第20話 いじめ野郎の末路

 頭上を見上げると、成人男性三人分はある巨大なハーピィが俺たちを見下ろしていた。口には血が滴っていて、何かを捕食したあとだというのがわかる。それがボアなのか、人間なのか。考えたくもないな。


「やったぁ、人間! 眠った人間の匂いを嗅ぎつけてやってきたら、三人もいるのね。ふふ、どれも食べ応えがありそうだわ」


「……天城さん」


「うん、こいつがダンジョンボスで間違いないよ。まさかトリガーが人間が寝ることだなんて思ってなかったけど。人食いハーピィ。大したことはないよ」


「なに? 大したことないってわたしに言ったの? むかつくなあ。……人間のくせに!」


 小鳥の断末魔のような絶叫をあげた人食いハーピィは幾重いくえもの風の刃を放ってくる。


 風だから透明だというのに、野々花が前に立って呟く。


「絶刀、乱れ三日月」


 瞬間野々花の姿が消えたような錯覚を覚える。丸くて浮いている機器を後ろに下げ、スマホをポケットにしまって透明な刃を的確に衝撃を与えつつ無力化していく。


 はっ、見とれている場合ではない。俺も援護しなければ。俺は野々花が風の刃を無力化してくれている後ろから人食いハーピィに手を伸ばす。


灼熱の炎エレメンタルファイア


 ハーピィは体の大切なところと腕や脚が鳥化している。飛べなくするのが最優先だろう。炎耐性がなかったのか、ハーピィの体が燃える。あっけない最後だった。


「あぁぁあ! 熱い! 熱い! こんなの……こんなの……! あなたぁああ! 助けてぇぇえ!」


 ハーピィがそう叫んだ瞬間現れたのは、ジャイアントホークだった。れっきとした高ランクモンスターである。猛禽もうきん類特有の鋭い爪にくちばし、大きな翼は炎をも弾く。


 ジャイアントホークが燃えている人食いハーピィに翼で仰いで火を消すと、飛べなくなってしまったハーピィに寄り添う仕草をした。


「あなた……」


『心配するな。人間を食えば回復する。今、狩ってきてやるからな』


 そう言ってジャイアントホークはぎろりと俺たちを睨む。俺はいざこっちに来てもいいように村正を作り、構えつついつでも魔法を発動できるようにした。


『いいものを持っているな、人間。神憑きの異名は伊達ではないということか』


「なんでお前が……」


『全モンスターには思考のネットワークが張られている。お前が悪魔憑きのグレーターデーモンを倒す直前、その事実は全員に知れ渡っている。誰がお前を食うかのレースだ。神憑きを食えれば、悪魔憑きにもなれて晴れてそのモンスターは全能になる』


 神憑きって、そんなすごいことになってるのか。都市伝説だもんな。それが実在したら人間も気になると同時に、俺の肉は神様に祝福されたものになる。それを全部平らげれば、モンスターは強化されるというわけだ。


 でも、誰が悪魔憑きを指示しているんだ? 俺が知ってる限り悪魔憑きっていうのは自然発生で、どのモンスターに発生するかは運。一般ライバーが遭遇したら死を覚悟したほうがいいというほど大幅に強化されているのだ。


 神憑きが神に見初められたように、悪魔憑きも悪魔に見初められてる? 確かに神も悪魔もいるこの世界では無難なように思える。でも、どうして悪魔憑きなんて生まれたんだろう。モンスターはダンジョンから出ることはないというのに。


 もしかして、悪魔憑きは外に出られる、なんてことはないよな?


「悪魔憑きは外に出られるのか?」


 ジャイアントホークは目を細める。


『もちろんだ。悪魔様方から特別な力を授かるのが悪魔憑きだ。入口に到達して結界を破るだけの力があれば、外に出るのもたやすい』


「そんなの……」


『信じられんか? 神憑き自身が』


 そう言われると弱い。神憑きという都市伝説が俺自身であるから、ジャイアントホークの言葉を簡単に嘘だと断じることができない。


 ジャイアントホークが飛び上がる。そして俺たちの周りを高速で旋回し始め、竜巻を起こそうとしているようだった。


「これまずいよ、おじさん!」


「ああ。とりあえず木のそばに高橋を連れていかないと!」


 嫌いな後輩だが、命を落とさせるほど俺は腐っていない。木に生えていたツタを乱暴にむしって高橋を木に巻きつけるころには、竜巻が限界水域まで達していた。息が苦しい。


 ジャイアントホークは竜巻を起こして俺たちが円の中心から逃げられないようにすると、俺たちの前に降りてくる。


『我が妻を傷つけた罪、その血肉をもって払ってもらおうか』


「誰がそんなことするのよ。……絶刀、兜落とし!」


「だめだ天城さん! 挑発に乗ったら!」


 野々花が飛び上がってその頭をかち割ろうとしたとき、ジャイアントホークは素早くそれを避けた。驚く野々花の体をくちばしで咥え、悠然と飛ぶ。


 どうしよう、このままでは壁に押し当てられて野々花はミンチ待ったなしだ。こんなときどうすれば……。


 そうだ、コメント。コメントに何かヒントが書いてあるかもしれない。


 そう思って地面にスマホを置いてコメントを見ていると、野々花を早く助けろというノイズの中に一つだけ異質なコメントがあった。このダンジョンに入る前に元気づけてくれた人だ。


《おっさん、ジャイアントホークの弱点は目だよ。それ以外は魔法も弾く不思議な羽根をしている。できるだろ、おっさんなら》


 そうだ、俺ならできる。野々花を救うことが!


 俺は身体能力向上魔法を自身にかけて走り出す。妖力をこめて、今にも風の壁に押しつけられそうな野々花を咥えたジャイアントホークの目を突き刺した。


 絶叫が響き渡る。その拍子に野々花がくちばしから落ちたのを足に魔法陣を作って蹴り、抱きとめる。


 ギリギリ風の壁に当たらないように転がって勢いを殺した俺に対して、ジャイアントホークは怒り狂っていた。


『私の弱点を見抜いたのは褒めてやろう。だが、二度目があると思うなよ!』


「お前に食われるなんてごめんだ。それなら天城さんのファンに殺されたほうがマシだね」


『……黙っていれば、いい気になりおってえええええ!』


 煽ったせいか、ジャイアントホークの怒りを買ったらしい。ジャイアントホークは野々花には目もくれず立ち上がった俺に向かって飛んでくる。


「おじさん!」


 背後から野々花の声が聞こえる。俺はそれに応えなければ。こんなところで、まだ復讐も終わってないのに死ぬなんてごめんだ。


「抜刀……」


『うおおおおおおお!!』


「真一文字!」


 ジャイアントホークの少し横に立ち、村正をくちばしの端に差し込むように入れる。妖刀はジャイアントホークの生命力を吸ってさらに鋭くなり、向かって左側の体を裂いていく。


 野々花は状況判断が早い。俺が仕掛ける前から安全圏内に逃げていたようだ。


 ジャイアントホークは体を斬られたことでコントロールを失い、自分で作った竜巻の壁に入っていった。肉がミンチ状になり、上半身がグロテスクな状態になるころには竜巻は収まっていた。


 二体のモンスターが光の粉になって消えていく。ジャイアントホークの亡骸があった場所には大きなジャイアントホークの羽根が、人食いハーピィのほうには指輪が落ちていた。


 データ解析開始、完了。ジャイアントホーク、人食いハーピィ。


『凶悪な鳥獣類モンスターのつがい。人間が眠っているところを狙って食事とする。モンスターも食べる傾向にある。指輪はとある女性がつけていた結婚指輪をジャイアントホークが贈ったもの。人食いハーピィの魔力により変質しており、つけると異性に嫌われ続ける呪いにかかる。ジャイアントホークの羽根は素早さに十パーセントの補正をかける』


「呪い、か……」


「おじさん! 大丈夫!?」


「ああ、なんとかね。お互いにコメント確認しよう」


 コメントを確認すると、俺の大立ち回りを称賛するコメントが多かった。やっぱり野々花を助けるのが遅いというコメントはあったが。


《おっさん、今日もやってくれたな! 野々花たんを助けてくれてありがとう!》


《でも神憑きって言ってたよな、あのジャイアントホーク。おっさん、まさか神憑きなの?》


 俺はバラすかどうか悩んだ。しかしこれからもモンスターに神憑きとして襲われるなら、言ったほうがいいだろう。


《そうみたいです。天城さんの配信に映ったあの日……みんなには見えていなかったみたいだけど、俺は神様に会いました。それ以降です、こんな力が使えるようになったのは》


《すげえ、都市伝説が目の前にいる……》


《どうりでつええわけだよ》


《いえーい! 神憑きさん見ってるー!?》


 お祭り騒ぎのコメント欄を見て、俺は和やかな気分になる。野々花のほうは……大変そうだ。助け船を出さないと。


「だから、おじさんは神憑きじゃなくて……」


「天城さん。もうバラしちゃっていいと思いますよ」


「おじさん」


「始めましての人は初めまして。俺は神憑き。これからチャンネル名も神憑きチャンネルに変えようと思います。質問は俺が受けますから、天城さんのことは責めないであげてください」


 そうして質疑応答しているうちにダンジョンが崩壊を始め、夜の公園に俺たちは放り出された。


 あらかた説明が終わったものとして、俺は崩壊を機に野々花に配信停止をお願いした。俺も配信を切る。ついでに高橋の配信も切って、ハーピィの指輪をはめてやった。


 そうするとまたがくんと高橋の登録者数が下がる。最後には数十人を残すだけになってしまった。


「おじさん。やったね」


「やったね、かはわからんけど。復讐はできたかな」


 ようやく出てきた俺たちを迎えに出てきた牧野さんが高橋を担いで車に乗せて自宅に送り届けるという。そういや実家暮らしだったっけ。


 牧野さんが戻ってくる間、俺たちは他愛もない雑談をして過ごした。

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