第8話 いざ、ダンジョンへ

 神憑き。そんな存在を詳しく知らされたのはアキラからだった。


 なんでも都市伝説の一つらしい。実際にそういう目にあった俺からすれば、間違いではないというのが本当だ。やり取りをしてわかったのは、その神憑きは現時点でなっている人間が誰もいないということ。


 そんな存在になっちゃっていいのか俺……? でも、もらえるものはもらったほうがいいし。この力のおかげでダンジョンでも飯に困らなさそうだ。


「長岡。今日は早退していいぞ」


「え。な、なんでですか」


「お前の顔を見ているとムカつくからだよ。あ、パワハラだなんて言い出すんじゃないよな? 誰がお前の毎月の生活養ってやってるか、よく考えるんだな」


「……わかりました。失礼します」


 午後三時ごろの話だった。俺は内心、傷つきではなくラッキー、と思っていた。俺の力も試したいし、早く帰りたいと思っていたからだ。


 でもそれを顔に出してはいけない。今はまだ会社では弱者なのだ。嬉しそうに帰ったら本当にクビにされてしまう。


「いいんですか課長。𧏚潰し帰しちゃって。自分が人間の屑ってこともっとわからせてからにしたほうが」


「そうそう。働いてもいないのに給料だけは持っていく最低人間なんですから」


「お前らの言いたいことはわかるが、俺は今朝部長に怒られて機嫌が悪い。だからこいつの辛気臭い顔なんて見たくないだけだ」


「違いありませんね」


 高橋がにやりと笑って俺を見る。俺は猫背を維持しながら、とぼとぼという演技をしてフロアを出てエレベーターに乗り、とぼとぼと課長たちの席から見える範囲から逃れたらあとはこっちのもんだ。


 歩くこと三十分。俺は家の近くの、例のダンジョン前に来ていた。再び警備の警察が配置されていて、簡単に入れる状態じゃない。


「ん? なんだ、長岡さんか。あんたまた無理してダンジョンに入ろうってことじゃないよな?」


「そのまさかなんです。なんか、ダンジョン内で能力に目覚めて」


「へえー。それがどんなもんか知らないが、このダンジョンは危険だ。グレーターデーモンやらバジリスクやら高ランクのモンスターがうじゃうじゃ出る。今朝も一人死体で見つかったところだ。悪いことは言わないから……」


「大丈夫です。俺もゔ、捨てるものがないんで」


「そりゃどういう……。お、おい! ちょっと!」


 警察の制止を振り切り、ダンジョン内に入る。死骸は綺麗になくなっていて、一階層の巨大スライムも消えている。


 俺はこのボス部屋で配信を始める。


 同接は二百人ほど。平日の昼間だしこんなものだろう。


《あっ、おっさんだ》


《野々花ちゃんと仲良く食事したんだってな? 詳しい情報話せ殺しに行く》


《おい落ち着け。そういうことはするなって野々花たんが言ってただろ》


 現状、やはりあまり歓迎されていないらしい。それもそうか。チャンネル登録者数一千万人と十万人、その大半が野々花のリスナーならこうなるのは予測できたことだ。


「あー、みなさん、天城さんのことはいろいろ思うところがあるでしょうが。彼女とは何の関係もない……は、違うか。そういった関係になろうという意図はまったくございませんので、ご安心ください」


《そんなの信じられるか》


《そんなこと言って野々花たんのこと狙ってるんだろ、白状しろよ》


 取り付く島もない。俺は弁明は諦めて、一階層ボスフロアを見渡すようにして映しだす。


「これが一階層ボスフロアです。みなさんご存じの通り天城さんが討伐しました。ここから先は未知の領域なので、慎重に、かつ大胆にいきます」


 俺は人差し指に小さな炎を灯して明かりにする。なにぶんダンジョンは薄暗い。こうしなければよく見えないからだ。


「行きますよ」


 俺は唾を飲みこんで第二階層に入っていく。さっそくバジリスクが四体出迎えてくれた。俺は、それを一掃するために口を開いた。


絶対零度エタリアルフリーズ


 その瞬間、バジリスクが完全に凍った。そして俺が足で踏みつぶすと、内臓や骨まで凍った体は砕けて体を分断される。


 その光景を見たリスナーが興奮する。


《すげえ! その魔法氷の上位魔法じゃん! どうやって習得したの!?》


《ちっ。やるじゃねーかおっさん。でも、次のボスでどうなるかな?》


《お手並み拝見、だな》


 安全圏から見ている人間からすればいいかもしれないが、絶対零度の影響で冷気がこちらにも迫ってくる。俺は他のバジリスクも砕いてから歩を進めた。


 グレーターデーモンが現れれば灼熱の炎エレメンタルファイアで焼き殺し、マグナムを想像してバジリスクの頭をぶち抜いたりした。


 そのたびにリスナーの態度は変わっていき、今や俺がモンスターをどうボコるかにしか興味がないようだった。


《かっけー! 今のは!?》


「俺にもよくわからないけど、体が覚えてるというか……。使えるんです」


《まあなんだっていいや! 強い奴のダンジョン配信ほど面白いもんはねえ!》


 さっきまで敵意マシマシだったのに、今やすっかり俺の力の虜だ。俺は少し気分をよくしながら、二階層のボス部屋の扉を開ける。


 そこには、デュラハンがいた。手に腐りかけの男性の頭を抱えていることから、代替わりしたのだとわかる。腐臭がひどく、俺はたまらず浄化の魔法をかけたくらいだ。


 デュラハンが抱えている、腐りかけの男性の頭の口が動く。


「ダンジョンを滅さんとする者、許しがたき。ああ、恨めしい、妬ましい。生者が憎らしい」


 デュラハンの無念と怨念がデュラハンに収束してパワーアップしていく。ここに迷い込んでしまったのだろう死体も無数に転がっており、その無念も集まってデュラハンは強力な力を得ていた。


「そうこなくっちゃな」


 俺は壁にスマホを立てかけて見えるようにして、日本刀を作り出す。ただの日本刀ではない。妖刀との呼び声高い村正をイメージした模造品だ。模造品なので本物よりは質が落ちるが、刀が妖気を帯び始めるのがわかる。


 にらみ合いが始まる。俺は身体能力向上の魔法をかけて、馬に乗っている相手の上をいくように設定する。


 デュラハンは咆哮をあげ、こちらに突進してきた。

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