。でも、どうか安らかに……」
「それにしても、今使ったのって地属性上位の魔法じゃない? ジャマーを持ってきたのにどうして使えるのよ! あなたは何かのツールを使ってダンジョン内で活動していたはずでしょう!?」
「まだ疑ってたんですか……」
「当り前よ。動画を編集してよくも騙してくれてたわねと思ってたわ。それに、高橋くんをあんな目にあわせたんだから」
高橋という名前に反応したリスナーたちが騒ぎ出す。
《おっ、あの懲戒免職野郎のこと庇ってんのか。付き合ってたのか? おばさん》
《だったらおもしれえな。二人そろって懲戒免職。実に燃えやすくて株価も落ちそうな話題だ》
《こいつ、案外旦那に飽きられて不倫とかしたりしてて。ま、こんなおばさんだからないか》
「なっ……。わ、私だって! 私だってねえ……!」
「はいはい、熱くならないで。今のでアークデーモンたちに気付かれました。向こうから襲ってくると思いますから、バフ頼みますよ」
「わかってるわよ!」
そう言って先に歩いていきそうになる松山さんを慌てて追い抜く。アキラは警戒しながら、リスナーと喋りつつついてくる。
ここからが本番だ。野々花が何を調べてきてくれたのか知らないが、収益を奪ったこと、絶対に許さないからな……!
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