第18話 高橋、特定される

 ダンジョン内部に入ると、木漏れ日が心地いい森林に出ていた。


 その大都会には似合わない新鮮な空気、綺麗な川に俺は童心に戻ったような心地だった。はしゃぎはしないが、昔親に連れられて山に行って、昆虫採取したっけ。懐かしいな。


「ね、いい場所でしょ」


「うん。攻略したらなくなっちゃうのがもったいないくらいの場所だよ」


「えー? こんなシケたところどこがいいんだよ。色っぽいねーちゃんがいるわけじゃあるまいし。……あ、野々花たんという花がここに咲いてたね。ごめん」


「……それはいいから、進みましょ。ほら、コメントのみんなも怒ってる」


 野々花はそう言ってスマホを高橋に憑きつける。


 野々花に色目を使ったからだろう、コメントが大荒れなのは容易に想像できた。それを見た高橋は冷や汗を流して、野々花のそばから離れた。


「ご、ごめんみんな。野々花たんから誘われたからつい浮かれちゃったっていうか……。え? 特定? 勘弁してよ。ちょっと野々花たんに心を奪われちゃっただけじゃないか」


「高橋。言い訳は見苦しいぞ」


 俺は勇気を出して特定できるように名前を出した。コメントはさらに加速したのか、軽く炎上状態なのが高橋の顔から想像できる。


「ち、ちがっ、野々花たん狙いなんじゃなくて野々花たんが俺狙いなの! だって連絡先知ってるし!」


「もうフレンド解除してあるよ」


「え……? 富岡商事って、その、俺は違うからな!」


「高橋。モンスターがいつ現れるかわからないんだ。行くぞ」


「ちょ、置いていかないで……! え? 俺のリスナーやめる? お前ら俺を裏切る気かよ!」


 野々花の人気の前では、俺でも平然としていられるくらい高橋は形無かたなしだ。なんだろう、今の高橋は全然怖くない。立場が完全に逆転していると言っていい。


 高橋を下に見れる日が来るなんて。後輩なんだからある程度下に見るのは当然なんだけど、そのときにはもうすでに俺は窓際族だったからなあ。高橋が増長するのも無理はないのだ。


 だけど、だからといって人を小ばかにしていいわけがない。いくら窓際族でも、最低限の仕事を回されるときもある。……これは言い訳か。よくないな。


 高橋を置いて進もうとした俺は、気配を感じた。周囲に二十以上のモンスターの気配がある。


「……天城さん」


「うん。いるね」


「何が? 全然何もいないじゃん」


 高橋は感じないのか? この異様な殺気を。初心者向きだとはいえ、これだけの数を一人でさばこうとすると負傷は待ったなしだろう。


 野々花が剣を抜く。魔法で身体能力を強化して、白い息を吐く。近くでも感じる。野々花の体の熱が急速に上がっていくのを。


「絶刀、回転斬り」


 太刀筋はかろうじて目で終えた。周囲の草むらが取り払われ、そこからヘルハウンドがこちらを睨み唸り声を上げ始めた。野々花の剣技を見て警戒したようだ。


 野々花は再び剣を構えると、言った。


「絶刀、皆斬り」


 そう言った瞬間野々花の姿が消え、一匹一匹の首を鮮やかにはねていく。俺と高橋が見とれている間にすべて終わったらしく、ヘルハウンドたちは黒いすすになって消えていった。


 瞬間移動レベルの身体能力。若いからというのもあるだろうが、元々のセンスがなければこの動きはできない。これが、野々花の力──。


 俺の隣に戻ってきた野々花は息一つ乱していない。これが当たり前ということか。怖すぎる。野々花を怒らせないようにしないと。


 一方の高橋は目を輝かせていて、野々花の近くに駆け寄るとその両肩を掴んだ。


「野々花たん! すごいよ! いくら俺のためとはいえどそんなに本気出さなくていいのに!」


「高橋さんのためにやったんじゃないんだけど。今の数見てたでしょ? ボーっと突っ立ってたらヘルハウンドたちの餌だった。いいから手を離して」


「あっ……」


 手を振り払われ、女の子みたいな情けない声をあげる高橋。見ていて面白い。俺も、次は野々花に後れを取らないようにしないとな。


 進んでいくとまたボアの群れに遭遇した。剣を使おうとした野々花を片手で止め、俺は息を吸いこむ。


「はっ。クソみたいな男が何やっても無駄……」


地獄の花ヘレブレーメ


 俺たちを中心に大きな炎の花弁が開く。ボアたちはこんがりと焼きあがり、逃げ出すボアには炎のツタが巻きついて花を咲かす。命の炎がついえたとき、魔法もまた消える。


 俺にはちょっとおしゃれすぎただろうか。でも使ってみないとどういう魔法かわからないしなあ。


 隣でわなわなと震えていた野々花が、俺のスーツの裾をつまんで俺を見上げてくる。


「すごい! すごいよおじさん! 生で見ると迫力違うね!」


「え、俺が戦ってるところ見たことあるの? あの赤スパ、やっぱり……」


「う、うん。最後のところだけちょっと見てたよ。でもそれ以外は見てないから! 学校だったからね!」


「素直に嬉しいよ。ありがとう」


 嬉しくて俺が微笑みながら言うと、野々花は耳まで真っ赤になって顔を覆った。何かしただろうか。


 その間に割って入ってきて野々花を俺から遠ざけた高橋は、嫌な顔をする野々花なんてそっちのけで野々花の可愛さを称賛する。


「耳まで真っ赤にして、野々花たんは可愛いなあ。リスナーなんて関係ないや。俺と野々花たんが付き合っちゃえばリスナーなんて黙らせられるもんね」


「その、さっきから野々花と付き合ってるふうなのやめてくれませんか? こんなことされるために呼んだんじゃないですから」


「え。……ぐえっ」


「さ、おじさんいこっか!」


「う、うん……」


 剣の頭で腹を突かれた高橋は苦しそうに身をかがめていたが、置いていって大丈夫なんだろうか。あいつも曲りなりにライバーだからボアやヘルハウンド一匹二匹くらいどうにかなるだろうけど。


 ここまで徹底的に野々花に嫌われるなんて、高橋のやつ今までの野々花の配信を見たことがないのだろうか。見てたらこんなナンパをされると嫌がる子なのはすぐに理解できるのに。


 俺はさすがにちょっと離れた場所でまだ苦しんでいる高橋を放っておけなくて、少し離れたところで高橋を待った。

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