第19話 高橋、社会的に死亡する

 その後も獣系のモンスターに絡まれるたびに野々花が絶刀で仕留めていく。


 髪を茶色に染めてちゃらちゃらした見た目なのに運動神経も戦闘センスも抜群だ。天は何物も与えすぎである。


「おじさん、今の見てた!?」


「見てたよ。かっこよかった」


「……おじさんにかっこいいって言ってもらっちゃった」


「どうしたの?」


「高橋さんには関係ありません」


 にまにましていた表情をすっと隠して、何事か言っていた野々花は進んでいく。


 あれから森林を歩いて進んでいるが、ボスらしき個体に出会わない。雑魚と言っていいモンスターとばかり当たる。


 普段歩かない俺は疲れてその場に座り込んでしまう。商社に出向くために歩いたのなんて何年前だろう。


 息が上がっている俺を見て心配した野々花が俺に近寄ってきた瞬間、俺は何かに体を掴まれて地面の中に吸い込まれた。


「うおおおおおおおおお!?」


 そのままずるずる引き寄せられ、俺は地面の中の大きな蜘蛛の巣の中にいた。


 蜘蛛の巣は地面の中に作られた球体型の壁にこれでもかと張り巡らされており、俺は蜘蛛の糸に引っかかって地面に直撃は防いだ。が、蜘蛛の糸にからめとられて身動きが取れない。


 巨大な蜘蛛は俺を品定めするように観察している。そして食えると判断したのか、その巨体のどこから出るのかというほど素早い動きで俺の前の前まで迫ってきて、毒が滴っている牙を俺に突き刺そうとする。


炎の隔壁ファイアウォール!」


 俺の前に炎の壁が展開される。蜘蛛はその熱さに怯んでだいぶ後退した。俺は炎の隔壁ファイアウォールを解除すると、炎を発生させて蜘蛛の糸から逃れ、浮遊魔法を使って蜘蛛と対峙する。


 野々花だって女の子だ。そして高橋は人間。二人きりに長くしておいたら高橋が何をするかわかったものではない。


 ゆえに俺は本気を出すことにした。この頭に刻まれた魔法たちの中から、最上位に近いものを選ぶ。


 俺の魔力が増幅したのを感じたのか、蜘蛛が駆け寄ってくる。俺は右手を前に出し、そして開く。


電磁砲レールガン!」


 炎と電気の複合の超強力なビームは蜘蛛の頭から尻までをあっさり貫いた。蜘蛛から緑色の血が飛び出し、尻から臓物をまき散らして蜘蛛は巣に絡まって死に絶える。


 それを確認した俺は急いで野々花と高橋のところへ戻った。嫌な予感がしたからだ。


「いやっ! 何するの!」


「邪魔者がいないんだからさ。リスナーに見せつけようよ。俺たちが付き合ってるってこと」


 地表付近に近づくと二人が揉めている声が聞こえる。呆れを通り越して、恩人である野々花に手を出したという怒りが俺の中で渦巻く。こっちがおとなしくしていればいい気になりやがって。


 俺が取り込まれた穴から出てくると、野々花は恐怖からか泣いていて、嫌がる野々花の手首を押さえて高橋が木に押しつけているところだった。


 俺の中で、何かが切れた。相手が人間だから殺せないのをいいことに野々花に手を出すなんて。こいつには社会的抹殺よりも厳しい罰を与えなくてはならない。


 俺の全身を炎と電気が渦巻く。高橋はビビっていたが、構うものか。あえて狙いを外して、俺は叫んだ。


電磁砲レールガン!」


 ドゴォ、という激しい音がして、高橋の横に巨大な穴ができる。その後しばらく穴は炎と電気を発していた。


 その威力に腰を抜かしたのか、高橋は野々花の手を離して座り込んだ。ちょっとだけチビっている。


 俺は地面に降り立つと、高橋の胸倉を掴んで背中に電気を走らせる。


「高橋」


「ひっ、ひぃっ」


「俺のいない間に何をしてたんだ」


「の、野々花たんが悪いんだ! 二人っきりになれたのにお前を助けに行くとか言い出すから! だから野々花たんは俺のものだってはっきりさせたくて……!」


「お前それでも社会人か。小学生でも悪いことをしたらごめんなさいぐらいできるぞ。それをはるか年下の、学生の女の子怖がらせて、泣かせてまですることじゃない。俺からしても天城さんは可愛いよ。でもやっていいことと悪いことがあるだろうが!」


 野々花は泣きながらその光景を見ていた。そして探索用のポーチから何かの書類を取り出す。


「おじさん、これ見て」


「これは?」


「いいから」


 野々花に勧められたので中身を見て、俺の怒りがまたふつふつとわいてきた。


 高校生とホテルに入る瞬間や、居酒屋で店員らしい人物に怒鳴りつけているんであろう瞬間や、他にも会社の弱者をいじめている様子などが収められた写真と一緒にレポートにまとめてある。


 どうして野々花がこんなものを持っているのかわからない。でも、これは到底許せるものではないのは確かだ。


「高橋。お前、高校生にみだらなことをしていたのか」


「な、なんで……あっ……」


 今の反応で本当のことだと悟った俺は、高橋を詰問する。


「どうしてそんなことをした」


「だ、だって、女子高生のほうから誘ってきたんだ。俺は悪くない」


「そうか。でも、法律では違反だ。裁判になるかどうかはわからないけど、懲戒免職待ったなしだな。明日課長に俺がこれを提出する」


「はっ。課長にも見下されてるお前が何を言ったって」


「もう言ってあるよ」


 元の声に戻っていた野々花が、涙で腫れた赤い目をして言う。どういうことだ? そのまま受け取るなら、野々花が課長にもう通達してあるということになる。でも、高橋とは初対面のはずだ。それをどうして……。


「ファックスで送っておいたから。新聞社にも。あとうちのパパが電話して話はつけてあるっておじさんたちが来るちょっと前に連絡が来てた。ちょーかいめんしょく? だっけ? 今日付けでそのちょーかいめんしょくになるんだって」


「高橋、お前……」


「う、うあああああ!」


 ヤケになった高橋がアースグレイヴを使って俺と野々花を引きはがす。そして向こうで野々花の悲鳴が聞こえた。あいつ、野々花に何かする気だ!


 ここで電磁砲レールガンを使うのはたやすい。だけど、人間を殺すことは罪だ。できることならしたくない。


その間にも野々花の声が遠ざかっていく。俺は、叫んだ。


地面鳴動アースグレイヴ!」


 その瞬間、俺の魔力がこもった地面の隆起が高橋が作った地面の隆起を崩していく。そして俺は、野々花の手首を引っ張る高橋を見た。そしてそちらを指差し、囁いた。


妖精たちの子守歌フェアリースリープ


 そう言った瞬間、ピンク色の妖精たちが現れて高橋のほうへ飛んでいく。そして高橋を囲むと何事か歌いだした。高橋の意識はそこで途切れたようで、前のめりに地面に転ぶ。


 俺は急いで野々花に駆け寄ってしっかり握られている高橋の手を離させた。怖かったんだろう、まだ泣いている。


「天城さん、もう大丈夫だ。高橋は眠ってしまったから……」


「ひっぐ。おじさぁん!」


 野々花に抱きつかれる。お、大きい。何がとは言わないが。


 俺はそれを顔に出さないようにして、野々花の頭を撫でる。ふとスマホを見ると、野々花のファンが発狂して、俺のファンは称賛しているのが目に入った。


《野々花たんを助けるのが遅い!》


《何かあったあとだったらマジでどうするつもりだったんだ!》


《でも、おっさんがいなかったら野々花ちゃん助からなかったよ。責めるよりお礼を言わなきゃいけないんじゃない?》


 同接は三千人ほど。野々花の危機を救ったことで野々花のリスナーがちょっとだけこっちに来ていたようである。


 鶴の一声なコメントにひたすら俺を叩いていたアンチたちもちょっとおとなしくなり、渋々といった感じで感謝を述べた。


 リスナー同士、熱くなるのはいいけど喧嘩はだめだからね。そんなふうに落ち着いたところで、俺たちの頭上を影が覆った。

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