第5話 野々花の仲間と高級飯
帰りに会社を出ると、黒の高級外車がででんと停まって俺を待っていた。さ、さすが財閥育ち。やることもスケールが違う。
自動でドアが開き、俺はいいのかな、と思いつつ車の後部座席に乗りこむ。
「よろしくお願いします」
「長岡
「あ、ありがとうございます」
なんか、至れり尽くせりすぎて自分が一般人以下だというのを忘れそうになるな。夕暮れの橙色の中、ビル群の中を走っていくのは気持ちがいい。この光景を肴に酒を一杯いけそうだ。
運転すること三十分ほど。ビル群から抜けてしゃれたお店が立ち並ぶレストラン街で、ひときわ異彩を放つレストランの前で車が停まる。
レ・モンド。看板にそう書いてある。いかにも高級そうなレストランだ。佇まいがテレビで紹介されるそれだもの。外には他に誰もおらず、俺だけが立っている状態だ。
他に客もいるかもしれない。さっさと入ってしまうのが吉だろう。
「あの、ありがとうございました。すぐに戻ってきますので」
「いえ、お嬢様とそのお友達とのご歓談でございます。私どもはいつでもお待ちしておりますので、夜十時までならゆっくりお楽しみください」
そうか、学生だから夜十時以降は出歩いちゃいけないんだっけ。とにかく、野々花と話をつけなければ。あれから俺の身に何があったのかを。
からんからん、と入店を知らせるベルと共に中に入ると、数人以外誰もいないレストランの中央の席でピザやらパスタやらを食べている野々花と他数人の制服姿の男女がいた。
男の子が立ち上がり、素早い動きで俺の前に立つ。身長も追い越されていて、おそらく百八十センチはあるだろう。かなりの高身長だ。
「お前? 野々花を助けたっていうやつ? どこにでもいるリーマンじゃん。あんた、名前は?」
「な、長岡逸見だけど……」
「いつみ? 変な名前。でも俺は嫌いじゃないよ。おっさんって感じがしていいじゃん」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。俺は遠山アキラ。よろしく」
にかっと笑った顔も様になる美男子だ。ちくしょう。俺にもそんな顔面があれば事務からの当たりは少しゆるくなっているだろうに。
するとパスタをもぐもぐしていた野々花が立ち上がってパスタをごっくんし、俺に近寄ってくる。ボンゴレだろうか、ちょっと磯の匂いがする。
「逸見おじさん! 来てくれてありがとう! 先越されちゃったけど、こいつはアキラ。【疾風の】遠山アキラだよ! まだ中堅だから名前は聞いたことないかもね。こっちは玲奈。可愛いでしょ~! 野々花と同じ白百合学園なんだよ!」
「逸見さん、よろしくお願いします。鈴村玲奈です」
「あっ、と。こちらこそよろしくお願いします」
先に直角のお辞儀をされてしまい、こちらも慌ててお辞儀を返す。この子からもお嬢様の匂いがするぞ。というか、白百合学園自体がお嬢様学校だしなあ。
黒くて長い髪はさらさらで、清楚美人を思わせる。少し吊り目だが、そこがまた色気をかき立てている。
そう思いながらお辞儀を継続していると、ぺちんと頭を叩かれた。俺が体を上げると、野々花以外は好奇の目で俺を見ている。
「いつまで頭下げてるのおじさん! もう、ご飯が冷めちゃうよ」
「ごめ……」
「ごめん禁止! おじさん野々花たちには何も悪いことしてないんだから」
「あ、ああ……」
野々花、言動と見た目のわりにはちゃんと常識も備えてる子なんだな。ちょっと見直したかも。
三人がテーブルに戻ると、俺の席らしき椅子が一個空いている。そこに座るとみなりのきちんとしたウェイターが現れ、メニューを置いていく。
「こちら当店のメニューになっております。こちらはおしぼりです。お熱いのでお気を付けください。メニューがお決まりになりましたら、テーブル中央のベルをお鳴らしください」
「あ、はい。ありがとうございます」
ウェイターは深々とお辞儀をすると、厨房のほうに去っていった。なんともまあ、教育が行き届いたウェイターだ。さすがは高級店といったところか?
そう思いながら俺はメニューを開いて、吹き出しそうになるのを我慢する。
た、高い。前菜だけで三千円。メインのピザやパスタも四千円くらいするが、ステーキとかになると一万を軽く跳び超える。こ、こんな高級店の金なんて払えないぞ……。
冷や汗をだらだらとかきまくっていると、野々花がメニュー表をひょいと取り上げて笑う。
「もう、おじさんビビりすぎ! こっちから招待してるんだからもちろんお金はこっち持ち! それとも何かトラウマでもあるの?」
「いや、昨日後輩にウン万の飲み代支払ったから、そうなる流れかなって」
「そんなことするわけないじゃん! つか、それって合意?」
「合意じゃないよ。一方的にあっちが……いや、先輩なんだから後輩に奢るのは……」
「じゃあおじさんお金ないじゃん! なおさら奢らせて! お金だけはいっぱい持ってるから!」
野々花の優しさが心に染みる。他の二人も穏やかな笑みを浮かべて俺を見ていた。心を許して……いいのか?
いやでも、今時の高校生なんて何をするかわからない。もう少しだけ様子を見なければ。後から裏切られたダメージを考えたら今はまだ信頼しないほうがいいかもしれない。仲良くはするけど。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えていいのかな?」
すると、野々花の顔がぱあっと明るくなる。そしてメニュー表を返してもらい、俺はピザを食べることにした。あまり高いものを注文するのも気が引けたし、ちょうどピザが食べたい気分だったから。
中央のベルを鳴らすと、ウェイターがやってきて注文を取ってすぐに下がっていった。貸し切りだから気を使っているのだろうか。
にしてもこんな高級店を数時間貸し切りなんて、何万かかってるんだろう。店のメニューの金額、ちょうど夕飯時と考えるとウン十万はくだらないかもしれない。
他の二人はそんな状況に慣れているのか、野々花が席に座ったのを見て、鈴村さんが顔をこちらに寄せて囁くように言う。
「野々花とはもうお付き合いを……?」
「ぶっ」
「ち、違うよ玲奈ちゃん! 確かに逸見おじさんには命を助けてもらって恩人としての好意はあるけどそれ以上は今のところないから!」
「へー、今のところなんだ」
「アキラは茶化さないで!」
アキラはあはは、と笑ってピザを一口食べた。チーズがたっぷりで美味しそうだ。
「てか、肝心の話はこれじゃないの。おじさんのダンジョンでの能力についてだよ」
「えっ、あ……」
そういえば、透けてる女性とキスをしたらありとあらゆる知識と力が流れ込んできて、何かに覚醒したのはわかる。
俺はそれが何か知りたい。野々花が知っているなら、教えてほしい。
「野々花、聞いてくれるか? あの日何があったのかを」
野々花と、他の二人がうなずく。俺はゆっくりと、今までの経緯を話し始めた。
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