第7話 野々花の雑談配信
配信の準備を整えて、PCの前に座る。メイクもバッチリ、つけまもアイラインもばっちり。チークは薄めに。これで外行きの『天城野々花』の出来上がりだ。
配信待機画面にはすでに十万人のファンもアンチも私の配信を待っている。話題は決まってる。逸見おじさんのことだ。
でも私は彼のことを明らかにするつもりはない。窓際族だと言っていたし、今公開されたらおじさんの席がなくなってしまう。自分がそれくらい影響力のある存在だという自負もある。
だから、バラさないで彼の存在を伝える。少しでも登録者の足しになるように、注目されるように。
「はーい! みんな! 野々花だよ~! 元気にしてるかな?」
《野々花たん、遅かったじゃないか!》
《今日もアキラと玲奈ちゃんと遊んでたの?》
《もう待ちきれねえぜ! あのおっさんのこと話してくれよ!》
無遠慮なコメントが流れてくる。いつものことだ。私は笑顔を崩さないままカメラに手を振る。
「もー、乙女の秘密を簡単に暴こうなんてしちゃダメなんだぞ! 昨日のおじさんだけどねー。会えたよ」
《うおおおおおおおお!》
《あの【悪魔憑き】を倒したバケモンか!》
《野々花たん焦らさないで! 早く情報出して!》
私は胸元がちょっと開いたパーカーとジャージ姿で手を組んだ上に顎を乗せる。
「もー、みんなせっかちさんなんだから! でもダメだよ。一般人の情報を流したらみんな特定して突撃して中にはナニかする人もいるでしょ? だから彼から発信がない限りは野々花からも公表しない。それがフェアでしょ?」
視聴者からはブーイングが巻き起こっているが、歴は浅いけどトップ層に君臨している探索者の私の配信に映ってしまったとはいえここで情報開示なんてしたら何が起こるかわからない。発狂した信者が狂気を持って突撃することだって考えられるのだ。
《ナニって、ナニですかな?》
《そんなに美男だったっけ》
《野々花たんー。焦らすのはよくないよー》
「まあ、みんなの気持ちもわかるけどさ。探索者になりたての人を野々花も潰したくないわけ。だからだーめっ」
ウィンクすると、ぎゃあああだとか目が孕むだとか謎のコメントが一斉に流れる。私はこの容姿をも武器にして渡り歩いてきた。なのに。
(逸見おじさん、私に惚れなかったな)
見た感じ、奢って送迎までしてくれた人ってことで好かれてはいるようだけど、恋愛的な意味ではまったくそういうのは感じなかった。最初に電話したとき私の名前を知っていたのは驚いたが、命の恩人に名前で呼ばれるのは悪くない。
これでも容姿には自信あったんだけどなー。タイプじゃなかったのかな。そんなことを考えているうちにコメントが流れていて、慌てて取り繕う。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた。そう、あの人はただの一般人でその手のプロじゃありません。だから擁護派の人の言う通り、野々花が手厚く保護します」
《野々花たんに保護されてるの!?》
《同居とか、許せないんだが?》
「あはは、みんな勘違いしすぎ。彼には彼のおうちがちゃんとあります。そのうえで、野々花がお話しできないってこと、わかってほしいなあ。大丈夫、手を出してくるような甲斐性はなかったみたいだから。他にアキラと玲奈もいたしね」
一気にコメントが安心ムードになる。前はアキラの名前を出しただけでちょっと荒れたりしたものだが、今はおじさんがその起爆剤か。困った人に助けられたものだ。
それにしても、神が現れて力を授けるなんて本来ありえないことだ。
存在していても基本不干渉で、ボスモンスターが悪魔憑きと言われる悪魔に憑りつかれた状態のときにごくまれに現れるという眉唾ものの都市伝説だ。
その都市伝説を、私は自分のアーカイブで見た。神の存在は見えなかったけど、その場になかったリボルバーを簡単に作ってしまうくらいには、精度も高い。
その力を一気に解放したら……。それだけで武者震いがする。ダンジョンなんて消し炭になって、ボスモンスターも無事でいるのがやっとのレベルだろう。
そんな彼のことを、都市伝説では神憑きという。神が力を授けることによって、超常の力を操れる、そんな存在に。
「そうそう。いつもの店じゃなくて今日は新規開拓してみたの。だから誰にもわからなかったと思うなー。イタリアンのお店、ってだけヒント出しておくよ。発見出来たら贔屓にしてあげてね。開店したてのお店だから」
《アイアイサー!》
《野々花たんと同じ空気を吸いにいくぜ!》
《じゃあな財布。お前はこれからの戦いについてこれないから置いていく》
コメントが特定祭りになったところで、眠気がやってきた。時計を見るともう深夜の一時だ。今日は夜更かししすぎである。明日の学校に響いたら嫌だから、釘だけ刺してもう寝よう。
「ごめんねみんなー。明日も学校だからもう寝なきゃ! あ、明日学校に来て聞き出そうとしても護衛の人がぽーいするだけだから無駄だよ。それじゃ、おやすみグッナイ!」
《はーい。おやすみー!》
《野々花たんの隣空いてますか?》
《馬鹿言え野々花たんは俺と寝るんだ》
そう言って手を振りながら配信停止のボタンを押す。完全に配信が停まったのを確認してから、電気を消してベッドにもぐりこむ。
長岡逸見。正体知れずのただの会社員なのに神憑きになった存在。
興味がある。とっても。どんな力を見せてくれるのか、私も楽しみだ。
試しに彼のチャンネルを見てみると、収益化がなされていた。速攻でメンバーになり、通知もオンにした。
お金に困っているようだったから、明日配信してくれるだろう。それが今から楽しみで楽しみで仕方ない。
「おじさんの実力、楽しみにしちゃうんだから」
そう呟いて、私は好きなライバーの配信を見つつ眠りに落ちていった。
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