第9話 デュラハン

 デュラハンの突進に対して仕掛けたのは俺のほう。素早くデュラハンの間合いに入り込むと鍔を少し抜き居合斬りを放つ。揚力の乗った斬撃は悪魔型のデュラハンには妖力が通じず、ただの斬撃になる。


 それでも切れ味が十分な村正の威力は絶大で、馬の胸がぱっくりと開き血が噴き出す。俺はそれを浴びないように横にずれ、そのまま傷を横に広げるように馬の肉を裂いた。


『この程度……』


 デュラハンが鞭で馬の尻を叩く。するとみるみるうちに傷口が塞がっていく。やはり本体を叩かないとだめか。


 俺は村正を持ったまま、魔法を使う。


遅くなれスロウ


 これでパワーアップしているデュラハンの動きを封じつつ傷の治りも遅延させられたはずだ。現にさっきまでの素早さはデュラハンにはなく、体がどこか重そうだ。


『人間、何をした』


「感じてる通りだよ。……いくぞ」


 俺は再び村正を構えて、今度は本体狙いで軽く跳びあがり横なぎに刀を振るった。対するデュラハンはスロウがかかっているとはいえどダンジョン中ボスの一人だ。


 俺の刀を剣を盾にして平面の部分で受け止めて、その裏に手を添えて俺の尋常じゃなくなっている力をなんとか凌いでいる。


 スロウがかかっているはずなのに、この動き。パワーアップしているとはいえ、規格外すぎないか? それとも、これがダンジョンの普通なのか?


 考えて若干力が緩んだことをデュラハンが見逃すはずがなく、大きく弾かれる。俺は空中で一回転して着地し、迫ってくるデュラハンに対して俺は馬の脚を切り離した。


 体勢を崩したデュラハンは馬ごと地面を滑るので、俺は轢かれないように脇に飛びのいた。馬は必死に立ち上がろうとするが、足が一本ない状態では立ち上がるのは不可能だ。


 デュラハンもそれを承知の上でか、馬を捨てて立ち上がった。その片手には鋭い剣が握られていて、斬られたら一発で致命傷になるのはすぐにわかる。


 俺は我流の構えをもってデュラハンを迎え撃つ。膠着こうちゃく状態の中、デュラハンが呪いの言葉を吐きながら迫ってくる!


 一合、二合、と打ち合いをして俺はデュラハンのものすごいパワーを受け流した。剣の威力は高いが、技術はそこまでではない。ただ上から殴ってくるだけにすぎない。


 俺はデュラハンの剣を弾いて、剣を持っている腕を斬り飛ばした。がらん、と音を立てて剣と腕がデュラハンの後ろに落ちる。まだ動くらしく、剣を持ったままうねうねとうねっている。


 俺はそれに一瞬怯み、その隙にデュラハンが腕を取る。そして切断面にくっつけると、筋肉の繊維が傷口の両方から伸びてきて最終的に繋がった。俺の失態だ。


『人間、やるな』


「そりゃどうも。昨日探索者になったばっかりだから勝手がわかってないけど」


『その力、聖なる力を感じる。お前、神憑きか?』


「さあ、どうでしょうね。俺はあくまで底辺窓際族のおっさんなんで、ねっ!」


 俺が素早く斬撃を繰り出しても、デュラハンはその上を跳んで二歩後ずさる。自分の間合いかつ、相手から手を出されても対処できる有利な間合いだ。さすがはモンスター。戦いの駆け引きってやつがわかっている。


 一方の俺は力を持っていてもずぶの素人だから、そこらへんはわからない。だが、力はある。


三散華さざんか!」


 名前の意味はまったくわからないが、自然と口から出て体が動きを知っている。俺は鋭い突きを三回、胴体狙いで繰り出す。


 デュラハンはスロウがかかっている影響ですべてそれを受けるが、筋肉の繊維がすぐに覆って元に戻してしまう。


 待てよ。斬撃が効かないってことは、叩き潰すか魔法なら効くんじゃないか?


悠久の光エンシェントライト


 俺が右人差し指を天井に掲げると、そこに光が生まれてくる。デュラハンはそれを見て慌てたようすで剣を俺の胴体を切り離すように振るが、もう遅い。


「光に呑まれて消えろ!」


 右腕をデュラハンに向けた瞬間、膨大な光のビームが射出される。闇属性のデュラハンには効果が抜群だったようで、塵も残さず消えた。それと同時に、馬も黒いすすになって散っていった。


 俺は、戦いが終わった安堵からその場に座った。そして、デュラハンがいたところにロケットつきのペンダントが落ちていた。それを拾って見てみると、美しい女性と男性が並んで笑っている写真が入っている。


 すると、何もない空間にビジョンが浮かび上がってきた。データ解析、完了。対象はデュラハン。


「えーっと、なになに? このペンダントを所有する者は闇属性に弱耐性を持つ。幸せだったあの頃はもう戻らないけれど、そのときの希望と悲しみと憎しみがデュラハンを突き動かす……? なんじゃこりゃ」


 俺はペンダントをスラックスのポケットにしまって壁に立てかけていたスマホのほうに戻る。コメントが相当流れていて、とりあえず今のコメントだけを拾うことにした。


《おっさん、神憑きだったの!?》


《まさか。あれは都市伝説だろ。こんな普通のおっさんが持っていていいもんじゃない》


《それよりもデュラハンを圧倒するなんて、すげーじゃん! 俺、ちょっとファンになってきたかも……》


「あはは、大げさですよ。最初はたまたま。本番がどの階層にいるのかわかりませんけど、本番はそこですから。俺が死んだら、覚えておいてくださいよね」


 コメントではいや死ぬなだのもっと見せろだの村正の詳細を教えろだのとてんやわんやだ。


 ふと登録者数を見てみると、千人増えている。ありがたい。これを飯のタネにするには登録者が必要不可欠だからだ。


 収益化にはしてあるから広告料が発生しているだろうが、まだ五百人前後の同接数では足りない。もっともっと活躍して、俺を見てもらえるようにしなければ。


「何か質問とかありますか? 答えられる範囲でなら答えますよ」


 そうリスナーに語りかけると、一斉にコメントが流れる。


《歳いくつ? まあ二十代には見えないけど》


《年収教えて!》


《やっぱり野々花たんと付き合ってるの?》


 とまあ、人のパーソナルスペースに土足で踏み入るようなものばかり。でも俺もライバーの配信を見ていたとき同じことを思ったりもしたから、こればっかりは仕方ない。


「歳は三十代。詳しく言うとバレるから秘密。年収は……年百五十万かな。俺、底辺だから……。天城さんはよき友人だよ。だからみんなが考えてるようなことは一切ないから安心してください」


《ほっ》


《まあおっさんが野々花たんに釣り合うとも思えないし、当然か》


《かろうじてアキラくらいじゃね? 野々花たんのお気に入りでもあるしな》


 そうなのか。確かに美男子だったもんなあ。あの二人なら素直に祝福できる気がする。


《アキラはダメだよ。野々花たんには釣り合わない。釣り合うのはおっさん》


「えっ!?」


 想定外の角度からやってきたコメントに一気にコメント欄が炎上する。


《は? なんだおめー。今おっさんがそうじゃないって言ったところだろうが》


《アンチか? まあ今のおっさんは大半アンチに囲まれてるから仕方ないけど》


《いいぞもっとやれ。そしておっさんの心を折っちまえ》


《野々花たんに至近距離まで近づけるなんて羨ましすぎるんだよ。さっさと滅んでほしい》


 今まで黙っていたアンチも入り乱れて大乱闘を起こしている。俺は内心おいおいと笑いながらも、真剣な表情をして言う。


「天城さんとお似合いかそうじゃないかはわかりませんが、彼女はいい人ですよ。それは保証します」


《そうだよな! マイエンジェル野々花たんはみんなに平等。おっさんも野々花グループに入ったなら野々花たんが平等に扱うのも無理はない》


《ちっ。命拾いしたなおっさん。次もこうなるとは思うなよ》


「気を付けます。さて、ボスを倒したところで、進みましょうか」


 俺はスマホを右手に持って、村正は消してから俺は指先に火を灯し、第三階層への道を歩き始めた。

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